複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く 1−17更新 ( No.20 )
日時: 2015/06/29 21:41
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: UruhQZnK)



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 どんよりとした雲が、星の光を隠している。彼は、そんな空を見上げながら、夜道を歩いていた。

 一昨日、製鉄所の人間たちが撤退して、いよいよ製鉄所の建設を諦めたかと思われたのに、代わりに現れたのは、忌々しい陰陽師の連中だった。あれだけ殺して見せたのに、どうやら奴等は、建設を断念するどころか、予定を遅らせる気もないらしい。早々に己を殺せと、陰陽師たちに命じたようだった。
 だが、陰陽師こそ倒せば、流石に諦めるかもしれない。

 彼は、口元を歪めた。

 己は数百年生きた程度だが、陰陽師の小童を騙して殺すくらいはできるはずだ。現に、昨晩もあの女の陰陽師を、あと一歩のところまで追い詰めた。最終的に邪魔が入りはしたが、二度とあのようなへまはしない。

 随分と血の気の多い奴が混じっていたから、今晩も陰陽師たちは、必死になって自分を探しているだろう。衣の着方を多少変えたようだが、そんなものが通用するなどと思うなんて、おめでたい奴等だ。

 彼はほくそ笑んで、狩衣の袖を捲り、右手に巻かれていた包帯を解いた。まだ傷跡は多少残っているが、そんなもの夜目の効かない人間の視力では、見えるはずもない。
 今夜こそ、3人残らず縊死させて、村中に──製鉄所の人間たちに、高々と曝してやろう。そうすれば、製鉄所なんて建たない。森も川も、空気も、きっと小夜も、守れる。

 静まり返った村の中を、ゆっくり歩いていく。夜の闇は深いが、彼には辺りの様子がはっきりと見えた。
 そして、角を曲がったとき、揺れる黒髪が視界に入った。

──見つけた。

 彼は、すっと目を細める。

 このまま気配を消して、近づき、殺してしまえれば楽なのだが、陰陽師もそこまで無能ではない。実際、その男は何かを感じ取って、振り返った。隙のない鋭い眼光が、彼を貫いてくる。

「……何か、見つかった?」

 長い蒼髪を耳にかけてそう言うと、男は彼の狩衣の袖が腕捲りされているのを見て、警戒を解いたように表情を和らげた。

「……まだ何も」
「そう。森の方も、見たほうがいいかしら」
「ああ、そうだな。では俺が、森の近くをみてくるから、琴葉は村の中をもう1周してきてくれ。気を付けろよ、敵はまたお前を狙ってくるかもしれん」

 それだけ言って踵を返した男に、彼は艶然(えんぜん)と微笑んだ。予想通りだ。この男は、全くこちらの正体に気づいていない。完全に、仲間の陰陽師だと思い込んでいる。
 彼は、目にも止まらぬ速さで、背を向けた男に飛び掛かった。そして、男の首に左腕を伸ばした、その瞬間。

 すっと残光が闇を切り裂いて、瞬間、胸に熱い衝撃が走った。何が起きたのか理解できぬまま、彼はただ、目の前に噴き上がった血潮を見つめた。

──まさか、どうして。

 彼は、そのまま地面に崩れ落ちる。呆然と男に視線を向けると、男は、長い日本刀を彼の喉元に突きつけて、凶悪な笑みを浮かべた。

「……やっと出たな、夜太郎」