複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く 1−11更新 ( No.18 )
日時: 2015/06/28 00:45
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: Oh9/3OA.)


「よたはね、夜太郎(よたろう)のことだよ。私の親友で、私が名前をつけたの。小夜の夜に、雄だから太郎。ふわふわで、とっても可愛いの。私の話も、いつも聞いてくれるし──」
「ちょ、ちょっと待った。雄? ふわふわ? その夜太郎というのは、動物か何かか?」

 人間の友人だと思って聞いていたが、どうにも噛み合わないと思い静止をかけると、小夜ははっとしたように口を閉じた。

「えっと、ごめんなさい……夜太郎は、狸なの。前に、この森で害獣駆除用の罠に引っ掛かって、怪我をしているところを見つけて、それからずっと私が飼ってたんだ」
「ああ……狸か。確かに、この森には沢山いそうだな」

 潮は、辺りの景色を見回しながら言った。

「でもね、1週間くらい前に、よた、急にいなくなっちゃったの。こんなこと、今までなかったのに……。だから神様にお願いしてたんだけど、いないんじゃ、意味ないよね……」
(1週間……?)
 
 1週間前といえば、ちょうど首吊り事件が起き始めた頃だ。
 製鉄所の建設を良く思わない少女と、彼女に拾われた手負いの狸──。
 潮の胸に、微かな期待が生まれた。

「罠で怪我をしていたと言ったな。夜太郎は、どこを怪我していたんだ?」

 小夜は、なぜそのようなことを聞くのかと不思議そうに首をかしげたが、すぐに答えた。

「うーんとね……右の前肢だよ。ほら、足を罠に挟まれちゃったみたいで、血が出てて、私が手当してあげたの。……ほら、これ」

 言いながら、差し出された夜太郎の写真を見て、潮の推測が確信になった。

(……これだ)

 右の前肢に、痛々しく包帯を巻いた1匹の狸。その毛色は、潮が昨夜拾って、呪符に包んだ髪の毛らしきものと、酷似していた。
 同時に、先程琴葉が話していた内容が、頭の中によみがえる。

──潮くんの偽物に襲われて、首を絞められたときに、あれは……そう、右手ね。右手の手首に、包帯が巻かれていたのが見えたの。

 ついに、獲物の正体を掴んだ興奮で、潮は全身を震わせた。すぐさま携帯を取り出すと、琴葉と千里に宛てて、1通のメールを送る。

「ねえ? 可愛いでしょ。よた」
「……ああ、そうだな」

 得意気に写真を見せる小夜の頭を撫でると、潮は笑んだ。しかし、もはや小夜の言葉など、潮の頭には入ってこなかった。

 潮は屈むと、小夜に背を向けた。

「……さあ、もう直に暗くなる。帰りは背負うから、負ぶされ」
「えっ、いいの?」
「さっきは、無理をさせてしまったからな。今日のお礼も兼ねて、遠慮はするな」
「わあ、ありがとう!」

 小夜は、嬉々として潮の背中に飛び乗った。それを確認して、易々と立ち上がると、潮は早足で歩き始める。その口元は、はっきりとした弧を描いていた。

(……今夜、決着をつけてやる)