複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く 1−17更新 ( No.22 )
日時: 2015/07/02 10:55
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: kct9F1dw)



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 村へやってきた陰陽師は、思ったよりも優しい人物だった。恐ろしい妖怪を倒してしまうわけだから、最初は、どんな強面で屈強な男が来るのだろうと少し怖かったのだが、潮と話した後、それは間違った認識だったと小夜は思い直した。
 喘息の発作が起きたときは気遣ってくれたし、帰りもわざわざ背負ってくれたのだ。きっと、すごく思いやりのある人なのだろう。

 森から帰った後、夕食を済ませると、小夜は2階に続く階段付近で、ずっと座り込んでいた。陰陽師ならば、占術の類いも使えるだろうし、神頼みが使えなくなった今、潮に夜太郎のことを相談して、探すのを手伝ってもらおうと考えていたのである。
 ただ、彼らの仕事の邪魔をしてはいけないという自覚はあったし、この民宿の女将である母からも、極力客との接触は禁じられていた。だから小夜は、潮が出てきたところに偶然を装って、話しかけようと思っていたのだ。

 しかし、しばらく経っても、潮はなかなか出てこなかった。もしかしたら、外出しているのだろうか。そう思い始めた頃、2階の方から、声が聞こえてきた。

「潮の奴、夜太郎に接触したぞ」
「どこ?」
「これは……南の方だ。森が見えるから、その近く」
「行きましょう!」

 急に激しく物音がして、ばんっと勢いよく2階の客室の扉が開いたかと思うと、中から潮と一緒にいた2人の陰陽師が飛び出してきた。小夜は、慌てて物陰に隠れて、そのまま素早く階段を下り外へと出ていった2人を見送った。
 同時に、小夜の心臓が、どきりと脈打つ。

(今、夜太郎って言った……?)

 あの2人に、夜太郎の話をした覚えはない。当然、潮から伝ったのだろうが、何よりも小夜は、夜太郎と潮が接触しているという言葉に衝撃を受けた。

(なんで、よたが出てくるの……?)

 訳がわからない、という思いで胸がいっぱいになる。だが、考えるより前に、小夜は裏口から外に駆け出した。
 先に出ていった2人の姿は既になかったが、南の方で、森に繋がる通りは1本しかない。あとは森の前に家が建っているから、森へは抜けられないはずだ。一体あの陰陽師たちがどんな力で潮たちの居場所を特定させたのかは分からなかったが、おそらくその通りのことを言っているのだろう。

 しかも、小夜はそこへの近道を知っていた。家が隙間なくずらりと並んでいるから、一見道順通りに回り込まなければ通りへは出られないのだが、実は、並ぶ家の一軒が廃屋なのだ。だから、その廃屋の入り口と、小さな壁の穴を突っ切れば、回り道をしなくても通りに出られる。これは、村の大人ですら知らない、秘密の通路だった。

 分厚い雲のせいで、月や星の光が遮られ、外は想像以上に暗かった。それでも必死に走って、やっと目が慣れてきた頃に、例の廃屋を突き抜けると、小夜は建物の陰に隠れ、周囲の状況を伺った。
 すると、ぱっと一瞬、光が見えて、そちらの方に近づくと、炎の刀を振りかざす潮が見えた。その視線の先には、照らされた夜太郎がいる。

 小夜は、凍りついた。
 潮は、夜太郎を殺そうとしているのだろうか。何故。何のために。心臓が氷で刺されたように痛くなって、息が出来なくなった。

(どうしよう、止めなきゃ……)

 小夜は、ふらりと歩きだした。けれど、思うように足が進まない。鋭い目付きで振りかぶる潮が、ものすごく怖かった。

 そこに、おそらく道順通りにやって来たであろう他の2人も加わった。一体、何が起きているのか分からなくて、小夜の頭はごちゃごちゃになった。
 それでも、潮が刀を降り下ろそうとした瞬間、一気に頭が覚醒した。

 大きく踏み出して、路地から転がりでる。少し湿った土が、ついた手と膝に傷を作ったが、そんなものは気にならなかった。
 小夜は、ひゅうっと息を吸うと、掠れた声で叫んだ。

「やめて────っ!」