複雑・ファジー小説

Re: Dead Days【目次更新】 ( No.6 )
日時: 2015/04/28 22:54
名前: わふもふ (ID: nWEjYf1F)

「ここには……あら?」

 何があるんだろうと思って来てみたが、貯水槽があるだけの普遍的な屋上だった。
 夜空が赤いこと以外は、見ようと思えばいつでも見られそうな光景である。

「なあ、もう待ちきれないよ。一体何——」

 俺はここで口を噤んだ。
 先輩がさっきみたいな唇ツンをしたわけではない。ましてや怒っているわけでもない。
 いつも——と言っても知り合ったのは今日だが——余裕そうにしている先輩が訝しげに眉根を顰めているからだ。

「おかしい……」

 黙って聞いていれば、先ほどからその言葉しか聞こえてこない。
 腕を組み、右手だけ持ち上げてアゴに手を添えながら、形の良い眉をゆがめて、先輩は何か考えている。
 とりあえず俺にはよく分からないので、何となく空を見上げてみた。
 ここ最近、いつも見る赤い空が広がっている。
 全く、白か灰色だったはずの雲も真っ赤だぜ——

「——ん? 雲が赤い?」

 そういえば気付かなかった。
 今の時間帯、赤くなるのは空だけかと思っていたのだが、どうやら雲も赤く染まるらしい。
 じゃあなにか。雨が降ったら血液見たく、赤い雫が降ってくるのかよ。
 それはそれで面白そうだ——が、そんな楽しい空想は早々に終わりを告げた。
 血相を変えた先輩が、俺のほうへと走ってきたからである。

「晃君、急いでこっち来て!!」
「ふぁい!?」

 すれ違い様に先輩に手を引かれ、俺は訳が分からないまま、今までにないくらい超高速で螺旋階段を下りていく。
 1段どころか2段飛ばしで降りているため、正直言って足がきつい。
 だが、先輩が浮かべている表情は焦燥そのものであり、きっと何か大変なことが発覚したに違いない。
 ——と、俺は独断と偏見で判断した。だから素直についていくしかないのだ。

 やがて俺達は、まさに疾風の如く階段を駆け下り、1分もしないうちに2階部分へと降り立つ。
 焦る先輩が俺の手を引き、辿り着いた先はこの集合住宅の一室"206号室"。先輩の苗字"白鷹"の表札がかかっている。
 先輩はポケットから鍵を取り出し、これまた恐ろしい速さで鍵を開け、中に強引に俺を引き込み、勢いよく扉を閉める。

「はぁっ、はぁっ……」

 俺だけでなく、先輩も息を切らせている。よほど急いだのだろう。

「何だってんだよ、先輩」
「ごめんなさい、いきなり乱暴なことをして。でもね、私達は身を守らなくてはならなかったの」
「ど、どういうこと……?」

 俺が疑問に思っていると。
 先輩が俺を手招きし、家の中に上がるように言ったので、俺はおずおずと家に上がった——



    ◇  ◇  ◇



 部屋は——綺麗。その一言だった。
 連れて来られたのは先輩の部屋で、リビングを介したが先輩のご両親の姿が見当たらない。きっと仕事中なのだろう。

 ムーディー調のインテリアが、不思議と俺の心も落ち着かせてくれる。
 落ち着いた大人っぽさを醸し出す部屋の空気は、何というか先輩にピッタリだ。

 とりあえずここは先輩の家で、且つ彼女の部屋である。
 そんな中に俺がいる——明らかに場違いな気がしたが、先輩は構わず鞄を床に置き、カーテンをサッと開け放った。
 外では雨が降っている。あの短期間に雨が降るとは——
 しかし、何処か様子がおかしい。

「見てみなさい、この雫。血液みたいに真っ赤でしょう?」

 ——言われて見れば、確かに赤い。
 するとこれは俺の空想どおり、赤い雨が降っていることになるのか。
 しかし雨如きで、何故"ああ"も慌てたのだろう。
 この赤い雨は危険因子なのだろうか。

「何であんなに慌てたんだ? こんな雨如きに」
「勿論、普通の雨なら慌てないわ。これは命を削り取る、死の雫なの」
「……死? 死ぬのか?」
「えぇ。長い間雨に当たっていれば、ね」

 赤い雨——先輩曰く端的に言えば、生きている者生命エネルギーを削っていくものらしい。
 冷たい水に手を入れておけば、徐々に手から温度が奪われていくように——生きるために必要な活力が奪われるのだという。
 失うものは単純にアミノ酸だとか、そういった栄養素的なものらしいのだが——その先の話は、生物専門の先輩だからこそ分かる話であって、科学専門の俺にとってはややこしすぎてよく分からなかった。

「何にせよ、あの雨に当たるのはよくないことなの。これから夜に街を出歩くときは空模様に注意しなさい。雲がかかっているなら、その時点で出かけるのをやめるか、どこかの建物に非難するのが望ましいわ」
「……分かった」

 それから俺は、雨がやむまで先輩の好意で家に居させてもらった。
 帰るころにはもう9時過ぎで、夜遅くまで真面目に部活やってる連中がやっと帰る時間帯である。
 先輩の言っていた、面白いものが何か。それは赤い雨の衝撃が大きすぎて、結局は聞きそびれていた。
 また明日聞いてみることにしよう——



    ◇  ◇  ◇



「……」

 そんな帰り道。

「……」

 赤みが抜けて、普通の雨と同じ成分になった水で濡れたコンクリートを、踏みしめるようにして歩く。

「……」

 電車には乗らない。幸いにも俺の家は、先輩の家の近所にあるのだから。

「……」

 道中は暗く、梅雨時みたいな雨独特の臭いが辺りを支配している。

「……」

 夜の帳は完全に降りきっている。街灯だけが唯一、道を明るく照らし出している。

「……」

 こんな時間だし、住宅街の裏道だし。俺以外に人なんて、1人も居やしないというのに。

「……」

 俺は感じている。確かに見えている。

「……」

 俺の後ろを尾行する、正体不明の"影"を。

「……」

 というよりも、人形だ。人形に、変わりはないのだが——

「……」

 何だろう。すごく、俺に似ているような気がする。

「……」

 ソイツはあくまで"歩く影"。たまにノイズが走ったように、白い線が見え隠れするだけだ。

「……」

 だから、姿形が似ている、というわけではない。

「……」

 なのに、似ている。自分に凄く似ている。

「……」

 言うなれば、もう1人の自分。

「……」

 即ち、ドッペルゲンガーだ————