複雑・ファジー小説
- 前餓鬼 ( No.1 )
- 日時: 2015/06/28 19:20
- 名前: SATSUKI (ID: QxM43kDI)
いってきます。
「いってらっしゃい」
- 前餓鬼 ( No.2 )
- 日時: 2015/06/28 19:20
- 名前: SATSUKI (ID: QxM43kDI)
一歩、一歩、足を進める。
二歩、三歩、足を進める。
光がない。ただ黒だけがある。
否、黒すらもないのかもしれない。
何も見えない。進む先も、足元も、私も。
しかしそこに確かに私はいる。
足が見えずとも、身体が見えずとも、私という存在は確かに"これ"にいて、そして今、足を進めている。
色は分からない。形も分からない。大きさなんてもってのほか。
私は私が何なのか分からない。分からずとも、私は私が私であることを分かっている。
私が私であり、そして私でしかないことを分かっている。
四歩、五歩、足を進める。
六歩、七歩、足を進める。
進む先は見えない。
進んでいることも分からない。
それでも私は止まれない。
進んでいなくても、止まれない。
私は私で進まなければならない。
八歩、九歩、足を進める。
十歩、十一歩、足を進める。
道もない道を、私は私で、ただ、進む。
あるのかすらも分からない足で、ただ、進む。
私が私の思う、進む。
ただ、進む。
- 前餓鬼 ( No.3 )
- 日時: 2015/06/28 19:20
- 名前: SATSUKI (ID: QxM43kDI)
どれだけ進んでいただろう。
進んでいるはずの私を取り巻く風景が変わっているのに私は気がつく。
何も無かったはずの"ここ"に、今は確かな色が認識できるではないか。
とはいっても、見えるのは白と黒と、時々それが混ざり合ったような何とも形容しがたい"渦"のようなものが淀みながら流れているだけ。
"世界の狭間"というものが存在するのだとしたら、それはもしかしたら"ここ"のようなものなのかもしれない。
"ここ"に色が宿ったということで、私は意気揚々と視線を落としてみる。
そこに見える予定の足は、しかし、この色に溢れた世界——たった二色しかないが——でも、どうやらその姿を隠している。
私は首を傾げる。つい先ほどまで私には確かに足があるという確信があったというのに、その前提が音を立てて崩れていくのを感じる。
——ああ、形容だった。実際に音が響いた反響はない。"ここ"には、まだ色しかない。
「こんにちは」
訂正。たった今音が現れた。
目の前を見れば——もっとも足がない現状、私に目があるのかすら甚だ怪しいところだが——そこには"渦"がある。
そう白と黒が混ざり合ったようなあの"渦"が、しかし違うところははっきりとした形を維持しながらそこにあるというところだ。
"ここ"に来てから初めて遭った存在に、私は見えない足を止める。
足も目もあるのか分からないと思ったが、しかしたった今挨拶をされたということは、この"何者か"には少なくとも私が私であるということが、私が意思を持った存在であることが分かっているらしい。
となれば、目下私がやるべきことはこの"何者か"へ挨拶を返すことであろう。さぁ実行しようじゃないか。
こんにちは。
そう言うと——少なくとも私は言った——"何者か"はそっと微笑んでみせる。
——たぶん微笑んだと思う。実際に目の前にいるのは形こそ保てどただの"渦"であり、そこに表情が映りはしない。
そう、言うなれば形容。
「そちらから現れたということは、君は"来る"側かな」
となると、あなた様は"行く"側でしょうか。
「……どうだろうね。行くのか行かないのか、はたまた帰るのか、自分でもよく分かっていない」
"ここ"で長居してたら、進むも戻るもできなくなりそうですが。
「そうだね。難しいところだけど……でももう少し考えたいんだ」
そうですか。"来る"のは、あちらで合ってますか。
「そうだね。あっちへ真っ直ぐ進めばいいよ」
ありがとうございます。では私はそろそろ。
「うん、行ってらっしゃい」
行ってきます。
手を振り合って——少なくとも私は私なりに手を振ったし、"何者か"もたぶん手を振ったと思う——私は"何者か"に指された方角へと再び足を進める。
"何者か"その正体は、きっとあの場に留まってもっと長く話せば、少しは明らかになっただろう。
しかし、何よりも私は進まなければならないのだ。
私を私とするために。
相変わらず淀み続ける"ここ"を、私は進む。
私の思う、進む。
- Re: 死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死 ( No.4 )
- 日時: 2015/06/28 19:21
- 名前: SATSUKI (ID: QxM43kDI)
どれだげ進んでいただろう。
いつしか私は、緑色が溢れる"どこか"を歩いていたことに気づく。
つい先ほど意識に見えていたはずの白と黒と"渦"の面影は、どうやら私の与り知らぬうちに視界から失せてしまったらしい。
いや、まだ残っている。白と黒は、その勢いを落とし、新しい仲間と混ざり合って美しい濃淡をつけた緑を私の目に見せ付けてくる。
結局見えるのは緑一色であったが、しかし、視界に新しく鮮やかさが加わった事実はどこか嬉しいものがある。
となれば私にも何か変化はないかと思い、三度、私の足があるはずの下に私は目を向けてみる。
——どうやら私の思いの通り、はたまた望みの通りか、その目線の先に、その視界の下の端から中心へ向かって伸びる二本の緑を認める。
すなわち、私から伸びる二本の棒だ。濃い緑と、更に濃い緑の二面で彩られている。
試しに私の思う進んでみたところ、その片方の棒が前へと出た。はっきりとした形状は俄然分からないが、確かにこれは私の足だと事実が語る。
嬉しいことがまたひとつ増えた。足があるのだから、きっと私に目もあるだろう。全身までは確認できない以上、目だけ中空を浮いているのかもしれないが。
——想像したら笑いたくなる。笑った。たぶん笑った。私の思う笑った。
だいたいの姿が明らかになったところで、私は本来の目的を思い返す。
私が"進み"始める前。私が私だとすら認識していなかった頃。
私は"何か"と対峙していた。
形容のできない大きな"何か"と、話をしていた。
まず、長い旅だと言われた。
一方で短い旅だとも言われた。
お前の力が必要だとも言われた。
しかしお前は未熟だとも言われた。
だから世界を知って来いと言われた。
思う存分見聞を広めて来いと言われた。
その時、私はお前を殺すから。
そして気づけば私は進み始めていた。
進み始めていて、そのまま進んで、"何者か"に道案内をされて、更に進んで、今"どこか"にいる。
この旅が終われば、私はお前に殺される。
それを知って、知った上で、私は今この旅に身を進めている。
さあ、回想は終わりだ。
思い返したように、止まっていた足を差し出して、私は新しい一歩を踏み出す。
"どこか"に溢れていた緑という緑が、その一歩に渦を巻いて吸い込まれていって、再び全ての色を隠す。
私は私である。
ならばお前に殺されるまで、せめて世界を満喫してあげる。
殺すことを悔やむくらいに、この旅を充実させてあげる。
- Re: 死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死 ( No.5 )
- 日時: 2015/06/28 19:21
- 名前: SATSUKI (ID: QxM43kDI)
突然、私の目が眩む。
思わずあるであろう目を閉じて、しかしなおも突き刺すように色が眉裏を彩ってくる。
生命体、何も見えなかったところに突然色が溢れると痛くなるものだ。見えるというのは嬉しいことだが、できればこれはあまり経験したくはない。
痛み——たぶん痛んだと思う——が和らぎ、薄っすらと目を開ける私。
開けた視界に広がってくるのは、なんと素敵な赤青白。先ほども見えた緑に黄色。頭上から白、目下に黒。
私史上初の色の大歓迎だ、たぶんあるであろう口元も思わず綻ぶ。
試しに目の前の緑に足を踏み出してみると緑が潰れ、クシャッと音が鳴る。これは"草"というものに違いない。ようやく世界がまともに世界を始めてきた。
そして、"ここ"からずっと歩いてきて、ここに来てようやく音を耳に収めることができた私の表情はとても明るいものになっているだろう。残念ながら私の顔を私が見ることはできないが。
辺りを見回してみる。上は白と青で彩られている。左右後ろは目線以上まで迫る草。
目の前はもう少し先まで草が続き、その先に黄色を黒で濁したような大きい線が——"道"と思われる線が見える。
左右の草を掻き分けていくのも面白いところだが、まずはせっかく世界世界し始めた世界、まさに此処へ出よと言わんばかりに眼前に見えている"道"に出ようと思う。
一歩踏み出す足に、今は確かな輪郭がある。
相変わらず、その色はあやふやで不定だが。
さあ、私の旅はいよいよ予告映像を終えて、待ちに待った本編だ。