複雑・ファジー小説
- Re: Bloom Of Youth's Season ( No.2 )
- 日時: 2015/05/10 15:29
- 名前: あわきお ◆e0cUq7WYf6 (ID: D/yB5FiZ)
「終わりが怖いから、始まりに踏み出せない」
壱◆
「美音のせいで嫌な汗かいちったじゃん。……今度からもう少し早く起きなよ」
動き出しで揺れる電車の中、私の隣の幼馴染は小さく私を睨んだ。今日は高校二年生での初登校日……つまり、始業式である。事もあろうに私はこんな日に二十分という大幅な時間を寝過ごしてしまった。目覚ましに勝てなかったのだ。どうしても春は眠たくなるものである。
相変わらず何の弁明もしない私に、彼は軽く笑って私の頭を撫でた。
「今年、どうかな。同じクラスになるかな」
彼の口調が優しいものに変わった。どうやら思ったより怒ってないみたいだ。
幼馴染の、立花優。保育園の頃からの付き合いで、名前の通りこいつは誰にでも優しい。絡みやすいので周りからも慕われている。特に女子からの人気は莫大である。例え話を挙げると、バレンタインデー。女の子が素直に気持ちを伝えられる唯一の日だ。同級生はもちろん、先輩後輩、義理チョコを含め三十個以上のお菓子を受け取る。多分優の周りにいる女の子たちは、彼が甘いものを苦手だと知らない。
端麗な顔立ち、長年の水泳経験で培ってきた筋肉質な体。家族のように接してきていなければ、きっと私も好きになっていただろうなぁ。
なかなか答えない私を不思議に思ったのか、優は私の顔を覗き込んできた。目が合うと、ニッコリして「どうしたの?」と頭を撫でる。頭を撫でるのは、彼が私の機嫌を伺ってるときに行う癖だ。なんだか子供扱いされているようで、私はあまり好きではない。
「別に。それにさ、クラス同じじゃなくてもいいじゃん。今年クラス一緒になったら四年連続だよ? 腐れ縁も大概にしろってこと」
「だね。マンモス校だし、今年はさすがに離れるかもね」
よく友達に「立花くんと付き合ってるんでしょう!」とか聞かれるけど、断じてそんなことはない。絶対にない。否定すると、「じゃあ、好きなんでしょう!」……違う。本当に彼女たちは何も分かっていない。
「美音、行くよ」
今日は家から全速力で走ってきて、電車に間に合うか分からなかったので、いつもの空いた車両には乗れなかった。私たちはこの一年で、階段に一番遠い車両は人が少ないことを学んだ。先を見越してか優は、人ごみの中、一駅前でドアの前へ移動し始めた。
優の配慮のおかげで私たちが降りる駅ではすんなりと降りることができた。我慢していた息を大げさに吐き出す。ここまできたらもう遅刻の心配をする必要はない。
優も安堵の息を吐き、改札口へゆったりとした足取りで向かった。
毎年のように、小さな出会いの期待を感じる春。私——浅見美音は今日から、高校二年生になる。
- Re: Bloom Of Youth's Season ( No.3 )
- 日時: 2015/06/30 10:06
- 名前: あわきお ◆e0cUq7WYf6 (ID: D/yB5FiZ)
腐れ縁記録は更新されていた。クラス表には、二年四組の欄に私と優の名前がきっちりと表記されていたのだ。下駄箱に靴を入れ、二年四組の教室へ向かう。この校舎は二階が三年、三階が二年、四階が一年となっている。一年のときは毎日階段の往復に苦労したものだ。
廊下を歩きながら「一緒で良かったね」と斜め前から優が嬉しそうに笑うので、思わず私も微笑んでしまう。クラス表には、去年クラスが一緒だった友達は優以外一人もいなかった。たとえ優だとしても、知っている人が一人いるのはとても心強い。
「あ、四組ここだね」
六組あるうちの四組の教室は、案の定真ん中にあった。優が指差すそこに入ると、教室には既に生徒が集まっていた。
優が教室に入るやいなや、一瞬教室がザワめく。私には分からないが、おそらくこいつは学年のアイドルと言ったところなのだろう。斜め後ろから見えるまんざらでもないような彼の横顔がなんだか憎たらしくて、私はそうっと優から距離を置いた。
“学年アイドルの幼馴染”としてある意味有名である私に誰も近づいてこないことを確認し、私は黒板に掲示されている席についた。浅見美音、なんて名前だから、廊下側の一番前だ。自己紹介もきっと私からだろうな、なんて憂鬱なことを考えながらリュックの中身を整理した。
ふと気付くと、私の後ろの席の女の子が、去年私と同じ委員会の子だと分かった。振り向くと、眼鏡におさげの女の子。やっぱりそうだ。私に気付くと、「わっ」と驚きの声を漏らす。一般的に言えば地味な格好なのに、顔立ちが綺麗だからあんまり地味な子には感じられない。
「おはよっ。名前、なんて言うの?」
「い、市原藍です。よろしく。 ……えっと、」
藍ちゃんは私の名前が分からない様子。
「あー、私、浅見美音! 美音って呼んで。よろしく、藍ちゃん! 去年さ、保健委員だったでしょ。集まりで見たことあるよ」
嬉しそうに微笑んで頷く藍ちゃんは、控えめだけどやはり可愛い。
市原藍ちゃん。話をするに、中学、高校ともに美術部に所属。何かを作ったり絵を描いたりするのが好き。好きなものはチョコレートで、嫌いな食べ物は辛いもの。静かそうに見えて、ロックバンドが好き。ホラーなことが嫌い。
最初は知らない人ばかりで不安だったけど、藍ちゃんと話をしているうちに、なんとかやっていけそう、と単純に思ってしまう。
談笑を続けていると、突然教室のドアが開く。先生が入ってきた様子だ。——えぇ、皆さんおはよう。今日は始業式です、遅刻は……いませんね、じゃあ後十分ほどで始まるので廊下に番号順に並んでー。
担任と思われる目の前の男性教師を見ているフリをしながら、どんな高校二年生の生活が始まるかを考えて、私は胸を弾ませていた。
- Re: Bloom Of Youth's Season ( No.4 )
- 日時: 2015/06/30 10:40
- 名前: あわきお ◆e0cUq7WYf6 (ID: D/yB5FiZ)
——始業式が終わって、二年四組の教室に入る。掲示物や汚れがほとんどない教室を見渡すと、今日からここが私の居場所になるんだなあ、という気になる。しばらくすると、担任の田中先生が教室に入ってきた。それとともに、輪になって話し込んでいた男子が花火のように散って自分の席に戻って行く。教壇に立って、田中先生は私たちの顔をゆっくり見回すと、ニッコリと笑った。
「えー、じゃあ、今日がショートホームルームで終わりだそうなので、自己紹介して解散としますか」
えぇ、と男子のけだるそうな声が聞こえる。正直言って、私も同じ気持ちだった。自己紹介はあまり好きじゃない。そして人のそれを聞くのも好きじゃない。一遍に自分のことを紹介されて、全員の名前は好きなものを覚えられる脳みそを、残念ながら私は持ち合わせていないのだ。——しかも、何をするのも出席番号順だから、「浅見美音」という名前は、中学でも高校でもほとんど最初だ。ハァ、と重いため息をつく。
ふと、真ん中の列に座る優を見ると、ニヤニヤしながらダブルピース。多分、今私が思っていた一連の気持ちを、彼は知っている。……ムカツク! 私だって、なれるものなら最初でも最後でもない頭文字の苗字になりたかった! 机に突っ伏す。おそらく、アイツは悪魔みたいな顔をして笑っているに違いない。
「じゃあ、女子の一番から」
突っ伏していた顔を上げる。——やっぱりそうだ。ガッタン、と不規則な音を立てて、私は立ち上がる。
「あ、浅見美音です! 軽音部でギターやってます。よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げると、パチパチと小さな拍手が沸きあがった。良かった、難なく自己紹介、終わらせられたかな……? すぐ後に、後ろから、ガッタン、と不規則な音が上がる。そして、上ずった藍ちゃんの声も聞こえた。藍ちゃんの自己紹介が終わった後、後ろを向いて「やっぱり緊張するよね」と声を潜めて苦笑すると、藍ちゃんは火照った頬を押さえながら笑って頷いた。
その後もそれぞれの自己紹介を終わらせていたけれど、やはり一番歓声が多く湧き上がったのは優のものだった。彼は、照れたような笑みを浮かべて後頭部を掻く。優がイスに座ると同時に拍手の音が止んだ。うわ、優の後ろの人、嫌だろうな……。
引きつった笑みを浮かべながら、私は次に立ち上がる人を見る。次の男子は、机に手をついて静かに立ち上がると、小さな声でボソッと名前を呟く。
「高槻奏です。……一年間よろしくお願いします」
拍手が起こらないうちに、彼はイスに座り込んでしまう。優が慌てて拍手を始めると、周りの人もつられて手をたたき出した。——たかつき、そう? そう聞こえたけど……。綺麗な黒髪の彼は、しばらく顔を机に俯かせたまま、動かなかった。
- Re: Bloom Of Youth's Season ( No.5 )
- 日時: 2016/12/04 00:56
- 名前: あわきお ◆e0cUq7WYf6 (ID: Uxa2Epx7)
「美音、帰るよ」
ショートホームルームが終わり、既に帰り支度を済ませた優が教室のドアの近くで壁に寄りかかって私に威圧をかけてくる。
水泳部では学校のプールは使用せず、地区のプールなど自分が練習しやすい場所で自主練習をする。文化部で特に有名でもない軽音部の私ももちろん毎日部活があるわけではなく……。何か特別な理由があるわけでもないときは、優と一緒に帰るのが暗黙のルールになっている。
「威圧ひどいな、早く帰りたい勢」
「うるさい」
怒ったように腕組みをして、でも優は私に向けておかしそうに笑った。私がリュックを背負うと、さあ行こうと言わんばかりに腕組みを止め、私なんてお構いなしに歩いていってしまう。なんだよ、私を待っていた意味がないじゃないか。
「じゃあね、藍ちゃん」
後ろの席で、未だ支度をしている藍ちゃんを振り返って声をかける。私の挨拶に気付いた藍ちゃんは、ホッと顔をゆるめて微笑んだ。
「うん、また明日」
藍ちゃんの言葉を聞いて私もホッとする。良かった、明日もまた挨拶できるだろうか。
ふとドアの方に目をやると、優は既にそこには存在せず、廊下を歩き始めていた。待ってよ、と声をかけても振り返ってくれない気がして、私は優の方へ走り出す。もう、なんなのあいつ——。
「う、わ!」
前を歩いてきた男の子とぶつかった。廊下には早く下校しようと行き交う生徒がたくさんいたからだ。そんな中で走ろうとした私がいけなかった。謝ろうとした矢先、カツンと音がして私のリュックの中から缶ジュースが床に落ちたことが分かった。
「あーあー、もう、何やってんの、美音」
私のドジを見ていた優が、呆れた顔をして戻ってきて、それから、缶ジュースを拾ってくれた。
「これ、炭酸じゃん。馬鹿だなあ」
「もとと言えばお前が悪いんじゃっ。……あの、すいません。ぶつかっちゃって」
優の顔を睨みつけてから、目の前の男の子を見上げる。
——あ、と声が漏れた。優の後ろの席の人。確か……高槻、奏くん。優の後でありながらそっけない挨拶をしていた男の子だ。前髪で隠れて見えづらいけれど、よく見ると二重の目と整った顔つきが黒髪によく似合う。優とまではいかないけれど、近くで並んでみると私よりずっと背は高かった。高槻くんは優の持った缶ジュースと私を見比べてから、少し顔を歪ませて困った顔をした。
「……こっちこそジュース、すいません。あの……同じの、明日買います」
彼は私の目の前で、軽く頭を下げた。「今日買う」じゃなくて「明日買う」ってことは、彼も私が同じクラスだと気付いているということだ。クラスメイトに、しかも少し気になっていた高槻くんに認識されていたのはかなり嬉しい。こんなところで話ができるとは思わなかった。自己紹介のときはかなりそっけない挨拶だったけれど、本当はすごく真面目で律儀な人なんじゃ……?
なかなか返答をしない私を見て、高槻くんは更に困っていたみたいだった。
「あはは、いやいや、大丈夫だよ。本当、気にしないで。私が急いでただけなんだから、高槻くんは何も悪いことしてないじゃん」
リュックの重量が重くなる。おそらく優が私のリュックに缶ジュースを入れたのだろう。
「そうそ、美音なんて気にしなくていいよ、高槻。同じクラスだし、よろしくな」
優は私の後ろで高槻くんに向かってニッコリ笑った。高槻くんはそれに小さく会釈する。
「じゃ、また明日。行くぞ、美音」
優は私の頭を小突いて歩き出す。高槻くんもそれに倣って、私たちと反対方向に歩き出す。優に追いついて横に並ぶと、「電車、何時かな」と彼は腕時計を確認していた。都会でもないこの地域の電車は、一本逃すと次までの時間が辛くなる。今日は始業式で午前終わり、電車の時間が分からない。優はそれが気がかりなようだ。学校内での使用は禁止されている携帯を取り出して、生徒の群れの中、それを確認している。
「あ、あと四十分後だ。ゆっくりできそう」
校門を出て、優が私に話しかける。そして、怪訝そうな顔。
「美音、どうかした?」
「え、何が?」
「なんか、顔、変。赤いよ」
黒い前髪から覗く凛とした瞳が、私の頭の中を埋め尽くしていた。
- Re: Bloom Of Youth's Season ( No.6 )
- 日時: 2015/09/22 13:35
- 名前: あわきお ◆e0cUq7WYf6 (ID: e2lJewtm)
翌日、高槻奏くんは本当に私にジュースを買ってきてくれた。昼休み、自分の席でお弁当を広げている私に、気まずそうな顔をして彼は寄ってきた。
「浅見さん。これ、昨日の」
まずは、“浅見さん”と呼ばれたことに対して違和感を覚える。私の周りの男子は私のことを“美音”、少し距離が遠くても“浅見”である。同級生で、さん付け……? とあっけにとられてしまった後、彼の手に握られていた缶ジュースを見たときは、彼の律儀さに苦笑した。高槻くんはまた私の反応に焦り始める。
「え、え、何?」
「はは、まさか本当に買ってきてくれると思わなくて。ありがと、これ、好きなんだよね」
缶ジュースは手に持った瞬間キンと冷えていた。今、買ってきてくれたんだ。もう一度お礼を言おうと顔を上げると、そこに彼の姿はもうなかった。後ろの席から藍ちゃんがそれと被せるように話しかけてくる。
「高槻くんと、仲良いの?」
「いや、昨日ちょっと色々あって少し話しただけ」
そうなんだ、と言いながら藍ちゃんは嬉しそうに頬をピンクに染めた。相変わらず綺麗に結われた髪の毛が綺麗だ。
「なんか藍ちゃん、嬉しそう。高槻くんと、何かあるの?」
え!? と一度声を上げると、藍ちゃんは困ったように視線を泳がせてから、何もないよ、と口元を引きつって笑った。この時点で何でもないはずはないんだけど……、そこまで言いたくないことだったら、仕方ない。藍ちゃんの判断が正しかったということで、彼女の演技に気付かないフリをした。
「あ、そうだ。今日の五時限目、ロングホームルームでしょ?」
「うん、席替えとかって言ってたね」
本当の場合は定期試験ごとに席替えを行う。よって計四回なのだが、二年になると修学旅行がある。うちの学校は夏休みを活用して修学旅行を行うので、二年になった時点ですぐに総合やロングホームルームの時間を使って修学旅行のことを考えなければならない。きっと今席替えをするのも、何かそれと関係しているのだろう。
「くじ引きだったら別々になっちゃうかもね」
プシュ。奏くんにもらった缶ジュースを開けた。
「そうだよね……。私は、美音ちゃんと一緒がいいなぁ」
困り顔をする藍ちゃんが可愛くて、口をつけていた缶ジュースの開け口から口を離し、ホゥ、と息をつく。
「私も私も。もしくじ引きじゃなくて人選できるんだったら、一緒になろうよ」
「本当? 良かった、嬉しい。うん、なろうなろう」
藍ちゃんは嬉しそうにして、それからお弁当の中の卵焼きを口に含んだ。