複雑・ファジー小説
- Re: Bloom Of Youth's Season ( No.24 )
- 日時: 2016/04/09 22:28
- 名前: あわきお ◆e0cUq7WYf6 (ID: opLc/10u)
「熱を帯びた体が心地よくて、今日も眠れそうにない」
参◆
「プール描くんだ? センスいいね」
まるで自分が褒められたかのように目を細めて微笑む彼と目が合って、思わず言葉をなくしてしまった。繋がってしまった視線をそらせなくて、頬に熱を持ったのが自分でも分かった。名前も知らない男の子のことを知りたいと思ったのは、これが初めてだった。
一目惚れは結構長く続くものだ。
「あーいっ! おはよう!」
改札を出たところで、後ろにいた誰かに肩を組まれた。驚いて反射的に声の方に顔を向けると、視界には元気いっぱいに微笑む美音ちゃんの顔があった。新しい学年になって初日、友達なんてほぼ無縁の私に話しかけてくれたのが、出席番号が近かった美音ちゃん。内向的な私に対して、美音ちゃんはいつも素直で明るい。性格は違うけれど、私は彼女と一緒にいられるのが楽しい。
「おはよう美音ちゃん」
「ねえ、昨日さ、すっごい美味しいクレープ屋見つけたんだけど、今度の休み一緒に行こうよ!」
笑顔の美音ちゃんに頷きながら、チラ、と彼女の後ろを見る。二年生になって美音ちゃんと友達になってから、これをするのが癖になってしまった。案の定美音ちゃんの斜め後ろを、焦点が合わないような目でぼうっと白けた表情のまま歩く立花優くんの姿があった。彼らが一緒に登校してこない日は珍しい。美音ちゃんから、小さい頃からの幼馴染で、家が隣同士なんだと聞いた。立花くんは私と目が合うと、「おはよう」と自分の口元を笑わせる。
「おはよう、立花くん」
結局私が恥ずかしいお説教をしたあの日から、彼と二人きりで話はしていない。だけど立花くんは以前のように深く思い悩んだりはしていないみたいだから、きっと私の恥晒しも役に立ったのだと思う。いや、そう信じたい。
耳に障るざわめきを聞きながら、学校までの道のりを歩く。美音ちゃんはクレープ屋の話を一生懸命私にしてくれて、立花くんはその後ろを何にも言わずについてくる。私がいないときも二人はこんな感じなんだろうか。
「——でねっ。藍はクレープだったら何が一番好き?」
名前を急に呼ばれて我に返る。中学の頃から徐々に、私は対人関係が上手でないことが分かってきた。藍、なんて呼び捨てにされるのも、結構久しぶりだ。未だに慣れない。
「えーっと……、チョコバナナかな?」
「やっぱり? 私も! やっぱりクレープって言ったらチョコバナナだよね。優なんかツナサラダって言うんだよ?」
「ツナサラダ?」
「知ってる? 最近はツナサラダを生地の上に乗っけんの。私は怖くて食べたことないけど、優いわく美味しいらしい……」
美音ちゃんは後ろの立花くんを振り返って「ね!?」と怪訝そうな顔をする。
「……だって美音、俺が甘いの嫌いなこと知ってるのにクレープ屋連れてくんだもん。ツナサラダ結構美味いよ?」
困ったように眉を寄せてから、彼の黒目が私を捉えた。びっくりして、思わず立花くんから目をそらす。変に思われたかも、と思うけれど、赤くなった顔を見られたくなくて俯いてしまう。
「そ、……そうなん、だ……」
「あ、そういえば! 私、沖縄の観光地調べてきたよ!」
楽しげな美音ちゃんの声を聞いて、ホッと安堵の息を漏らす。
「高槻くんも交えてホームルームで見ようよ。私紙にコピーしてきたから大丈夫!」
「お前、気合入りすぎかよ」
ブレザーに手を突っ込みながら、立花くんは呆れたように笑って美音ちゃんを見た。彼に向かって顔をしかめて、美音ちゃんはため息をつく。
「そりゃあ気合入るっしょ! 高校の修学旅行は最初で最後だよ? 知ってる? 今はJKっていうのはブランドになってるんだから」
「あー、聞いたことある。可愛い制服着てワチャワチャできるのは今だけってことだろ?」
「そうそう!」
美音ちゃんが笑う。それを見て立花くんも笑った。彼のそれを見て心臓がくすぐられたように疼く。楽しくて、嬉しくて、私も笑った。
- Re: Bloom Of Youth's Season ( No.25 )
- 日時: 2016/12/04 01:07
- 名前: あわきお ◆e0cUq7WYf6 (ID: Uxa2Epx7)
教室に入ると、既に高槻くんは私の前の席について、私たちに気付くとこちらに向かって軽く会釈をする。なんて答えていいか分からないままあたふたしていると、立花くんが「おう」と右手を小さく上げて笑った。それから、隣を歩く美音ちゃんに目配せして、小さく、ホラ、と背中をつつく。……立花くんって、一度に色んなこと考えてるんだ、なんて一方の私はのんきなことを思う。私には絶対真似できないなぁ……。
つつかれた美音ちゃんは耳を赤くして「へ!?」と困ったように唇を突き出して、私たちより先に高槻くんの方へ走っていった。慌てた様子で高槻くんに挨拶して、リュックの中からコピーしてきた修学旅行の資料らしきものを彼に見せる。いつもと違う美音ちゃんの様子が少しおかしくて、口元を覆う。
「……あのさ」
突然、横から声をかけられる。久しぶりに私向けられる立花くんの声に驚いて、つい彼の方を向いてしまう。
「ありがとね。なんか、この前市原に話聞いてもらって、勝手だけど納得したよ」
「え……。そ、そんなそんな! 私なんかとの話で何か感じるものがあったなら嬉しいけど……! ただ、立花くんが辛いってとき、愚痴言うとか吐き出すとかでもいいから、これからも話し相手になれたら、って、思って」
立花くんは私のそれを聞くと一瞬キョトンとして、「ああ、」と顔を柔らかくする。
「“ずっと見てた”って……そういうことか。俺、変な勘違いしちゃってた。ありがと、やっぱり市原、そういうの気付くの早いんだね」
「……え?」
「傘のときさ、言ってくれたじゃん。愚痴相手してくれようとしてくれたんだよね?」
……。
…………。
……?
……アーッ! 思いだした! まずい、私あのとき、変なこと口走って……!
「そ、そうなの! ごめ、ごめんね、本当、変なこと言って」
「あはは、全然! まじ嬉しいよそれ、じゃあ市原もなんか悩みあったら良かったら俺に相談してきてよ。学校いるときは結構いつでも暇だし、また話そう!」
爽やかな彼の笑顔に、きゅう、と胸が縮こまる。一目惚れと言えども、一年生のときから特別だった男の子に、こんな風に言われる日がくるとは思ってもいなかった。「うん」という声が少し裏返って恥ずかしかった。
爽やかな笑顔を保ったまま、ふとした様子で立花くんは美音ちゃんと高槻くんの方向を見やる。倣ってそれと同じようにすると、美音ちゃんは先ほどと同じ体勢で高槻くんに資料の説明をしていた。ここから聞こえる彼女の声はいつものように半音上がっている。ヘラ、と無理矢理持ち上げたらしい口端は、私や立花くんと一緒にいるときより不自然に見えた。……トクン、と不規則に心臓が音を立てる。その理由が、何となく私には分かっていた。——美音ちゃんが、彼の全てを知ったらどうなるだろう。
「あいつらンとこ行こっか! 美音のあの声、絶対困ってるよね」
「……そうだね。でも、私も楽しみになってきた、修学旅行」
私の言葉を聞いて、立花くんはすぐに嬉しそうに微笑む。
「ふ、俺も!」
脳裏にこびりつくように残っているいつかの嗚咽の声が耳の中で大きくなる。
全てを知ったら、きっと——。