複雑・ファジー小説

Re: Dead Days【キャラ募集中】 ( No.18 )
日時: 2015/05/01 22:12
名前: わふもふ (ID: nWEjYf1F)

 気だるさを身に残しつつ、じめじめとした翌日を迎えた俺。
 いつの間にかあのドッペルゲンガーもいなくなっていて、なんだか昨日の出来事全てが嘘のように思えてならなかった。

 俺は昨日という出来事を、この目で見て、耳で聞いて、無いような頭で理解して——全てを現実だと受け入れた。
 なのにどうしてか——昨日の赤い雨が、たちの悪い夢幻に過ぎないと、本能が俺に語りかけているのだ。
 もし本当に夢だったとしたら、どれだけ楽になれるだろうか。きっとこの億劫な授業でさえ、もっと身が入るに違いない。
 でも夢じゃない。ましてや幻でもない。
 なんだ——この、頭で理解してて身体で理解できていないような。

 スポーツをするときなど、よく「身体で覚えろ」と先生達は言うのだが、その謎が今になって晴れた気がした。
 身体で覚える——即ち本能に刻み込む。きっとそういうことなのだろう。
 人間には生存本能というものがある。その本能を鍛え上げることで、人は生き残る術を見出していくのだろうが——その本能の特性を上手いこと利用せよ、ということに違いない。

 確かに俺は、昨日の出来事を全て肯定した。
 頭では完全に理解できているし、夢でも幻でもないと思っている。
 しかし、実際はどうだ。自分の中には、それを真っ向から否定する本能がいる。
 だったら本能にそれを叩き込んでしまえば良い。それだけの話だ。



    ◇  ◇  ◇



『——先輩、いるかな』

 放課後。俺の足は自然と旧校舎の生徒会室に向いていた。
 俺がこの現実を、全て完全に理解するためには——千秋先輩という鍵で本能の扉をこじ開ける必要があるだろう。
 ——それと。千秋先輩が昨日、俺を呼びとめた理由も聞いていない。

 授業という雑音を彼方へ追いやりながら、俺は考え事に耽っていた。
 そこで判明したのが、結局昨日千秋先輩が言いたかったであろう本題とは何か、である。
 思い出せる限りでは——優希の目覚めた能力が危険だから、俺の能力が必要になる——確かこんな感じだった。
 それで用務員さんに邪魔されて、面白いものがあると言われてついて行ったら赤い雨に降られそうになった——と。

 ——そうだ、あの"面白いもの"に関しても俺は一切何も聞いていない。
 これはやはり、千秋先輩を訪ねるしかなさそうだ。
 そう思いつつ旧校舎の生徒会室前に辿り着き、勢い少なめにガラリと扉を開けると——

「——来たわね」

 やはり千秋先輩がいた。

「昨日の話の続きを聞きたいみたいね?」
「当然だ。そうじゃなきゃ毎晩、気になって眠れやしねぇ」

 実際に俺は昨日、なかなか眠れなかった。
 ドッペルゲンガーの事もあるが、それ以前に非現実的な話を無理矢理現実にされた事実——コイツがけっこう重い。

「——異能というのはね。本人が無自覚にしろ、覚醒できれば扱えるのよ」
「ん? 無自覚でも使えるのかよ?」
「えぇ。丁度、昨日話していた優希さんが良い例ね。あの子は無意識に異能を操っているわ」

 初耳である。しかし、朗報とは言い難い内容だ。
 無自覚に異能を操っている——これは逆に言えば、異能を制する方法も分からないことになる。
 超能力的な存在である異能と言う以上は、中には厄介なそれも入り混じっているに違いない。

「異能の種類は正直計り知れないわ。それこそ星の数ほど存在するの。だから、仮に"消滅"なんて異能があったら——どうなると思う? 厄介どころか、世界が消滅して生命が滅亡——なんてこともありえるのよ」

 まさに、その通りだ。

「変な世の中になっちまったなぁ」

 そう言いながら、俺は近くにあった椅子に腰掛ける。
 ギシッという音がして耳に障ったが、それは先輩の涼やかな声に全て消えていった。
 傍ら、先輩は窓際で夕日を見ながら黄昏ている。今日はまだ目を合わせていない。
 風に靡く黒髪が、さらさらと流水のように波打った。

「昨日も言ったと思うけれど——優希さんの異能はね、声で他人を眠らせるというものよ」
「あぁ、覚えてるよ。それが行き過ぎた睡眠作用を引き起こして、最悪"死"に繋がるんだろ?」
「えぇ。記憶力が良いようで、助かるわ」

 ここで、先輩はようやく俺のほうを向いた。
 相変わらず綺麗な顔立ちだ。

「私は晃君にどんな異能が覚醒したのかを知っているわ。だから、貴方の力で優希さんの稲生を制して欲しいのだけど……」
「生憎、俺は異能なんてまだ扱えないぜ?」
「知ってるわ」

 昨日の段階で、とりあえず俺に異能が覚醒したことは理解できた。
 しかし、異能を扱うというのはつまり未知の領域であり、俺はまだ使えた例がない。
 それでもと思って全身に力を篭めたり、精神を集中させたりと色々やってみたのだが——結果は皆無であった。

「そんな、サイヤ人じゃあるまいし——力を篭めるのは大間違いよ」
「じゃあどうすればいいんだよ」

 俺はいつしか、異能の扱い方を教えて欲しいと願っていた。
 自分が異能者として覚醒した以上、異能者なりの生き方というものがあるに違いない。
 だから、千秋先輩に教えてもらおうと思っている。異能の扱い方というものを。

「——本来、普通の人間が異能者だと気付くには、いくつかの手順を踏んでいるのよ」

 先輩は右手をグーにして、俺の前に突き出す。
 次いで、人差し指を立てて見せた。

「まず、身の回りで自分が引き起こした出来事で、明らかに非現実的なものがあると確信する」

 ——中指。

「次に、異常な出来事を自分が引き起こしているのだと自覚する」

 ——薬指。

「最後に、やがてイメージによって異能が引き起こされていると理解して、それを自由に操れるようになる——以上よ」
「なるほど、イメージか」

 俺は徐に取り出した生徒手帳へ、先輩の話を書き並べていく。

「待ちなさい、晃君。今のはあくまで"普通"の場合よ。貴方の場合、少し勝手が違うわ」

 しかし、先輩がそう言って俺からペンを取り上げた。
 ——税込み1500円のボールペンがパクられた。

「貴方の異能はとても強大なの。スケールの巨大さについていけずに、もしかしたら自覚できないかもしれない」
「あぁ、だから俺に無理矢理異能者だって理解させたのか」
「えぇ」

 すると、先輩は俺に向かってヒョイとボールペンを投げてきた。
 慌てかけたが、上手い具合に制服の胸ポケットへ収まっていく。俺は心の中で少し感激した。

「たとえ無理矢理でも、最終的に異能を自在に操れるようになれればそれでいいの」
「なぁ、ちょっといいか?」

 話の腰を折るような形ですまないが、と心の中で謝っておく。

「結局俺の異能って何なんだよ? やたらヤバそうなのは理解できたけど」
「はぁ……肝心なところが抜けてるのね、貴方って。昨日説明したでしょう?」
「いや、すまん……よく分からなくて」
「——そうね……」

 これで自覚できれば良いけど、と言いながら先輩は俺に近付く。
 真紅の瞳に、俺の蒼い瞳が映った。

「あったことを、なかったことにする。それが貴方の異能よ」