複雑・ファジー小説
- Re: (合作)闇に嘯く 1−9更新 ( No.10 )
- 日時: 2015/06/27 21:34
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: ATRgYs44)
「完全に俺の落ち度だ。あの時、ちゃんと見極められていれば……」
「お前、さっきから何をぶつくさ言ってんだ?」
「火矢が上がる前に、俺が一緒にいた千里は、偽物だったんだ!」
「偽物ぉ?」
勢いよく言った潮に対して、千里は素っ頓狂な声をあげる。すると、黙っていた琴葉が、ふと口を開いた。
「……さっきの妖怪の仕業、と考えるのが妥当でしょうね」
潮と千里の視線が、琴葉に集中する。
「私もね、捜査中に潮くんに会ったのよ。そしたら急に後ろから羽交い締めにされて、地面に倒されて……。そのあと首を絞められたときに、これは潮くんの姿をした別の何かだって、気づいたの。実際、本物の潮くんは別の場所にいたわけだし……あの妖怪が私達に幻を見せて、上手く混乱させていたと考えるなら、全ての出来事において辻褄が合うわ」
「……ん? ちょっと待て、琴葉。お前を背後から襲った奴が、俺の偽物だと気づいてたなら、何故それを早く言わなかった」
「今はそんなことどうでもいいでしょう」
「良くない!」
俺の品格を巡る先程の言い争いは何だったのか、と潮が食って掛かろうとすると、千里がそれを遮って前に出た。
「面倒なことになってきたな。じゃあなんだ、今回の相手は幻術使いだってか?」
「……つまりは、そういうことになるわね」
「…………」
2人を問い質すことは諦めて、潮ははがっくりと項垂れた。
(……幻、か)
戦ったときは、大した妖怪ではないと高を括っていたが、幻をうみ出せるというなら話は別である。敵は、思っていた以上に厄介な相手なのかもしれない。5人もの犠牲者を、出しただけのことはあるというわけだ。
薄雲に覆われた、ぼんやりと霞んだ満月を見て、潮は舌打ちした。
(……化け物め。気に食わないな)
──────
「こんな古びた民宿で、申し訳ございません。本当に、陰陽師様をお泊めできるようなところではないのですが……」
「いえ、こちらこそ、こんな時間に押し掛けてしまって……すみません」
午前3時半という非常識な時間帯に訪ねたのにも関わらず、民宿の女将は、快く潮たちを招き入れてくれた。任務が完了するまで滞在するという旨を伝えてあったとはいえ、このような深夜に、女将を叩き起こすことなってしまったのだ。愚痴の1つでもこぼされて仕方ないと思っていたのだが、思わぬ待遇の良さに、琴葉は心が暖かくなった。
民宿の中に入ると、まず広い土間があり、その奥には水場と竈があった。至って普通の家の造りだったが、不思議な点が1つ──生活感が一切感じられないほど、物が少なかったのだ。女将の家族たちも当然この家に住んでいるはずなのに、衣類や食器など、そういったものが一切見当たらない。一体どういうことなのかと、潮が周囲を見ていると、それに気づいたらしい女将が、にこりと微笑んだ。
「ご安心ください。お客様が宿泊される2階の3部屋は、ちゃんと物を揃えてありますので。私共は、事態が沈静化したら引っ越す予定でして……それで、ほとんどの荷物はもう一ヶ所にまとめてしまっているんです」
「引っ越す? 何故そんなことを……?」
潮は、意外そうに聞き返した。
今回の騒ぎが収まれば、この宗像郡には製鉄所が建つのだ。そして勿論その恩恵を、少なからずこの村も受けるはずだ。それなのに引っ越すというのは、少々理解に難(かた)かった。
女将は、笑顔のまま眉を下げた。
「娘が、喘息なんです。だから、製鉄所から出る煤煙(ばいえん)や鉄粉が、良くないんじゃないかと思いまして」
「ああ……なるほど」
潮は、納得して頷いた。それと同時に、千里がある方向を見て、言った。
「娘って、あそこの?」
全員が、千里の示す方向を見る。するとそこには、10歳程の少女が立っていた。水場の奥にある襖(ふすま)の隙間から、物珍しそうにこちらをじっと見つめている。こんな時間に子供が起きているわけはないから、おそらく物音で目が覚めてしまったのだろう。
女将は、声を潜めて言った。
「こら、部屋に戻りなさい」
「…………」
少女はちらりと潮たちの方を見てから、大人しく襖の奥に引っ込んだ。女将が、こちらに向き直る。
「娘の、小夜(さよ)です。お客様がいらっしゃってる時は、部屋にいるように申し付けているのですが……」
「きっと、私達が押し掛けたせいで、起きてしまったんですね。ごめんなさい」
苦笑混じりに謝罪した琴葉に、女将はとんでもない、と返す。
女将は、案内を再開し、潮たちをそれぞれの部屋に通すと、最後に食事等の確認だけして、1階へと戻っていった。