複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く 2−5執筆中 ( No.32 )
日時: 2015/11/10 01:56
名前: 風死  ◆Z1iQc90X/A (ID: 7PvwHkUC)

「檜扇祝幻っ」

 忌々しげにその名を呼ぶ。潮はその男が嫌いだった。仲間である琴葉の兄でさえなければ、頭(こうべ)を垂れることさえはばかられるほどに。苛立ちを隠さない潮の言葉尻を感じて、祝幻と呼ばれた男は「良いことだ。子犬は反抗的な程度が丁度良い」と、余裕の調子だ。

 「何の用だっ!」
 
 普段通りへらへらとした、威厳のかけらも無い態度。それが潮をさらに腹立たせる。それを相手も察しているのだろう、楽しんですらいるかのように彼を祝幻はじらす。そして一言。

 「だがまぁ、何だ。敬語はちゃんと使えよ? 下らないと思うかもしれないが、存外馬鹿な上司ってのは敬語を使って話してもらうだけで舞い上がるもんなんだぜ」
 「上に立つ人間の言葉とは思えないな」
 「はっ、てめぇだって俺の下に、一兵卒として居る奴にゃぁ見えないね」

 要領を得ない下らないやり取り。潮は思う。こんなことに時間を要している場合ではない、と。時間は何かをなそうとする者にとっては、残酷なほどに少ないのを理解しているから。

 「鼻息荒らすなよ不器用君。俺はお前を買ってるんだぜ。お前の目的は何だ? 故郷のっ! 師匠の……家族の敵討ちだろうが! そのために全てを捨てて心を鬼にしてっ! あのくそ忌々しい妖怪風情どもを、この世から掃討するんだろうがっ!」
 「あんたに何が分るんだ」

 吼える犬に餌をたらした釣竿を下ろすような態度で、祝幻は長口上を始める。この男にその話はした覚えがない。どこからそんな情報を得たのか訝(いぶか)しく思うが、今はそんなことよりも自分も目にしてきたように敵について語る男が憎い。低く憎悪の乗った声で悪態を吐く。

 「知ってるさ。俺も妖怪が憎い。この世から消えちまえば良いって、心から思ってるぜ? だってよぉ、別に妖怪畜生なんざいなくったって、俺たちの存在価値は消えないじゃないか。ほらよぉ、そもそもあいつらに価値はねぇだろ。打ち滅ぼして綺麗さっぱりなくしちまいたいなぁ……俺もだ」

 突然に祝幻の声が低くなる。まるで心底、妖怪を憎んでいるようだ。憎悪の方向性こそ違うが、確かにその感情の根深さは潮と変わりないほどと言えるだろう。潮は男の悲嘆に溢れた物言いに焦りを覚える。彼とは今まで数えるほどしか会ったことはないが、冷酷な状況判断を下す男と見ていた。

 「あんた、何があった」

 問う。勤めて冷静に。間。数秒の間。その後聞こえてきた声は、電話越しに聞くより遥かにクリアで。まるで近くに居るかのようだ。不思議に思い、声がした方を振り返ってみると。

 「本題に入るか。なぁ、都子さん、俺にもご飯くんない? 腹減ったよ」

 前髪をオールバックにした深い青色のポニーテイルが目に入る。もちろん都子ではない。堀が深い面長の顔に伊達眼鏡をかけた、少し翳りのある男。それは他ならぬ琴葉の実兄。檜扇祝幻だった。自分以上に気軽な口調で、都子に話しかけ食事をねだっている。

 「全く、祝幻君はいつもそうやって、力付くで現場に入るのは良くないと」

 何ともないように応答し、ご飯をよそっている都子だが。潮は疑念を抱く。そもそもどうやってここに入ったのだ。鍵は開いていないし、そもそも結界だって張られているはずだ。自分より遥かに結界術が得意な、琴葉手製の強烈な結界にさらに都子が術をかける2段構え。不法侵入など可能なのか。潮は寒気を感じ、座っている椅子から離れる。

 「はははっ、肝に命じておきます先輩。まぁ、ここが何の現場かは分りませんがね」

 冗談交じりに答えながら、手を合わせ「いただきます」と口に出して言う。口調とは裏腹に、意外と行儀がいいようだ。食事に入る前に、ブレスレットなど音がするものは取っている。箸の運び方も、拙速を重んじる戦士らしく、早くはあるが洗練されていて綺麗だ。思わず感動を覚える。

 「どうやって俺はここに入ったんだろうな? それが分らないお前じゃ、妖怪を滅ぼすなんざぁ、夢物語だ。ところでそんな力も知識も足りない青年に、1つ耳寄りな情報があるんだがいかがかな?」

 食事を終えた祝幻は都子に一礼。そして潮に向き直り言い放つ。双眸はどこまでも感情を移さず、口調も丁寧な雰囲気で何を考えているのかまるで分らない。潮は答えられない。目の前の男がいかにしてここに侵入し、あまつさえ自らのすぐ横に現れたのか。今まで得た知識を総動員しても、まるで分らない。

 「情報、だと?」

 喉を鳴らす。どれほど有益な情報なのか、聞きたくて仕方ない。了承と取った祝幻は、にやりと笑い語りだす。

 「オウマガドキを起こしたのは、陰陽連だってことは知ってるか?」