複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く ( No.3 )
日時: 2015/06/27 21:14
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: ATRgYs44)

 郡長がいい終えて、口を閉ざした時。屋敷の入り口あたりで、不意にざわめきが起きた。
 一同が振り返ると、村人達にへこへこと頭を下げながら、1人の狩衣姿の男が、こちらに向かってくるのが見える。無精髭を生やし、ぱさついた髪を揺らしながら歩いてくるその男は、潮達よりは幾分か大人びて感じられた。

「おーおー、わりぃな。遅れちまって」

 悪びれる様子もなく謝ってきた男に、潮は激しく顔を歪めた。そして、そのまま突進するように詰め寄ると、男の胸ぐらを掴み上げる。

「おい千里! いい加減にしろ。貴様はどれだけ任務に遅刻したら気が済むんだ!」

 千里と呼ばれた男は、面倒臭そうに肩をすくめると、掴みかかってきた潮の手をぺしぺしと叩いた。

「うるせえなあ、そんなに怒るなって。遅れるといっても、ほんの少しだろ?」
「少しだろうがなんだろうが、遅刻は遅刻だ!」
「だって今日は急に雨が──」
「言い訳は聞き飽きた! そもそも、ちゃんと送りの車に乗らないのが悪いんだろう!」

 やかましく言い合いを始めた二人をちらりと見て、琴葉は肩を落とすと、潮に代わって郡長に近づいた。

「騒がしくして、申し訳ありません。彼がもう一人の陰陽師の、飯塚千里(いいづかせんり)です。お見知り置きを」
「え、ええ……分かりました」

 琴葉は、荷の中から資料を取りだし、それをぱらぱらと捲りながら口を開いた。

「……話を戻します。製鉄所の者は既に宗像郡を離れたとのことですが、それ以来あなた方には一切被害は出ていないのですよね?」
「はい、私達には何の被害も出ておりません。といっても、製鉄所の方々がいない夜を過ごすのは今晩が初めてですから、なんとも言えませんが……」

 未だに取っ組み合いの喧嘩を繰り返す潮と千里を気にしながら、郡長は答えた。

「……なるほど。ということは、事件は、必ず夜に起こるのですか?」
「ええ、そうです。物騒だから夜は出歩かぬようにと呼び掛けているのですが、朝になると必ず首を吊られた死体が……」

 一瞬、郡長の瞳に怯えの色が浮かんだ。これまで標的となっていた製鉄所関係の人間が撤退した以上、次は村人が狙われる可能性も十分に考えられるのだ。こうして恐ろしがるのは、当然の反応であった。
 天候次第だが、今夜には動いた方が良いだろうと判断して、資料を荷の中にしまいこむと、琴葉は潮と千里の方に向き直った。

「千里くん、貴方の式に宗像郡全体を監視させてくれないかしら。何か怪しい動きがあったら、すぐに気づけるように……」

 琴葉の声は、尚も不毛な言い争いを続ける2人の怒号に、簡単に飲み込まれて消えた。途端にきりきりと痛み出す胃に、琴葉は苛立ったようにその蒼髪をかきあげる。潮と千里のいがみ合いは今に始まったことではないが、日頃からところ構わず勃発するそれに、彼女の鬱憤(うっぷん)は着々と蓄積しているのだ。

「ほら、もう……みっともないでしょう。いい加減にしてよ」

 多少声音を強めて言うも、やはり2人には届かない。これはもう、収束するのを待つしかないだろう。
 琴葉は、ひとまず村人の解散を郡長に言い渡すと、再び並んでいる死体を見つめた。