複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く 2−2執筆中 ( No.28 )
日時: 2015/10/01 22:35
名前: 風死  ◆Z1iQc90X/A (ID: pcVc9ZHc)

 天を仰ぐように空を緩やかな動作で見上げ、高らかに人差し指を突き上げる妙齢の女。その指の動きに吸い寄せられるように、部下と思しき者達は空を見上げる。瞬く綺羅星達は今日も変わらず美しく。しかし月光だけは、悪魔の目が如く赤い。

 「さぁ、始めよう。大願のために」

 堀が深く化粧気のない顔を赤き光が染める。照らし出された瞳は、爛々(らんらん)と狂気を孕み彼女の本質を映し出す。道徳的観念は読み取れない。善悪よりも自らの目的を優先する、悪辣(あくらつ)なる人物なのだろう。しかし彼女の周りにはそんなむき出しの悪意を、カリスマとして信奉する丈夫(ますらお)たちが少なくとも4名。傅(かしず)いている。

 「我らが教主の仰せがままにっ!」

 どうやら4人の中で最も上位なのだろう、海江田なる禿頭の巨漢が厳(おごそ)かな声で告げた。教主と呼ばれた女は、それを聞き何か詰まらなそうな表情を浮かべ溜息をつく。海江田が不味いことでも言っただろうかと、焦り体を小刻みに震わせるのを繁々と見詰めながら女は言う。

 「教主なんてそんなお堅い呼び方はするなって。これ前も言ったような気がするんだが海江田よ?」
 「はっ、もっ申し訳ございません! ですが俺にはどうしても丸子(わにこ)様などと呼ぶ資格は……」

 気楽な口調で肩を叩きながら。しかし海江田は俯(うつむ)いたまま、過去の哀愁に身を沈めるかのように固まる。丸子と呼ばれた女の前にいる男達は皆、一様に彼女の手によって選定された者達。言わば彼女に救われたと言い換えていも良い者達だ。その中にあって海江田は他の面子よりも実直で、受けた恩も大層なものだった。顔を覗き込もうとしてくる丸子に、逆らうように海江田は違う方向を向く。まるで後ろめたいことのある罪人のように。

 「資格だの何だのと面倒だ。私とお前の仲だろう? それを思い知らせてやる対象は、陰陽連じゃないか」
 「その通りで、ございます」

 そんな海江田の様子を察し、丸子はすくと立ち上がる。そして眩しそうに月を見ながら言う。偽りなき本音。それは自らが連綿(れんめん)と受け継いできた一族の大願。陰陽連という組織への復讐だ。海江田も理解している。彼女と連れ添って、10年をゆうに超えるのだから、当たり前だ。そして何度も何度も彼女の根本からくる呪詛(じゅそ)を聞き、実際に陰陽連を見て彼自身奴等を許すまじと思っている。無論丸子の一族がそういう者の中から、実力のある者を選んでいるのもあるだろう。だがそれで良い。事実海江田は彼女の考えに同調し、血の盟約を契(ちぎ)っているのだから。

 「歯切れが悪いな。美味い酒が手に入ったというのに」

 頭を掻きながら森のほうを指差す。恐らく先鋒からの差し入れがその奥にあるのだろう。丸子は今まで陰陽連にいる内通者と話をしてきたのだ。それは相当の上役(うわやく)で人を見る目が厳しい彼女をして、怪物と認める強者らしい。そんな人物からの差し入れなら相当の物だという予想はつく。だが海江田はそれに応じない。

 「お言葉ですが……わっ丸子様っ! 早々に作戦を決行するのではっ」
 「もう、丑(うし)の刻だ。今日は1つ、酒盛りでもして明日に備えるぞ」
 
 真面目な口調で反論してくる禿頭の男に、苦笑しながら丸子は告げた。悲願の成就(じょうじゅ)は大事だが、決して無茶な仕事の運び方はしてはいけないだろう、と。彼らは陰陽師の術で体力気力ともに普通の人間より遥かに高い水準になっているが、それでもここ5日間働き詰めだ。そろそろ限界がくるのは、自身でも分っている。肝心の本番で全力を出せないのでは意味がない。丸子の真意を読もうと逡巡する海江田。そんな彼の横にいた桜谷がついに声を上げた。無論海江田のためではなくて、自分が宴にありつきたいからだ。

 「良いじゃないのよ? ボスがそう言ってるんだし」
 「桜谷、軽率なことをっ!」

 そんな桜谷を反射的に怒る海江田だが。丸子はむしろその彼の言動を良しとせず。海江田を睨む。

 「そう固くなるなよぉ、気楽に行こうぜ? 今は」
 「分りました。分りました! 付き合いますよっ」
 
 思い出す。自ら達は鉄砲玉であること。打ち出されたら最早(もはや)、馬鹿騒ぎに花を咲かせることもできなくなるのだ。恐らくこの計画が成功し、先祖代々の悲願が達成しても自分達はいない。この作戦はそういう作戦だった。彼女はいつも飄々(ひょうひょう)としているから忘れていたが。決して無情ではない。

 「この日に乾杯」

 酒瓶の栓が抜かれる音が響く。杯(さかずき)などという気の利いたものはなく。皆が夫々直で口を当てて呑む。他の皆が滅多に呑めない高級な酒に酔いしれる中、海江田と丸子は2人静かに乾杯をした。

 ——永かった憎悪の日々が、もうすぐ終わるのだと。