複雑・ファジー小説

Re: Tales Rewind Distiny ( No.1 )
日時: 2015/04/18 14:31
名前: 銀の亡骸 (ID: nWEjYf1F)

 ——今の俺は、どうなっているのだろう。
 問えば、足の骨が腹から突き出ていると言われた。

 全く、情けない死に方だ。
 今まで幾度と無く生命の死を目の当たりにしてきたが、やはり生きとし生ける者は皆、綺麗な死に様なんて遂げられない。
 大切な仲間も、良き好敵手も、憎き敵も、全部。
 身体という構造を持っている限り、醜い死に様しか曝せないのだ。
 それはきっと、大昔の戦国時代に生きた武士達も同じだっただろう。

 周囲は火の海だ。
 ここ——即ち学校の屋上だけは無事だが、少なくともここから見える町並みは、真っ赤に染まって已まない。
 赤く染まる愛しの故郷。赤という成分には、少なからず血液も含まれている。
 何故か——答えは至極明快。この目で見てきたからだ。

「……ねぇ、悠里君。私のお願い、聞いてくれるかしら?」

 辛うじて手足が付いている。そんな俺の身体を支え、そう訴えかけてくるのは愛海——いや、柚子先輩だ。
 彼女は俺のことをじっと見ているのだろう。
 だが悲しいかな、俺の視力は既に焦点が合わず、ぼんやりとしか彼女を捉えることができない。
 声を聞くのもやっとだ。やってくる最期は、もうすぐそこまで来ている。

「貴方は晴香に殺された……そんな事実、悔しいの。だから、せめて私に殺させて——」

 ——そう。俺は晴香と呼ばれる女により、このような身体を曝すことになってしまったのだ。
 肢体は右手だけが残っていて、身体には3ヶ所の風穴が穿たれ、右足の骨は腹から突き出る——こんな姿を。

「我侭だなんて、百も承知よ。でも、お願い……」

 柚子先輩の両手が、そっと俺の首筋を這う。
 白くて華奢で、とても美しい手だったはずだが——今や血に濡れていて、傷も負っている。
 そんな手の握る力は、徐々に強くなっていった。
 ——俺の首を絞めているのである。

「ごめんなさい……」

 柚子先輩の赤い瞳に、何が映っているのかはもう分からない。
 確かなのは、その瞳から涙が一筋零れるたびに、俺の首を絞める力が徐々に強くなっていることだけだ。

 ——と、意識が途切れそうになったその時。
 唐突に首を絞められる感覚が無くなって、意識が遠いことに変わりはないが、俺は一気に開放感に満ち溢れた。
 何事かと思い、可能な限り周囲を見回す。
 すると、隣で気を失っているらしい柚子先輩の姿が視界に映った。
 胸には赤色の染みが広がっている——血だ。

「まだ……まだ終わらないよ……」

 いつの間にか奴が——晴香が、右手にナイフを握り締めて、そこに立っていた。
 俺をこんな状態にまで追いやった、悪者極まりない張本人のお出ましである。
 無性に腹が立って、"あいつの為にも"殴りたくなったが、生憎俺の身体は動かない。
 だが、このような醜い姿を曝しているのは、俺だけではなくて晴香もそうだ。
 塩酸にやられ、溶け掛けている全身の皮膚が痛々しい。

「アンタを、この手で殺すまでは——」

 すると、奴の殺意が俺に向いた。このままでは殺される。
 よりにもよって晴香に。柚子先輩の願いも叶わぬまま。
 ——しかし、何とかなったようだ。

「……」

 殺されると覚悟した瞬間には、もう柚子先輩が立ち上がっていた。
 怨念の成せる業だろうか。胸から血を流しながらも、彼女は怯むことなく晴香を睨んでいる。
 いつの間にか彼女の右手にも、ジャックナイフのようなものが握られている。

「貴方だけは、絶対に許さない……」

 柚子先輩は晴香に躍り掛かった。
 奴の前蹴りを彼女は一瞬で交わし、そのまま懐へとナイフを持っていく。
 ——だが。

「あぁあう!!」

 ナイフを構えた瞬間、彼女の脇腹辺りに晴香のナイフが食い込んだ。
 そうして彼女が怯んだ隙に、蹴り飛ばして距離を取る晴香。
 柚子先輩の身体はそのまま飛んで、屋上のフェンスに全身強打。それっきり、動かなくなった。
 ——まさか、死んだか。

「あたしは……死ぬわけにはいかないんだ。悠里に、想いを伝えたいから……」

 柚子先輩を失って俺が戸惑っている間にも、晴香がこちらへと歩み寄ってくる。
 彼女は何かボソボソと呟いているようだが、今の俺ではもう聞き取れない。
 どうやら、最期は無事に訪れたようだ。
 俺は晴香の顔をおぼろげに捉えながら、そのまま意識を闇へと追いやった。

 ——しかし、後悔した。
 まさか最後に晴香の顔を見ることになろうとは。