複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く 1−20更新 ( No.25 )
日時: 2015/07/05 03:15
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: kct9F1dw)



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 翌朝、日が昇りきった頃に、潮たちは民宿を出た。
 昨晩、気絶し、かつ夜太郎の血で服を汚した小夜を連れ帰ったときは、女将も真っ青になったが、何が起きたのかを丁寧に説明したところ、なんとか納得してもらえた。小夜と夜太郎の関係については、あまり深く話さなかったが、女将は、なんとなく気づいている様子だった。

 迎えの車が、宗像郡の近くに到着したとの連絡を受けて、村の出口に向かうと、多くの村人が3人を迎えた。原因が化け狸で、もう退治したから心配はいらないという旨は、既に郡長に伝えており、心配事がなくなったおかげか、村人たちは来たときよりもずっと、晴れ晴れとした表情だった。

「ああ、本当に、本当にありがとうございました。これで、安心して暮らせます」

 郡長は、何度も何度も繰り返し頭を下げながら、潮たちの手を握った。

「製鉄所の建設も、再開できます。何とお礼を申して良いか……」
「いいえ、当然のことです」

 潮は、郡長と、その後ろにいる村人たち全員の顔を一人一人見ながら、律儀に答えた。そこに、小夜の姿はなかったが、それについて何か言う者は誰もいなかった。

「そういえば、製鉄所が原因で村を離れる方は、どれくらいいらっしゃるんです?」

 潮が問うと、郡長は、少し困ったように首を傾げた。

「さ、さあ……いたとしても、そんなにはおりませんよ。一体、なぜそのようなことを?」

 潮は、村人たちの後ろの方にいた民宿の女将を一瞥して、再び郡長を見た。

「いえ……体調等の問題で、引っ越す方々がいらっしゃるようですから、その移住費は、やはり製鉄所側に負担させるべきかと思いまして」
「あ、ああ……なるほど。それはそれは、お心遣い頂きまして……」

 郡長は、再度深々と頭を下げる。しかし、その態度はどこか、上部だけのもののように感じられた。

 そんな潮と郡長のやり取りを見ながら、千里は小さくため息を溢した。どうにも、心地が悪い。

「どうしたの? 仕事が終わったのに、浮かない顔をして。珍しいわね」
「…………」

 傍らで顔を覗き込んできた琴葉から、千里は目をそらした。

「別に。胸糞悪りぃだけ」
「胸糞悪い?」

 琴葉は、千里の言葉の意味を測りかねた様子で、顔をしかめた。だが、すぐにああ、と声を漏らすと、村人たちの方に目線をやった。

「小夜ちゃんの言ってたこと、信じてるの? 夜太郎が、小夜ちゃんのために事件を起こしたってやつ」

 千里は、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「信じるも何も、妖怪だって、情が湧くことはあるだろ」
「えっ……」

 千里の意外な返答に、琴葉は目を剥いた。まさか、こんな真剣に答えられるとは思っていなかったのだ。
 琴葉は、気まずい心境で、1つ咳払いをした。

「私は……あまりそんな風に考えたことはないけど……でも、そうね。確かに、夜太郎はあの時、小夜ちゃんをかばったわ。潮くんも、それを分かってて、小夜ちゃんに斬りかかったのでしょうし」

 琴葉は、複雑な表情を浮かべたまま、続けた。

「ただ、それで胸糞が悪いと言ったって、仕方がないことだと思うわ。動機がどうであれ、夜太郎が5人もの人を殺した事実は覆らないもの。事件の原因である妖怪を退治すること、それが私達の仕事だし、上からの命令よ」
「……命令、ねえ」

 千里は、じっと琴葉を見た。

「琴葉、お前も、言う通りにしか動けないのな」