複雑・ファジー小説

Re: Dead Days【キャラ募集中】 ( No.19 )
日時: 2015/05/02 17:41
名前: わふもふ (ID: nWEjYf1F)

 ——あぁ、そうだ。思い出した。

 俺がどんな異能に覚醒したのか。そういえば昨日、先輩から大まかな説明を受けていた。
 無に帰し有に在り——あったはずの出来事をなかったことにして、代わりに違う出来事で上書きを施す——そんな力だ。
 無論、俺がそんな強大な異能を操っていることに自覚はない。先輩から教えられただけ、つまり知識として有しているだけで。
 だから異能の想像すら付かず、寧ろ俺は異能者なのかさえも疑える。

「いいこと、晃君。貴方が自分を異能者だと自覚して、異能を自在に操れるようになるには——正直、莫大な時間が必要よ。だけど、事態は悪化する一方——私達には時間が無いの」

 今ここでこうして雑談をしている1分1秒——それすらも先輩は惜しいのかもしれない。
 現に、優希の声が原因で睡魔に襲われる人は増える一方だ。
 誰彼構うことなく、ある程度睡魔に耐性があるような人でも、最近はよく授業中に眠るようになったと聞く。
 このまま睡眠作用という名の塵が積もり、山となる頃には——誰か死んでいてもおかしくない。

 先輩曰く、優希が異能をコントロールできるようになれば事は解決するらしい。
 確かに、彼女の異能が周囲に害を齎す物だと分かれば、優しさの塊みたいな優希は率先して声を無害化させるだろう。
 異能者の自覚を促す——それに関しては、俺の先輩も吝かではない。
 だが、時間が無いことに変わりは無いらしく。
 このままでは優希が異能を操れるようになる前に、数人誰かが死んでもおかしくないという。
 そこで出番なのが、俺の異能である"無に帰し有に在り"の力。
 優希が異能者に覚醒した事実を無かったことにすれば、たとえ数人誰か死んでも、死んだ事実も一緒に抹消される。
 ——と、先輩は言うのだが。

「でもよ、リスクって考えてるのかよ?」
「リスク?」
「俺の異能は、何らかの出来事を消すだけでなく、代わりに違う出来事で上書きする——そういうやつだろ? だったら、消した出来事に代わって上書きされるものが何かも考えた方がいいんじゃないか?」
「……」

 先輩は沈黙を貫いた。
 かわりに顎に手を当て、考えるような仕草を見せる。
 ここまでは考えていなかったのかもしれない。

「ちょっと待ってて」

 一言そういうと、先輩は鞄を開けて中を探り出した。
 数秒後、先輩の白い手に掴まれて顔を出したのは——かなりの年季を感じる古臭い本だった。
 横向きに綴られている文字は英語の筆記体に見えるが、言語が英語でないのか、俺には読み解けない。

「何だ? それ」
「これが異能について書かれている本よ。別名"Insane libro"……」
「日本語でおけ」
「……直訳すると、非常識な本。つまりは、この世のものとは思えないことが書かれている本なの」
「ほうほう」

 先輩はその"Insane libro"とやらを開き、パラパラとページを捲った。
 開け放たれた窓からは、先ほどから風が入り込んでいる。先輩から漂うほのかなラベンダーの香りを、梅雨のにおいと共に運んでくるのだが——今ばかりは、紙が腐ったような悪臭も漂ってくる。
 相当古い本なのだろう。紙はカビにやられているだけでなく、ところどころ破れたり、茶色く色が変化している。
 やがて、先輩は紙を捲る手を止めた。

「……何も書かれてないわね」

 つまらなさそうに溜息をつき、先輩は無造作に本を鞄へ突っ込んだ。

「やっぱり貴方の異能は、無に帰し有に在りとしか書かれていないわ」

 だから、常に最悪の事態を想定しましょう——そういいながら先輩は俺に近付いて来る。

「この件は一時保留。私は出来うる限りの人脈を使って、未来を見通せる人を訪ねるわ。きっとどこかにいるはず……」
「何だ、保留にすんのかよ。じゃあ俺はどうすればいい?」
「貴方はなるべく、優希さんの傍に居てあげなさい。彼女が異能を自覚したら、直ぐに連絡すること。いいわね?」

 先輩は小さく折り畳んだ紙を俺に握らせて、颯爽と教室を後にしてしまった。

「……」

 1人取り残された俺は、澱みを吐き出すように大きく溜息をつく。
 今にも落ちてきそうな壁掛け時計に目をやるが、日没を迎えるにはまだ時間があった。
 こうなったらいっぺん、優希の元を尋ねてみようか——
 俺も戸締りだけ確認して、旧校舎を後にした。