複雑・ファジー小説
- Re: (合作)闇に嘯く 2−3執筆中 ( No.29 )
- 日時: 2015/11/01 03:41
- 名前: 風死 ◆Z1iQc90X/A (ID: 7PvwHkUC)
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夜が更けていた。今日の月明かりは紅い。知っている。それが紅く見える原理は、月が地平線近くにあるからだ。だがそれは魔が歓喜し、蠢(うごめ)く夜の光でもある。古来より人々は忌避(きひ)し、その月を忌月(いみづき)と呼ぶ。
「不快だ」
カーテン越しでも分る仄明るさ。どうしても寝付けず、潮は寝床から起き上がる。そしてもう3日も前になる任務を思い出す。少女を庇(かば)おうとした夜太郎という弱い弱い妖怪。同僚の言葉が渦巻く。
否実際そうだろう。彼はあの子を護っていたのだ。だからといってなんだ。例え少数の妖怪が例外的に、人間達に好意的だったからと言って、何の意味がある。そもそも奴は彼女のためとはいえ、数々の人間を殺めていたではないか。
何人の人間がそれで悲しんだ。どれだけの帰りを待つ女房達が居た。許されることではない。許してしまってはいけない。そう言い聞かせる。そもそも自分が奴等を許せぬ理由は。思い出す。1人又1人、命乞いをする者達を、ゆっくりと圧倒的な力で刺し殺していく、敵の姿。
「世界ッッッ」
憎むべき大妖の名。生意気にもこの世全てなどと語りそうな、尊大にしてふざけた名前。妖怪の全てがあんな残虐性を秘めているはずが無いのは、今までの闘いの日々で当に知っている。だからと言って、奴が妖怪で、突発的だったり正当防衛だったとはいえ事件を起こした奴も結局は同じ妖怪だ。
力があれば平然と人名を奪い、悪びれもしない大半の輩。その中にちらほら分かり合える可能性がある輩(やから)が居たとして、なぜそれにかかずらう必要がある。信頼する人を。憧れた人も。何もかも惨殺したじゃないか。幾つ物夢や希望を壊しただろう。
「分るかよ……結局、奴等は排斥すべきだ。分るだろう。当たり前だ。奴等を愛するなんて、誰も求めていない。皆奴等に怯えてる。全く違う姿の化物と人間っ! お前等どっちを選ぶんだ!? 前者だったら正気を疑うよっ。結局俺達には、同属が1番愛すべき対象なんだって」
大きく深呼吸して、深く強く心に言い聞かせる。たかが1つや2つ、いや10でも100でもだ。小石に躓(つまづ)いた程度で、止める訳にはいかない。この復讐はこの世に生きる、妖怪に怯える全ての人々のためにある。強く心の刻む。それが世界と同等に尊大な目的だと、心の奥深くで理解しながら。
ガチャリ。扉が開く音が響く。想像から現実に引き戻され、潮は上半身を起こす。暑い盛りの寝床。彼は寝巻きも着ず、下着姿だがそんあことは関係ない。賊とあらば迎撃する意気だ。近くにあった護符に手をかける。
「誰だっ!?」
時計は夜3時を回っている。こんな夜中にまさか、既知の友でもあるまい。警戒を怠らず、音のしたほうへと慎重に進む。
「潮様、お久しゅうございます。只今戻りました」
立っていた。無防備で。割烹着(かっぽうぎ)を着た、黒のおかっぱ頭の優しげな顔をした女性。家庭的で柔和な雰囲気を感じさせるも、切れ長な瞳は流麗で儚(はかな)さも感じさせる。良く知る人物。30に差し掛かるだろう彼女は礼儀正しく会釈し、帰りの挨拶を穏やかな声で告げた。
「都子(みやこ)……さん」
潮は安心したように、名を呼ぶ。
「やはり潮様は1人にしておくと、すぐに部屋を汚くしてしまいますね」
周りを見回し、都子はホゥと吐息を漏らす。どうやら相当に夜目(やめ)が利くらしい。潮の後ろに広がる惨状に、少しばかり唖然(あぜん)としているようだ。
「ほっといてくれ」
「そうもいけませんわ。潮様には戦闘だけじゃなく、私生活のほうもちゃんとしていただきたい物です」
子供じゃないのだからとバツの悪い表情を浮かべる潮に、有無を言わない雰囲気を漂(ただよ)わせ都子は一言。
「都子さんは世話焼きだな」
十全に安堵したようで、潮は珍しく冗談を言う。彼女が居ない事情は事前に知っていたが、正直1人だと勝手が分らず心細くなったものだ。生活感覚の鈍い潮は、給料で侍女(じじょ)を雇い周りのことは任せきりである。特に最も侍女として良く来てくれる、幼少時代からの知り合いでもあり自らの師匠だった男の娘に当たる、都子には頭が上がらない。
「それはもう。私の趣味でございます」
「…………」
師匠であり、都子の父でもあった男。世界に殺された大事な人——火坂部 長英(ひさかべ ちょうえい)。あれは陰陽寮を卒業して、すぐの年だった。つまりは失ってもう、5年立つ。そうだ。彼は今日未熟な自分達を、世界の幹部の魔手から護り息絶えた。死に際でなお、若さゆえの過ちを許し。
「そうだ。やはり、許すべきにあらず」
「えぇ、その通りです」
潮の改めての誓いに、全て見透かすような口調で都子は応じた。彼女もまた、心の深奥から妖怪を憎む者として。
「それまで頼むよ」
「勿論ですとも。私自身もまた、潮様を利用しているのですから……」
この永い復讐という旅路。重傷を負い煮え湯を飲み諦め掛けたとき、幾度と無く繰り返したような会話。しかし不思議と心地が良い。両人の共通認識。それを交わして、潮は再び床に就く。明日もまた妖怪を討つために。都はどこかアンニュイな顔で、「潮様、おやすみなさい」。そう告げた。