複雑・ファジー小説
- Re: (合作)闇に嘯く 1−11更新 ( No.15 )
- 日時: 2015/06/27 21:40
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: ATRgYs44)
自室に戻ったはいいが、潮はいまいち落ち着かなかった。妖怪の正体について、まだ調べられることはあるのではないかという思いが、頭の中をぐるぐると巡る。
村人の話は昨日聞いたし、森だって可能な限り探索したのだから、今は戦いに備えて休むべきだ。しかし、そう思う一方で、任務中に自室で呆けていていいのかという思いもあった。陰陽寮で、潮は仕事中毒だなどとよく囁かれるが、その節は確かにある。
18時まで然程時間はないし、大したことは出来ないだろうと考えつつも、どうにもならない気持ちに駆り立てられて、潮は1階に降りた。
1階の水場では、宿の女将が夕飯の準備をしているようだった。菜を刻む包丁の小気味良い音が聞こえ、竈にかかる釜からは、米が炊き上がった良い香りが漂ってくる。
なんとなくその様子を眺めていると、こちらに気づいた女将が、微笑みかけてきた。
「どうかされました?」
「……ああ、いえ。お忙しいときに、申し訳ありません。大したことではないのですが……少し、お尋ねしたいことがあって」
潮がそう言うと、女将は一度手を洗い、前掛けで拭いながら潮の方に寄ってきた。
「その……この村に、宿はここしかないとお聞きしたのですが、製鉄所の視察員たちもここに宿泊していたのですか?」
潮の問いに、女将はいいえ、と答えた。
「先日も申し上げた通り、私達はもう引っ越してしまう予定でしたので、ほとんどの部屋は片付けてしまって、そんなに大人数をお泊めすることはできなかったんです……。それに、製鉄所の方々も、いちいち村に戻っていては効率が悪いとのことで、森の近くで夜営していらっしゃったようですよ」
「そうですか……」
期待はずれの返答に、潮は内心肩を落とした。もし視察員たちもこの民宿に泊まっていたのなら、被害者たちの様子を女将に聞けると思ったのだが、そう簡単にはいかないようである。
「……あと、もう一つだけ。この辺りの地域に、土地神信仰の話は聞きませんか? 昔のことでも、どんな些細なことでも構わないのですが……例えば、かつて神社があったとか」
女将は、少し考え込むように目を細めた。しかし、しばらくすると、申し訳なさそうに眉を下げて、再び首を振った。
「私には、何もそれらしいことは思い付きませんね……。お力になれず、すみません」
「いやいや、とんでもない。ご協力ありがとうございました。こちらこそ、仕度の邪魔をしてしまって申し訳ない」
女将は、何度か頭を下げると、水場の方に戻った。
土地神についての情報も、有力なものは得られなかった。予想していたとはいえ、どうにもやるせない気分になって、潮はため息をつく。
(これはいよいよ、夜に現れることを願うしかなさそうだな……)
そう思って、諦めて自室に戻ろうとしたとき。不意に、狩衣の袖を、誰かに引っ張られた。驚いてそちらを見やると、そこには昨晩見かけた少女が立っていた。
「君は……小夜ちゃん、だったか。どうしたんだ?」
なるべく優しい声音で、小夜の背に合わせて屈んで話しかけると、小夜はにこりと微笑んだ。
「……陰陽師様、神様を探してるの?」
潮は目を見開くと、小夜をじっと見つめた。
「知ってるのか? 土地神のことを」
ずいと迫って尋ねると、小夜は頷いた。
「うん。この前ね、友達のみっちゃんと偶然見つけたの。あっちの森の、木の洞みたいなところにね。古いけど、祠(ほこら)があるよ」
ここにきてまさかの収穫に、潮の先程までの暗い気分は、一気に吹き飛んだ。千里や琴葉と探索したときは、森に祠など見つからなかったが、案外こういったものを見つけるのは子供の方が得意なのかもしれない。自分の幸運さに、潮は感謝した。
しかも、古い祠である。既に信仰されなくなり、神力が弱まった上、己の土地に製鉄所が建つと知って妖怪化した。よくある祟りの例であり、今回もそうだと考えると様々な点で納得がいく。
潮は、勢いよく立ち上がると、掛け時計を見た。時間は、16時半を過ぎたところ。約束の18時までは、まだわずかだが時間があった。
「小夜ちゃん、その祠のところに案内してくれないか? 今すぐに!」
「う、うん……いいよ」
潮の勢いに圧されながらも、小夜はこくりと頷いた。
潮は、女将に事情を説明し、暗くなる前には必ず小夜を連れ帰ることを伝えると、少女の手を引いて、森の方に駆けていった。