複雑・ファジー小説
- Re: Tales Rewind Distiny ( No.5 )
- 日時: 2015/04/19 17:25
- 名前: 銀の亡骸 (ID: nWEjYf1F)
その後の事は、殆ど覚えていない。
ただ、1秒でも早く小屋から遠ざかろうと、ただ豪雨の中を疾走したことだけは覚えている。
俺はここ最近、記憶関連でおかしいところがあると思うようになった。
悪い夢を見て現実に戻り、戻ったはずの現実が、いつの間にかまた悪夢となっていて再び目を覚ます——
最近こればかりを、何度も繰り返しているような気がするのだ。
「おはよう、悠里君!」
だから俺は今、こうして布団の上に居る。
目覚まし時計が示す日付は7月15日。あの台風の日が何日だったかは忘れたが、もうそんな事はどうだっていい。
「……おーい、悠里君?」
元々俺には、日付や曜日に関する概念が全く無い。今日は何曜日かと問われても、答えることが出来ないくらいに。
だからあの日——台風の夜に小屋で死体を見た日の日付が、何月の何日で何曜日なのかが全く分からないのだ。
即ち今の俺では、あの日が過去なのか、それとも未来なのか。それさえも分からないのである。
「悠里君、大丈夫ー?」
だからここ最近——俺の記憶がおかしくなり始めてからは、漠然とした毎日を送っているのだが——
「悠里くーん」
——もうそろそろ、こんな毎日から離脱したいとも思っているわけで——
「悠里君!」
「ふべぇ!」
突如走った右頬の激痛に、俺こと"悠里"は我に返る。
いつの間にか目の前で、俺の幼馴染である"こよみ"が、宛らハリセンボンの如く頬を膨らませて怒っていた。
考え事に耽ると、どうしても周囲の声が聞こえなくなってしまう——これは昔からの悪癖だ。
「朝から無視なんて酷すぎるよ!」
「わりぃ、ボーっとしてた」
彼女の水色に輝く瞳。それは普段はとても端麗なものだが、今ばかりは眼光が鋭く恐ろしい。
——かと思えば、直ぐに呆れたような目つきに変わった。
「もう……どうせまた、夜遅くまでアニメ見てたんでしょ?」
「そーだよ。悪いか」
大嘘である。記憶が混乱し始めてからというもの、アニメとかテレビは全く見ていない。
ゲームをすることも段々減ってきていて、よくないとは思いながらも、最近の俺は無趣味になりつつある。
どれもこれも、全て記憶の混乱が原因なのだが。
「別にいいけどさぁ……悠里君も思春期なんだし?」
「待て待て、俺が見るアニメは至って健全だぞ。思春期がどうたらこうたら、誤解を招くような言い方はやめてくれ」
無論、大嘘である。
俺が見ている——もとい見ていたアニメは全て、深夜帯に放送される際どいものばかりだ。
中には平然と裸体が映っているものもあって、とても周囲には——特にこよみには見せられたものではない。
「ふうん……? まあいいや。朝ごはん出来てるから、早く食べちゃってよね」
「あぁ、ありがとう」
ありがとうと言い終える前にこよみは踵を返し、赤茶色の長い髪を靡かせて部屋を出て行った。
全く、朝っぱらから騒がしい奴だ。今回に至っては、原因と言えば全て俺にあるわけだが。
『さてと、着替えるか』
何時までも呆けているわけにはいかない。
今日は平日だから、高校生たるもの学校に行かなくてはならない。
よいこらせと、掛け声と同時に立ち上がったときだ。
——頭の中で、けたたましいノイズが鳴り響いた。
——音が、脳内で再生される。
——チリチリと、何かが燃える音。それに合わせて聞こえる、遠くで鳴り響く爆発音。
——ポタポタと、雫が滴る音。発生源は至近距離だ。
——グチョリと、刃物で肉を切り裂く不快な音。数回に亘って、繰り返し再生される。
————それきり、ノイズ交じりの効果音は全て終了した。