複雑・ファジー小説

Re: Dead Days【キャラ募集一時停止】 ( No.38 )
日時: 2015/05/10 10:51
名前: わふもふ (ID: nWEjYf1F)

 違和感に気付いたのは、土曜日に電車に乗ったときの事。

 ——何故千秋先輩は、時間が巻き戻ったことを知っている?

 仮に時間が巻き戻ったとしても、巻き戻る前の記憶と自我を持っているのは俺だけ——というのが典型的ではあるが。
 どうせあの人のことだ。何らかの方法で、それを知るに至ったのはまず間違いない。
 ——とすると、俺と先輩は共に時間旅行をしてるってことになるのか——しかし否。
 彼女は"時間が巻き戻る"と言った。だったら過去や未来を行き来するなんて表現は間違っている。
 ならば、記憶の共有でもしているのだろうか——

「——半分正解、かな」

 誰もいないはずの列車で席に座って熟考していると、聞き慣れた声が俺の鼓膜を揺らした。
 見上げれば何時の間にか、席の向かい側には"雨宮優希"が座っていた。

「君が持ってる時戻し(リターンズタイム)の異能はね——他の異能者も含めて、記憶だけ時間の流れに乗って、過去の持ち主に引き継がれる仕組みになってるの。杭で打ちつけられたような記憶だから、夢現な気分になるんだよ」

 笑う優希だが、瞳が虚ろだ。
 ハイライトが消えたというか、輝きがない。死んだ魚の目と言えば事足りるだろうか。

「でも、たとえ夢現でも記憶として残ってる。だからきっと、もう塩素ガスの罠には引っ掛からないはず」
「塩素ガス……」

 ————そうだ、思い出した。

 あの時を夢と仮定して、俺は一体何をしていた?
 そんなの決まってる。怜奈と委員会の手伝いへ向かう道すがら、何故か床に撒かれていた薬品の害を受けた。
 収まらない吐き気、呼吸の出来ない喉——あれは間違いなく塩素ガスの影響だ。

「……お前、何を知っている?」
「全部だよ」

 ——刹那。俺の顔面横を何かが掠め、背後で何かが派手な音を立てて割れた。
 俺が呆けている間に、優希がとんでもない速さで俺に接近し、その白く小さな拳で硝子を粉微塵に砕いていたのだ。

「戦いはもう始まってる」
「いい年ぶっこいて、何を厨二クセェ事抜かしやがる——ぐはぁ!!」
「厨二? それは異能者って時点でみんな一緒でしょ?」

 鳩尾に入った優希の拳を見て、俺は確信した。
 今の彼女に冗談は通じない。また、彼女の言うことに冗談など含まれていない、と。
 ——敵だ。

「降り出した赤い雨。私の声。廊下に撒いた薬品——全部繋がってると思わない?」
「な、何を……」
「私"たち"はね、君を殺したくて仕方ないの。丁度良い機会だし、ここで葬ってあげるよ——」

 優希はスカートのポケットから、柄の付いた細い何かを取り出した。
 続いて、先端を包んでいるカバーのようなものを取り外す——現れたのは、銀色に光る針。

「この針には毒が塗ってある。心臓に突き刺せば、瞬く間に地獄へ落ちるよ」
「よ、よせ——」
「デッドデイズの、始まり始まり〜」

 こうなったら仕方ない。
 孤立無援でこの状況なら、たとえ相手が女でも手を出さざるを得ないだろう。——と思って身構えたときだった。


 ——パンっ!


 乾いた音と共に、またもや硝子の割れる音がした。
 恐らくは銃声——しかしサイレンサーでもつけているのか、音が非常に小さかった。
 そんな微かな銃声が聞こえた方向——右手側に目線を寄越す。

「——何だよ先輩、ヒーローぶりやがって」

 目線の先では、千秋先輩が銃を構えていた。

「優希さんの動向を追ってみれば——まさかこんなところに出くわすなんてね」

 先ほど割った硝子は単なる威嚇射撃だろう。しかし今、銃口は優希の頭を狙っている。
 殺意も明らかだ。

「邪魔しないで、生徒会長さん。私はこの間抜けを殺したいの」
「晃君は渡さない……誰にも殺らせはしない!」
「なあに? それ、愛の告白のつもり? ちょっと場違いじゃない?」
「今の言葉を告白と受け取ったなら、貴方は文字通りいかれてるわ——いいえ、そもそも脳味噌なんてないのかしら?」
「黙って聞いてれば……この性悪女!」

 優希の殺意が、俺から先輩の方へと向いた。
 俺はすかさず優希の腹にケリを入れ、数十センチ浮かせたところで素早くその場を離脱する。
 千秋先輩の隣に並ぶと、俺は彼女から何かをこっそりと受け取った。
 ——サバイバルナイフだ。

「けほっ……うあ……」
「優希さんは怯んでいるわ。この隙に逃げましょう」

 先輩は俺の手を掴むと、一目散に後続列車へ走り出した。
 運の良いことに列車がすれ違いのため止まっているので、俺らは窓を蹴破ってそこから戦線を離脱した——