複雑・ファジー小説

Re: Tales Rewind Distiny ( No.6 )
日時: 2015/06/27 23:55
名前: 銀の亡骸 (ID: 7HladORa)

 ノイズ交じりの効果音が、突然脳裏で鳴り出すのはいつものことだ。
 しかし心なしか、日に日に鳴り出す効果音が酷くなっている気がする。
 最初はただの何でもない、意識しなければ耳から入ってきた音だと錯覚するような効果音ばかりだった。
 だが今になってみれば、先ほどのような肉を抉る音だって平然と響いてくるのだ。
 これも、記憶の混乱が原因なのだろうか。

 ——暫く考え、首を振るう。
 今はそんなことを考えている場合ではないと、頭の中から靄を振り払った。
 とりあえず着替えて、朝食を食べよう。



    ◇  ◇  ◇



「おはよう」

 階下のリビングへ来てみれば、いつもと変わらない朝の風景が広がっていた。
 温めたココアを片手に、何やら難しそうな本を読んでいる妹"優華"の姿が視界に映る。

「おはよ」

 ページを捲りながら、こちらには目もくれず朝の挨拶をする優華である。
 何がそんなに面白いのかよく分からないので、俺はその本がどんなものかと繁々眺めてみた。
 そして、結論。馬鹿な俺には縁も所縁もない、ややこしい横文字の本だった。
 筆者の名前が、マドレーヌに似た響きのカタカナが5文字で、題名もキャビアに似た響きのカタカナが4文字である。

「朝っぱらから何てモン読んでんだよ。たまには漫画読め漫画っ!」

 ビシッと本を指差し、良い事言ったなと確信する俺に対して。

「お兄ちゃん……うざい」

 妹の反応は、氷の如く冷たかった。

「ほら悠里君! ココ座る! はい食べる!」

 朝から冷たい妹に"しょげて"いると、こよみに首根っこを引っ掴まれ、俺は無理矢理椅子に座らされた。
 目の前には珈琲、トースト、サラダ、ハムエッグ、ヨーグルトと、典型的でも美味そうな料理が並べられている。
 全てこよみの手作りだ。頭は悪くても家事だけは一人前の彼女だから、料理の腕前もかなりのものである。
 しかし。

「むぐっ、むぐぐっ!」

 毎朝毎度の事ながら、俺はこよみに朝飯を"食べさせられる"のである。
 気高い香りを放つバタートースト。
 適度な塩味が効いたハムエッグ。
 シャキッとした食感が食欲をそそるサラダ。
 まずそれらを否応無しに次々と口へ突っ込まれ、珈琲で流し込まれる。

「自分で食えるわ!」
「いいからほら!」

 一応毎回、自分で食えるとは言ってるのだが——こよみの態度は変わらない。
 やがてそうこうしているうち、ようやく全てを租借し飲み込んだ後には、ヨーグルトの一気飲みが始まるのである。
 そうして5分くらいかけて、俺の騒がしい朝食は終わるのだ。当然、食べた気は全くしない。

 こうされるのにも、一応ちゃんと理由はある。
 妹の優華とこよみはともかく、俺が寝る時間を惜しむせいで、毎朝遅刻寸前で学校へ登校するのだ。
 即ち寝る時間が惜しければ、俺の朝食如きに時間をかけている暇はない、とのこと。

「行ってきます」

 俺が起きてくると同時に、大抵優華は学校へ行ってしまう。
 ゆったり談笑する暇すらなく、俺は——顔を"洗わされて"いた。

「ほら顔洗って! ちゃんと歯磨きもすること!」
「するってか、されてるんだが……」

 好き好んでやってるのか知らないが、俺の洗面さえこよみは世話を焼く。
 朝っぱらから慌しい限りだが、俺はこんな日常を、永遠に続けばいいのにと思うほど好ましく思っていた。



 ————やっぱり、生き残るってのは辛いから。