複雑・ファジー小説
- Re: Tales Rewind Distiny ( No.2 )
- 日時: 2015/04/18 23:33
- 名前: 銀の亡骸 (ID: nWEjYf1F)
ポタポタと、雫が滴る音がする。
台風が直撃しているため、外は雷雨の真っ只中である。この夜中に時折光り、鳴り響く雷が耳に障る。
でも、その雫の音だけはしっかりと聞こえる。
音の発生源は2つ。そのうち1つは天井からの雨漏りだが、もう1つは——考えたくない。
この真っ暗闇で、軽自動車1台が入るか入らないかくらい狭い小屋の中で。
雷鳴が耳を劈く前に、一瞬だけ何回か光る稲妻。それに照らされて、俺は見た。
——まるで飾るように。磔刑にされたかのように、壁に貼り付く1つの死体を。
「……おぇ、気持ち悪っ」
予てより、死体があるだろうとは察していた。
この小屋に入ったときから、何かが腐るような異臭が俺の嗅覚を刺激したのだから。
だが、いざ目の当たりにすると気分は当然悪くなる。
こういった死体と付き合って、仕事をして生きていく人たちは本当に凄いと思った。
また稲妻が走った。
同時に、懐中電灯の明かりを恐る恐るその死体に向け、身体を上から順に慎重に観察していく。
本当は嫌だが仕方ない。自分の身を守るためだ。
まるでどこかしら、その死体はこちらを見据えているようにも見える。訴えるような、睨むような——そんな憎しみに満ちた眼差しだ。最も眼球など、抉り取られていて存在しないのだが。
死に際に絶叫でもしたのだろうか。口は宛ら、アゴが外れたように大きく開かれている。
全体で観察したところ、死体の性別はどうやら女性らしい。
右足がなくなっている。左足も辛うじて付いているくらいで、少し揺らせば直ぐに落ちそうである。そんな右の太腿辺りからは、ポタポタと血液が滴っていた。2つ目の音の発生源はこれだろう。
ということは、だ。この身体は、命を落としてからまだ間もないということになる。
「……ん?」
そんな死体を見つめていたとき、突然右手側で何かカタンと音が響いた。
警戒心を露にして、俺は懐中電灯をそちらへ向ける。
——死体は、2つあった。
もう一つの死体は男性のそれで、未だ血の気があることから、こちらも死んで間もない。
しゃがんで死因を調べてみたら、どうやら銃殺らしい。銃創と見られる傷が、身体の彼方此方に付いているからだ。
しかし、先ほどのカタンという音は何だろうか。
虫などであれば、そうであることをただ願うばかりだが——
「ぐおあああぁっ!」
「うわあ!?」
——分かっている。死後硬直だ。
だが、暗闇がそうするのか知らないが、いくら覚悟していてもどうしても驚いてしまう。そりゃそうだ。
死んでいれば動かない。これが所謂"普通"であって、死後硬直による声帯の震えや、筋肉の痙攣は"普通"じゃないのだから。
「……?」
数十秒の時が経った後。
死後硬直を目の当たりにしてからというもの、俺は何故か左側からの恐ろしい気配を感じている。
今まで潜ってきた修羅場のお陰で見なくても分かる。これは目線だ。篭められている感情は恐らく、憎しみや訴えの類——
と、そこまで考えるなり、俺の思考と身体は完全に凍りついた。
「……」
真夏の蒸し暑さなど、とっくの昔に忘れているが——今は既に、悪寒さえ走るに至っている。
きっと今左を振り向けば、現時点で俺が想像している最悪の状態が目に映る。
純粋に怖い。だが、最悪の事態が的中した場合を鑑みると振り向かざるを得ない。
やがて俺は覚悟を決めて、勢い良く左側——女性の死体があるほうを振り向いた。
————紅い点が、光っていた。死体の、元々眼球のあった場所が。
紅い点が目だとすれば、明らかにこちらを見ていることになる。
俺は立ち上がって元の位置まで戻ってみたが、紅い点は相も変わらず俺のことを追っている。
そのあとも右へ左へと移動を繰り返したが——やはり紅い点は、俺の行動を追跡してやまない。
————つまり、死体が俺のことを見つめているのだ。
俺はどうしようもなく怖くなって、その場を後にした。