複雑・ファジー小説

Re: Bloom Of Youth's Season ( No.20 )
日時: 2016/02/26 20:29
名前: あわきお ◆e0cUq7WYf6 (ID: opLc/10u)

夜道を歩きながら、今日起こったことを思いだしてみる。市原のこと、水泳のこと、部長のこと、華子ちゃんのこと……。暗い気持ちはどんどん暗くなり、重い足取りもどんどん重くなっていく。ああもう、今日は帰ってすぐ寝よう。
 家が近くなって、ふと顔を上げる。懐かしい顔がそこにあった。

「美音」
「おう、お疲れ!」

 玄関前の階段に座った彼女は、気付くと俺に向けてニッコリと微笑んだ。笑顔からして、俺のことを待っていたのだろう。
 美音は自分の隣をトントンと手で叩く。“ここに座れ”、……かな? 呆れた真似をして、彼女の隣に座る。俺は美音に甘い。さっきまで早く帰って寝ようと思っていたはずなのに、彼女の隣に座って、話を聞こうとしている。それを当たり前と思っている彼女に、腹を立てているはずなのに、それが嬉1しいと感じている。きっともう、戻れない。重症だ。

「そうだ、アイス食べる? 疲れたでしょ」
「いいよ冷えるし。それに美音、俺に話し相手してほしいだけだろ」

 バレた? なんて美音は笑う。玄関の灯りが彼女の頬を照らして、恍惚としてしまう。でも、美音はそれに気付かない。

「そうだ、修学旅行のプランさ、ロングの時間に決められるって先生言ってたけど、それで間に合わなかったら各自で考えておけって言ってたよね。優は大会でもっと忙しくなるし、今から決めていた方がいいんじゃない?」
「あー、そうな。沖縄か……。美音、どこか行きたいところある?」

 空宮高校の修学旅行。三泊四日で沖縄だ。三日目は各班の自由行動だから、それをメンバーで決めなければならないのだ。俺はみんなに合わせている方が楽だし、奏と市原は自分の意見をあまり言わなそうだしなあ……。決める中心になるのは、美音の案だろう。
 聞かれた美音は、目を泳がせて難しい顔をする。

「急に聞かれてもなぁ……。あ、でも私、海が綺麗に見えるところとか行きたいな、海」
「そっか。海いいね。確か四日目って、全員で海行けるんじゃなかったっけ?」
「そうそう。泳げないって言われたけど、トモちゃんたちは水着持ってくんだって」

 ふうん、と答えて、そういえば部の先輩たちも、海の散策は大体の人が水着を着て泳いでいると言っていたことを思い出す。

「そうなんだ。……ま、話は奏と市原にも聞いてみないとな」
「そうだね」

 今から楽しみ、と足をバタバタさせて笑う美音に、俺も小さく笑う。そうしながら、ふとあることに気付いた。

「……美音、今日は奏と駅まで帰ったんだろ? そのことを言いたくて俺を待ってたんじゃない? 奏と何かあった?」

 言葉に出せば出すほど自分の中で納得してしまって、熱くなっていた奥の方の何かがすぐに冷たくなっていくのを感じた。「怪しいな」とニヤつく真似をしたのは、そうした方が、美音が言いやすいのが分かっていたからだ。美音は困ったように両手を顔の前で振って、「違うよ!」と顔を真っ赤にしていた。

「そんなに否定すると、逆に怪しいって」
「そ、そんなのずるい! それに、本当に違うもん。今日はお母さんとお父さんが喧嘩しちゃって気まずかったし、それで優に話し相手になってもらおうと思っただけで……」

 ふ、と目を伏せる。奏の話をしただけで、美音は途端に俺の知らない美音に変わる。それが妙に気持ち悪かった。「それに」、と美音は唇を尖らせる。



「優に高槻くんの話するの、もうやめようと思って。私が優にたくさん相談すれば、優は応援してくれちゃうでしょ。今日みたいなこともたくさんしてくれちゃうでしょ。私馬鹿だからさ、確かにそのときは嬉しいかもしれないけど、今日だって今考えれば、傘……貸すって約束したのに、優を濡らして帰っちゃったでしょ。そういうの、嫌だしさ。だから……今日はごめんね。風邪、ひかないで。もうすぐ大会でしょ?」



——きっともう、戻れない。……重症だ。美音は、いつも俺を困らせる。

 美音は照れたようにそっぽを向く。

 どうしようもなくて、何にも諂えなくて、俺は美音を抱きしめた。こんな風に彼女に触れるのは初めてだった。俺の腕の中で、彼女は小さく戸惑っていた。届け、と強く抱きしめながら、届くな、と強く唇を噛む。

「えっと……優、どうしたの?」

 若干のためらいと戸惑いを含んで背中に回された腕が、俺の背中を撫でる。突然のことに彼女も驚いているようだ。

「……ごめん」
 そう言いながら、抱きしめる腕の力は治まらない。自分の体が、自分じゃないみたいに動いてる。離さなきゃ。離さなきゃ、美音が困ってる。
「えっ、あっ……。も、もう! 何だよ急に、どうしたどうした、部活で嫌なことあった?」

 美音の手のひらが、俺の髪の毛をクシャクシャにする。まだ水に濡れた俺の髪の毛は、いつもより素直に美音の手のひらに従った。

「……大会、来る?」
 何言ってんだ俺、と後悔していると「行くよ」、と美音が小さく言った。

「見に行くよ、優のこと。だから、頑張れ、優」

 美音は俺の頭をポンポンと軽く叩くと、俺から体を離して、無垢な笑顔を俺に向けた。生ぬるい夜の風の匂いが鼻を掠めた。フ、と小さく笑う真似をすると、美音は俺の頬をつねって、苦しそうに笑った。……なんでお前がそんなに苦しそうなんだよ。美音の頬をつねってやると、「痛い!」と俺を睨みつける。

「……さて、そろそろ俺帰るわ。母さんと父さんの喧嘩はお前が止めてやれよ。じゃあな、また明日」
「うんっ。また明日!」

 立ち上がって、一つ隣の俺の家まで歩く。先ほどまで耳の中で響いていた美音の声が、ボワンボワン反響している。玄関のドアノブに手をかけた瞬間、独りで夜道を歩いていたときのモヤモヤとした感情がどこかに消えてしまっているのに気づいて、少しだけ泣きたくなった。

Re: Bloom Of Youth's Season ( No.21 )
日時: 2016/02/14 23:57
名前: あわきお ◆e0cUq7WYf6 (ID: opLc/10u)

風死  ◆Z1iQc90X/A さん


初めまして! コメントありがとうございます。
おお、ありがとうございます! 実際書けているのかどうかも不安な私ですが……(笑)
心理描写、私もすごく苦手です。特に壱で書いていた美音の心理は、私の考えとかけ離れている部分があったので苦労しました!
そうですね、キャラの間の関係は今から築き上げていくつもりなので意識して書いています! お褒めいただいて恐縮です……。
ふふ!← 実は私も優が一番好きです。
色々と忙しい毎日ですが更新頑張ります。

ありがとうございました!




——



最新話。美音と優、お互いの依存心がうまく伝わっていればいいなあと。

Re: Bloom Of Youth's Season ( No.22 )
日時: 2016/03/03 18:42
名前: あわきお ◆e0cUq7WYf6 (ID: opLc/10u)

「間に合った!」
「間に合ってない。立花、浅見、遅刻」

 翌日。教室に入ったと同時の担任の鋭いツッコミで、静かな笑いが教室に広がる。男子からは笑いの混じった野次が飛んだ。まじかよー、なんて悔しそうな振りをしながら席に向かう。
 美音の、二度目の寝坊。今回は本当に遅刻してしまって、後ろの彼女はさっきから申し訳なさそうにひょこひょこ俺の後をついてくる。席について、担任の話が再開したところで振り返って美音の顔色を確認する。案の定美音は俺に気付くと唇を尖らせて困ったように眉を下げた。

「何、気にしてんの? じゃあ今日はラーメン奢りかな」
「ラ……ラーメンはさすがに高い! アイス一本くらいなら……」

 美音の表情が、不安から安堵に変わった。
 ふと美音から視線をずらすと、その横に座っている市原と目が合った。その刹那、あやふやなまま会話が終わった昨日の放課後のことを思い出す。きっと目の前の彼女もそうなのだろう、焦ったように目を見開いて、それから困惑を含んだ表情をしながら顔を俯かせてしまった。再び美音に目を向けると、未だ「プリン一個は?」などと俺に提案していた。


「嘘だよ馬鹿」


 小さく噴きだして前を向くと、斜め後ろから「えー!?」と驚きの、しかし声を最小限に潜めた美音の叫びが聞こえた。前を向いてからも美音の反応にひとしきり笑ったが、担任は気付いていないようだった。
 今度は真剣に話を聞こう、とため息を落としたところで、視線を感じる。左隣からだった。フ、と顔をそっちに向けてやると、彼はあたふたして、それから結局「おはよう、今日優日直だよ」と日誌を手渡してきた。

「おう。昨日、どうだった? あいつと帰ったでしょ」
「え、えっと……なんかごめん。優に身を引いてもらう感じになっちゃって」
「いいよいいよ別に。何で気にすんのさ。元々俺、水の子水の子」
 俺が気を遣ったっていうのはやっぱりバレてしまっていたみたいだ。帰ろうと玄関にいたのに、急に「職員室に用がある」は流石に気付くか、と心の中で苦笑する。俺の言葉を聞いて、奏は焦ったように「そうじゃなくて」と頬を赤くする。
「……そうじゃなくて、優と浅見さんは付き合ってるし、悪かったなって」
「……だからそれ、一体誰から聞いたんだ……」

 いつかに聞いたことがある台詞だ。俺と美音の関係は、はたから見れば幼馴染として成立していないのだろうか。苦笑する。

「や、聞いたとかじゃないけど、雰囲気的に……。この班決めのときも優から浅見さんに声をかけに行ったし」
「あー、それただ面倒くさかっただけだよ。一番馴染んでる女子って、美音くらいしかいないし。俺と美音、ただの幼馴染だから付き合ってない。それ、市原にも言われたんだけど俺らのこの感じ変かな?」
「変、とかじゃないと思うけど。でも、二人は友達じゃないんだろうなあって思ってた」

——友達じゃない。俺と美音は、友達じゃないように見えるのか。出会った頃は、確かに俺たちは“友達”だった。だけどいつからか俺たちは“幼馴染”になって、“友達”ではなくなった。

「……男女ってそういうもんかね。ありがと、奏」
「いや、俺は別に何も……」
「美音さ、奏と仲良くなりたいみたいだから仲良くしてやってよ。どうせ修学旅行も同じだしさ」

 えっ!? 驚いたように奏は目を丸くして、「うん、そうだね」と微笑んだ。







「優、ごめん。私今日さ、軽音部の集まりに行かなくちゃいけないから。先に帰ってて」

 美音は最後の授業が終わると、早々とリュックを背負って後ろから声をかけてくる。オウ、と適当な返事をするとすぐに後ろの気配がなくなった。美音のチョイスは相変わらずよく分からない。小学校のときは俺と一緒に水泳クラブに入っていたのに、中学校になったらバスケットボール部に入部。何がなんだか分からないうちに、高校では軽音部。あいつの思考回路は一体どうなっているのだろう。
 日誌の項目に苦戦せずボールペンを滑らせる。こういうのは一回手が止まってしまうと後が続かない。何も考えず設問どおりに答えればいいのだ。でも……遅刻して、昼休みに遅刻届を出しに行ったのがまずかった。やっぱり後で美音にプリン奢ってもらおう。



「あ、」



 教室の入り口で、か細い声が聞こえた。日誌から視線を外してドアの方を見ると、気まずそうに俺を見つめる市原が立っていた。気付けば、教室の中は誰もいなくなっていて、戸惑った市原の声だけが反響して聞こえる。……結局朝のホームルーム以外、目も合わせていない。それが何となく彼女のためであると思っていた。


「……どうしたの?」
「えと……忘れ物」
「そっか」


 変な距離感を感じて、慌てて日誌に逃げる。市原も自分の机の中をゴソゴソ漁り始めた。


「立花くん、もうすぐ水泳の大会なんだよね。……練習、頑張ってねっ」
「へっ!? あ、ああ……うん」

 まさか市原から話しかけられるとは思って居なくて、思わず間抜けな声が出てしまった。



「立花くん、水泳好き?」
「え、……うん、好きだよ」

 その質問に、ふと昨日のことを思い出してしまい、無意識に顔を伏せる。我に返って顔を上げたときには、市原はもう心配そうに眉を寄せていた。


「嫌い?」
「んー……嫌いっていうか。最近色々あってね。大会のメンバー落ちした先輩に、才能があるからーって言われてるの偶然聞いちゃってさ。先輩は最後のリレーだったから、仕方ないって思うようにしてるけどさ。なんか、運悪かったんだよね」

 はは、と軽く笑って日誌に目を向ける。何で市原にこんな説明してるんだろう。この手の話は今あんまりしたくない。水泳が好きかどうかも、今ではもうよく分からない。


「さッ……才能があるって片付けられるのが、余計腹立つんだよね!」
「え?」
「分かるよ、立花くんの気持ち。天才だって言われたら、もうそれしか残んないんだよ。頑張ってるのに、それが才能になっちゃうのって……寂しいよね」

 言った後に、俺があっけらかんとしているので我に返ったのか、「ごめん!」と悲鳴のような声を上げて、市原は口を噤んだ。
 そんな彼女が面白くて、プ、と思わず噴きだしてしまう。

「ご、ごめ……! 笑うほど、的外れだった!? 本当ごめん!」
「違うよ。笑うほど的中だったよ。市原って、人の図星指すのうまいよね」

 ちょっと嫌味っぽかったかな、と心配したけど、市原は慌てていて聞いていないみたいだったので、取り繕うのをやめた。


「ねえ、じゃあさ、市原の思う“友達”と“幼馴染”って何?」


Re: Bloom Of Youth's Season ( No.23 )
日時: 2024/12/07 05:35
名前: あわきお ◆e0cUq7WYf6 (ID: 4.2P0hz.)

 こんなに自分の意に反した行動は久しぶりだった。でも、この人のことをもう少し知ってみたかった。この人なら、俺と美音の関係に名前をつけてくれるかも、と素直に思った。
 市原は、きっと俺が、自分と誰のことを言っているのか分かったみたいで、一瞬で顔が強張る。目を伏せて、それから、


「……友達より、家族みたいな存在のことなんじゃないかな」

 と静かに答えた。カチン、カチン、と時計の秒針が教室に響く。

「……だよね。俺もそう思ってた。でも、みんなから見て俺と美音はそうじゃないみたい」

 目の前の彼女に核心を突かれるのが怖くて、わざと余裕な振りをした。椅子の背もたれに寄りかかって伸びをする。


「そうだよ、だって、立花くんは美音ちゃんと幼馴染じゃないもん。ちゃんと、好きだもん。……幼馴染とは、違うよ」


 心臓が音を立てる。動けなくなる俺をよそに、市原は自分の机の中から白いクリアファイルと取り出すと、静かに立ち上がった。切なく笑った彼女の顔は、窓の外から注がれる夕日に当たって一層秀麗に見えた。

「日誌書くのお邪魔しちゃったし、私、もう部活戻らなきゃ」
「……うん」

 また明日、と彼女が手を振ったから、俺もつられて手を振った。思わず、彼女の背中を見えなくなるまで見つめてしまった。







「お」
「おー?」

 書き終えた日誌を職員室に提出し、玄関に向かったところ靴を履き替える美音の姿があった。だから、何でお前はそんなに変なタイミングなんだよ……とため息をつきたくなる。

「美音、もう帰るの?」
「うん。今日は文化祭の曲決めだけだったし。私のとこのバンドはベースの人が候補を挙げてくれてさ、それで結構早く決まっちゃったの」
「ふうん。軽音、楽しいの?」

 思わず市原みたいな質問が口から漏れ出てしまって、片手で口を塞ぐ。一方美音も、俺らしくない質問を聞いて、キョトンとして不思議そうに首をかしげた。

「ああ、うん。弾けるようになったときは楽しかったよ。それに私ずっと運動部だったし、文化部も結構楽しいなって」

 俺から質問したのに、そう、と気のない返事をすると、彼女は「何なの!」とふくれっ面して俺の腰をグーパンチした。──そんなことが聞きたいんじゃなかった。ただ美音のあっけらかんとした声が聞きたいだけだった。関係が壊れるんじゃないかと怖がって、今まで一つの勇気も出せなかったのに、どこかで何か期待してしまっていた。幼馴染という関係に落胆したり、安堵したり。俺はこうなるまでずっと逃げてばっかりだったな、と息を落とす。

「じゃ、帰りますか!」

 美音が俺の先を行った。背中を見つめながら、つい、「ねえ」と声を上げる。なんとなく、今なら勇気を出せる気がした。ねえ、美音。俺、ずっと伝えたかったことがあるんだ。
 俺の声に気付いた美音は、片足を軸にしたくるっと器用に回転して俺を見た。彼女のセミロングの髪の毛がそれに伴って揺れた。


「俺、美音のこと好きだよ。お前は?」



 そう言ったら、多分美音は、



「えー? 好きに決まってんじゃん! 何年幼馴染でつるんでると思ってんのさ! ほら、帰るよ」

 ちゃかした笑みを浮かべて、美音はまた俺に背を向ける。美音にとって、俺はずっと友達で、幼馴染だった。良かった。想いが伝わらなくて、良かった。


「ねえ」

 俺、美音と幼馴染になりたいんだ。こんな終わらせ方ずるいと思うけど、美音が知らないまま終われるかな。
 美音はさっきみたいに器用に振り返って、「今度は何?」と嬉しそうに笑った。


「プリン一個なら、いいって言ったよね」


 絶叫のような叫び声を聞きながら、俺は先を歩く彼女の元へ走った。