複雑・ファジー小説

Re: Dead Days【目次更新】 ( No.5 )
日時: 2015/04/28 19:44
名前: わふもふ (ID: nWEjYf1F)

「何をしている?」

 ふと聞こえた中年男性の声に、俺と先輩は同時に扉のほうを振り返る。
 懐中電灯を片手に、見回りの用務員が様子を見に来たようだ。

「今日はもう遅い。門も閉まるから、早く帰りなさい」
「——分かったわよ」

 渋々答えたのは先輩で、鞄を持ってさっさと教室を出ようとする。
 今日の話し合いはもうお開きか。そう思いつつ、俺も鞄を持って教室を出た。
 ——途端、先輩が俺にひっそりと耳打ちしてきた。

「校門で待っててくれる?」

 それだけ言い残し、「はい」も「いいえ」も答える間無く、先輩は早足に3年の下足箱へ向かっていった。
 どうやら俺は強制的に、校門前で先輩を待たねばならないようだ。
 話の途中だったので。歯切れが悪いとは思いつつも。正直今、俺の脳内はパンク寸前である。
 少し整理する時間が欲しいところだが——全ては話を聞き終えてからの方が良いだろう。



    ◇  ◇  ◇



 先輩の方が早かったようだ。
 赤く染まる空の下、壁に凭れかかる仕草が何とも色っぽい。

「来たわね」
「待たせたな」
「いいのよ。私も今来たところだから」

 先輩は壁から背中を引っぺがす。
 組んでいた腕を解し、右手は鞄を持ち、左手は腰にあてがった。
 左足重心で左手を腰にあてがうのは、どうやら先輩が他人と話すときに癖として付いた仕草のようだ。

「晃君、このあと時間ある?」
「眠くなるまでなら」
「あら、そう」

 先輩は、少しだけ嬉しそうに微笑むと。

「じゃあ私についてきて。見せたいものがあるのよ」

 そう言って俺の腕を掴み、相も変わらずかなりの早足で歩き出した。



    ◇  ◇  ◇



 やがて電車に乗り——二駅を経て辿り着いたのは、最もイメージしやすいであろう団地だった。
 白い校舎みたいな集合住宅は、果たしてアパートなのかマンションなのか。
 全く見分けのつかない、似たようなそれが4軒ほど並んでいる。
 先輩はそのうちの、"ヴィロッシェⅢ"と書かれた看板が立つ集合住宅へと足を運ぶ。
 なるほど。この集合住宅の名前は、どうやら"ヴィロッシェⅢ"らしい。

「ここの屋上にね、少し面白いものがあるのよ」

 側面の螺旋階段を、コツコツと音を立たせて上っていく。
 縦向きに鉄格子のようなガードが張り巡らされていて、螺旋を構造する円の大きさも終始同じである。
 螺旋階段の中心にはそれなりに太い鉄心が1本通っているだけなので、一周する間隔は非常に短い。

「面白いもの?」

 面白いものと言われ、俺は鉄格子越しに見える"赤い夜"の景色から、先行する先輩の方へと視線を向ける。
 ——と同時に、風で煽られた先輩のミニスカートが捲れ、その中に秘められし聖なる布を大胆に曝け出した。

『これは……』

 俺はすぐさま持てる視力をフル活用し、繁々と観察する——黒だ。

「……」
「晃君」

 ——と、その瞬間である。
 夏も既に本番だというのに、突然その場の空気が急速に冷え始めたのは。
 最早氷点下まで下がったんじゃないかと思うほど、俺は完全に汗冷えで、みるみるうちに体温が下がっていくのが分かった。
 この——おぞましいというか、何というか。言葉に形容し難い妙なオーラは、間違いなく俺の2歩ほど先から発せられている。
 ——千秋先輩だ。

「——はい」
「見たでしょう?」
「決して私目は、見たくて見たわけではございません」
「嘘なら今のうちに白状することね。じゃないと——潰すわよ」

 言葉の最後——"潰すわよ"の辺りだけ、妙に声のトーンが下がった。
 同時にこちらを振り返る先輩。不思議と彼女の右目は、熊をも退散させそうな鋭い眼光を放っている。
 心なしか光っているように見えるのは、きっと気のせいだと思いたい。思いたいのだが——現実である。

「——ごめんなさい」
「素直でよろしい」

 ようやく冷気と、先輩の眼光が俺より立ち去っていった。
 代わりに先輩は少しだけ頬を赤く染めていて、しかし表情は宛ら阿修羅のように、さも恐ろしい形相となっている。
 先ほどのような明らかな怒りは感じないが、やっぱり先輩は怒っているようだ。

「別に思春期、それも男の子だもの。そういうことに興味を持つのは、別に否定しないわ。でもね」

 そう言って先輩は階段を1段下りて、俺へと接近する。
 やばい。殺される。
 そう思ったが、先輩は柔らかな表情で俺の頬を両手で包んだ。

「相手を不愉快にさせないように、ね。特に私は相手の全てを知ることが出来る。だから尚更よ」

 ——前言撤回。明らかに目が笑っていない。つまり、笑いながら怒っているのである。
 俺は無意識に恐怖心を抱いた。
 知り合いに、笑いながら怒っている——即ち、包丁片手に相手を追い掛け回すような奴が1人いるからだ。

「よ・ろ・し・く・ね」

 ツン、と——右手の人差し指で、俺の唇を突っついた。
 全くこの先輩は——人様をからかっているか。どこまでも本性の読めない人である。

 すると先輩は何事もなかったかのように、そのまま踵を返して再び螺旋階段を登り始めた。
 俺もその後に続く。今度こそは先輩の聖なる布を見まいと。
 しかし風が吹くたび、やはりスカートは捲れあがるのである。
 うちの高校、女子生徒の制服はミニスカート一貫なため余計にたちが悪い。

 ああだこうだやってるうちに、俺たちは屋上についた。