複雑・ファジー小説

Re: Bloom Of Youth's Season ( No.9 )
日時: 2015/12/29 02:19
名前: あわきお ◆e0cUq7WYf6 (ID: e2lJewtm)

 席替えは優の意向でくじ引きではなく人選になった。女子で二人、男子で二人で組んで班を作り、それが修学旅行の班にも繋がっていくみたいだ。約束どおり私は藍ちゃんと二人組みを組んだ。優は相変わらず彼となりたいクラスメイトに囲まれて困ったように笑って、それから一人でいる高槻くんと組んだらしい。エー、と残念そうな男子の声を聞いている間、高槻くんは少し困ったように優に何か話しかけていたが、そのうち諦めて残念そうにする男子を見ないようにしていた。昔からそうだ。優は集団にはあまり興味はない。

「美音」

 藍ちゃんと話している間に、優は高槻くんと肩を組みながら私に声をかけた。

「あのさ、女子と男子も好きなように組めるんだって。一緒に組まない?」

 目が合うと、大体彼がどんな気持ちでいるのかを想像できる。きっと優は先ほどのようなことを早めに回避するために私たちと組みたいのだと思う。
 優は、先ほどから私の隣で何も言葉を発さない藍ちゃんに目を向けると、目じりを下げて微笑んだ。

「どう? 市原」
「……わ、私は全然大丈夫です!」

 急に名前を呼ばれた藍ちゃんは、慌てて思考回路に言葉を持ってきたみたいで若干早口だった。

「お、良かった。じゃ、この四人ね」

 班が決まるのは、私たちのところが一番早かった。ほとんど優の提案で動いてしまったけれど、個人的にも個性豊かなメンバーで安心した。チラ、と高槻くんの方を見ると、ちょうど彼も私の方を見ていて、目が合った。しかしそれは瞬時に高槻くんの方から逸らされてしまった。

「あー、よろしくね、高槻くん」
 高槻くんはもう一度私と目を合わせる。
「……はい」

 長めの前髪から覗く凛とした目は、やはり健在であった。



 班の中で席順は自由でいいようで、私と藍ちゃんが隣同士、優と高槻くんが隣同士という風になった。班の位置は一番後ろの窓際、一番高校生らしいポジションである。ちなみに私が一番高校生らしい席となった。いわゆる、一番後ろの窓際だ。
 全員の席順が決まって今日は解散となり、私は今日こそは優に置いていかれないようにと彼より先に帰り支度を始める。

「良かった、美音ちゃんと一緒になれて」

 ふと右隣を見ると、嬉しそうに微笑む藍ちゃんがいた。前後よりも、左右になった方が断然話しやすい。

「そうだね、私も」
「中学校のとき、こういうので余るのっていつも私で。ありがとう」

 真っ直ぐな言葉と視線が、私の心をジインと動かす。

「こっちこそ。よろしくね」
「うんっ」

 そんな会話を交わすと、藍ちゃんは薄いピンクのリュックを背負い、椅子から立ち上がった。

「あれ、今日は早いね」
「うん、今日から部活だから」

 美術部は土日と祝日以外——つまり、学校に来ている日はほとんど部活がある。気分次第で集まるような気まぐれ集団の軽音部とは大違いだ。始めた頃はギターが好きで好きで毎日音楽室に通っていたけれど、最近になるとメンバーからの誘いがないと部室には行かないようになった。

「そうなんだ。頑張ってね」
「うん、ありがとう。じゃあね、美音ちゃん」

 手を振る藍ちゃんに倣って、私も手を振り返す。



 藍ちゃんが教室から出て行き見えなくなった頃、優の咳払いが私の耳元で響いた。



「エー、浅見美音さん。俺帰るけど、どうする?」
「……あッ」


 いつの間にか支度の手が止まっていることに気付いた。優は既に済ませて、エメラルドグリーンのリュックを背負って私の近くに立っている。ブレザーのポケットに手を突っ込んで、いかにも高校生男子のような立ち振る舞いだ。


「はいはい、言いたいこと分かったよ。帰る、帰りますよ」
「お、阿吽の呼吸? 嬉しいね」
「違うわ!」


 心底おかしそうに優が声を上げて笑った。
——瞬間、ガタン、と音がして私の前の席の高槻くんが立ち上がった。黒い男の子らしいリュックを左肩にかけて私たちを横切っていく。

「あー、高槻、今日はどうもね」

 優が声をかけると、高槻くんはゆっくり振り返って、また前髪から瞳を覗かせた。


「……いや、こちらこそ」


 小さな声で、でも、確かに彼はそう言った。
 それから高槻くんは視線をずらして私を見た。真っ暗で何にも染まりそうにない彼の瞳に見つめられると、いつも体が動かなくなってしまう。高槻くんはそれから静かに目を伏せて、私たちに背中を向けて教室を出て行った。
 そのまま高槻くんの背中を見つめていると、隣の優は腕時計を見て「ゲッ」と声を上げた。


「何?」
「美音のせいで、電車もう間に合わない。お腹空いたし、どっか寄ってこうよ」


 残念そうな言葉を並べながら、顔と口ぶりは嬉しそうだ。あらかた電車も“間に合わない”んじゃなくて、“きっと間に合うけれどどこかに寄り道したい”だけなのだろう。


「私のせい? どこが。……いいよ、優のおごりね。どこ行く?」


 やっと支度を終え、立ち上がる。歩き出す優の斜め後ろを歩きながら、ドーナツ食べたいなぁ、と考える。でも、優甘いもの苦手だしな。どうせ、ラーメンとかハンバーガーとか、色気のないこと言うんだろうなあ、なんてことも加えて。

 ンー、と優は少し考えた後、斜め後ろの私を振り返った。


「ドーナツ行こうか」
「あ、珍しい。でも、私も今ドーナツ食べたいと思ってた」
「嬉しいな、以心伝心」
「だから違うって!」



Re: Bloom Of Youth's Season ( No.10 )
日時: 2016/12/04 01:02
名前: あわきお ◆e0cUq7WYf6 (ID: Uxa2Epx7)

 翌日、教室に入った私に気付いて、藍ちゃんは小さく頭を下げて「おはよう」と微笑んだ。

「おはよー。なんかやっぱ新鮮だね。席、隣って」
「うん」

 乱暴にリュックを机に置くと、同じタイミングで入って、私の前の机にリュックを置いていた優が、「やだ、浅見さんランボー」とほくそ笑む。——結局昨日、ドーナツを食べようと誘ったのは優なのに、彼は綺麗に並ぶドーナツには目もくれず、コーヒーを一杯頼むのみだった。「食べる気分じゃなくなった」、なんて言い訳っぽく言っていたけれど……。

「うるさいなっ」

 拳を振り上げ、自分の拳が普通に立つ優の頭に届かないことに一瞬躊躇い、ポカ、と殴りつけたのは彼の背中だった。アテッ、と大して痛くなさそうな声を出してから、優は小さく笑った。それにつられて、藍ちゃんも笑いを零す。……なんか、この班で修学旅行って、いい感じ。
 そのうちに高槻くんも私の斜め前の席に着いて、静かにイスに座った。

「おう」

 優が手のひらを彼に見せて挨拶すると、高槻くんは何も言わずに小さく頭を下げた。……高槻くんはちょっと、変わってる? でも優は気にしてないみたいだ。
 朝のショートホームルームまで、後十分ほど。この学校、空宮高校は、火曜、水曜、木曜に英数国のミニテストが行われる。一日一教科。自称進学校、辛い……と思ったことは数知れず、不合格者はもちろんペナルティあり。だから、みんな必死なのだ。朝の十分間でテキストを見ない生徒は、あまりいない。というか、見たことない。
 十分間静かな沈黙が流れ、チャイムと共に教室に担任の先生が入ってくる。今日は英語単語テスト。文系のくせして、私はあんまり英語が得意じゃない。リスニングは特に、聞いていると何かの呪文に聞こえてくるほど。前の席の優から渡されたローマ字の羅列が記されている、理解不能のプリントを見つめて、私は絶望した。




「終わった! 朝の英単テスト、絶対落ちた!」
「……英語、苦手?」
「うん、限りなく……」

 昼休み、コンビニのサンドウィッチを口に入れながら、ハァ、と肩を落とす。
 英語のペナルティは間違えたところの単語練習のみならず、次回の練習までしなければならない約束だから面倒くさい。ちなみに一年のときは半分くらい不合格。単語も文法も、いつになったら分かるのやら……。

「私も、長文あんまり好きじゃない」
「藍ちゃんが一番嫌いなのは?」
「うーん、理科系かな」

 苦笑する藍ちゃん。……とか言いつつも、ちゃんといい点数取ってそうだ。


「美音! 俺の財布、リュックから取って投げてー」


 急に、教室の外から名前を呼ばれた。見ると、廊下から優がこちらに手を振っていた。そういえば今日の電車で、おばさんが寝坊したって言ってたっけな……。お弁当、作ってもらえなかったんだ。彼の言うとおり、リュックから財布を取り出す。

「投げるよ、せーの」

 一番後ろ、窓際の席から、教室の端っこまで。教室の対角線を目指した。ポーン、と投げた優の財布は、放物線を描いて——、



「!」




 ちょうどドアの前にやってきた高槻くんの額に当たった。
 購買のパンを二つ手に持っていたので、購買の帰りだろう。な、……何でこのタイミングで現れる……! 優の財布は高槻くんの額に当たって数秒後、真下に落ちたみたいで、高槻くんが優に渡していた。野球のピッチャー選手みたいな格好で固まってしまっていた私を高槻くんはチラと見ると、それから私の斜め前の席に着いた。何にも言わず黙々とパンの袋を開け始める高槻くんが恐ろしくて、思わず「ごめんねっ」と声を張る。
 彼は私の声を聞くと、静かに振り向いた。

「大丈夫、気にしないで」
「気にしないでって……優の財布、アレ結構硬いし……おでこ、大丈夫?」

 案外普通だった高槻くんの反応に安心し、彼の前に回って額を確認しようと勝手に前髪をかきわける。


「!」


 目が合った。高槻くんの瞳は、やっぱり凛としてる。

「本当、大丈夫……ッス」
「えぇ? いや、後遺症とか……」

 高槻くんは私の言葉を聞いた瞬間、ブッ、と思い切り噴き出した。悪いと思ったのか、私から顔を背ける。


「……高槻くん?」
 名前を呼ぶと、彼はまだおかしそうに口に手を宛てて私と目を合わせた。
「ごめん、本当大丈夫。痛くなかったし、後遺症はないから」

 どうやら“後遺症”が面白かったらしい。高槻くんはもう一度私の前でヘニャ、と口角を上げて微笑んだ。




 わ、……笑った!!


 笑うの久しぶり、とでも言いそうなぎこちない固い笑顔が、私の心臓をキュッと小さくさせる。

「……浅見、さん?」

——目を合わせたら、名前を呼ばれたら、もう駄目だった。曖昧だった感情が、確信に変わった、のだ。