複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く 2−6執筆中 ( No.34 )
日時: 2015/11/20 11:56
名前: 風死  ◆Z1iQc90X/A (ID: 3rsK9oI3)

 「オウマガドキを起こしたのは、陰陽連だってことは知ってるか?」
 『今、何を言ったこいつ?』

 唐突に発される驚愕の事実。潮は感情が追いつかず、頭が真っ白になる。

 「聞こえなかったかな。オウマガドキは陰陽連が起こしたって言ったんだが」
 
 察しているのかいないのか、祝幻は髪を整えながら丁寧にも同じ趣旨の言葉を重ねる。潮は唾を飲む。この場で一緒に聞いているはずの都子は、この事実を知っているのだろうか。ふと彼女のほうを見やる。動揺は多少見えるも、それは潮のように驚愕というものではなく、むしろ潮自身を案じての感情に見えた。

 「陰陽連が潔白だなんては、最初から思ってはいなかった。いなかったが」

 重い口を開く。しかし、出てくる言葉は形をなす前に水泡へと消えた。潮はあまりの衝撃に顔を覆う。陰陽連の全てが正義とは確かに思わない。それだけで組織を運営していけるほど甘いとは思わないし、何より建前を持って殺戮を繰り広げている集団なのは間違いない。

 「衝撃的か? そうだよな。やっぱ知らねぇよな……上の連中は隠し事ばかりだぜ」 

 だが自らの隊を率いる者が口にした言葉は、余りに深く鋭く。潮の体を貫いた。オオマガドキ——それは、陰陽連に名を連ねる者なら知らぬ者は居ない現象。妖怪たちが人類に渾名す要因。
 元々強暴だった妖怪を更に暴力的に変え、温厚だった者すら人間への強烈な悪意や食欲的な渇望を与えた。陰陽連が経営する陰陽師養成学校陰陽寮にては、それは最上級に位置する大妖怪皆尽(みなつき)という者が引き起こしたとしている。
 皆尽は強大な力を有していて、無類の選民思想の持ち主だった。それが全ての妖怪を掌握し、圧倒的な力で人類を蹂躙し家畜としようと企(くわだ)てた。それが陰陽寮の教科書に載っている定説だ。

 「皆尽(みなつき)は? まさか本当はそんな奴存在さえしない、のか?」

 恐る恐る問う。最上位に位置する大妖怪など、末端の者たちが本当に存在を確認できるはずもない。潮は運が良く、いな悪くというべきか、世界という大妖怪に遭遇しているが。本来ならそれが異常だ。ならばそんな妖怪の出自など幾らでも改竄(かいざん)できるではないか。

 「成程。勘が良いな。そう皆尽なんて妖怪はいない。あるのはそういう名前の術式だ」

 皆月は人類を滅ぼすため、自らが持つ強烈な感情操作能力にて、妖怪たちに人間への悪意を植えつけたという。しかしそんな妖怪は存在しない。

 「術式?」

 潮は問う。心の中ではその術式が何なのかは、分りきっていた。

 「そりゃぁ、あれだよ。オオマガドキを起すための術式しかないだろう? 開発したのは芦屋道満。教科書じゃ陰陽連創設時のメンバーで、悲劇の英雄って感じで載ってたかな?」

 否定したいのだろうと察した祝幻は、潮の小さな希望を押し潰すように、直接的な物言いで応じる。芦屋道満、それはオオマガドキが起こったとき皆尽に挑み、それを封印するに成功するも。大妖怪の術にかかり第2のオオマガドキを引き起こそうとし、陰陽頭に殺されたとされる天才だ。そう教科書では記載されている。つまりそれさえも嘘ということだ。
 
 「なぜ奴はその術式を開発した?」
 
 口唇を震わせて、問う。

 「妖怪でまともに、金儲けするためさ。戦うために命を散らしてちゃ、話にならないだろ?」

 今までにない冷厳とした口調で祝幻は答えた。心の底から汚らわしいという風情だ。潮はなぜそこまで嫌悪(けんお)するのかと思う。生きる上で金は大事だし、そもそもその制度が崩れたら今よりはるかな混沌が生まれるのは分りきっている。いな分りきっては居るのだ。金を儲けるという理由だけのために、危険な者たちを更に増やすなど、言語道断だというのは。

 「知ってるか。昔は陰陽師ってなぁ、使い潰されて殺されるために居た人柱だったらしい」
 「どういうことだ……」

 話が繋がらない。潮は訝(いぶか)しがる。使い潰されてしまうほどに、人手が足りていなかったということだろう。ならばなぜ、金が足りないなどということが、起こるのだ。

 「そのまんまさ。妖怪は昔っから居た。教育を受けたところで、奴らと戦える輩は少ない。そう、戦える奴は強引に国主から、陰陽師にされ死ぬまで戦わされる」

 つまりは弱い陰陽師でも戦えるような、弱い敵を作るということらしい。そうでなければ、無下に戦力が殺害されていくだけだからか。妖怪にも、ある程度の同族意識はある。
 つまり強者の一振りで息絶える弱者が、辺りかまわず跋扈(ばっこ)すれば、凶暴化しているとはいえ、強者もそう簡単に暴れられなくなるわけだ。相対的に事件は増え、その案件の難易度は基本的に下がっていく。それは国民の安全にも繋がる。

 「理屈は通ったか?」
 「あぁ」

 しかしならば、現状で良いではないか。わざわざ滅ぼそうとする理由が、分らない。

 「まだピンと来ていないって感じだな。じゃぁ、単刀直入に聞くが、てめぇはこの術式は永続すると思うか?」
 「ガタが来ているのか?」

 祝幻は目を細め、至極常識的な問いを投げかけた。陰陽師にとっては重要な、術の効果持続時間という問題。潮は目を見開く。

 「今年で皆尽きが発動して1000年だ。今年中に、この術式は決壊する。いつかは分らないがな」

 そう述べて、祝幻は一切れの紙を置く。そして去っていった。都子はチラリと潮を一瞥するが、何も口にすることはない。どうやら事前に打ち合わせをしていたようだ。恐る恐る潮は紙切れを見る。

 「……隣町の山間部? 何が」

 その時、都合よくまた携帯の着信音が鳴り響いた。