複雑・ファジー小説
- Re: (合作)闇に嘯く 2−7執筆中 ( No.36 )
- 日時: 2016/02/03 09:57
- 名前: 風死 ◆Z1iQc90X/A (ID: B594orir)
「今度は誰だ?」
少し苛立たしげな声で潮は問う。
「何だよ、機嫌悪そうだな潮? 何かあったの?」
瞑目し5秒。心を落ち着かせる。声の主は千里のものだ。少し低めでざらついた分り易い性質。仲間であると同時に、ライバルでもある奴だ。弱みや情けないところは、見せたくない。
「ねぇよ。お前こそ朝から疲れてるみたいだが、まさか今回も朝までポーカーか?」
千里を知る人間なら、誰もが知っている。彼は無類の賭け事好きだ。それこそ非番、仕事帰り問わず通い詰めるほどに。潮にはそれが軽薄で身勝手に見えて、忌々しい。陰陽師としてあるまじき行為だとすら思う。
「残念ながら、九十九霊(つくもりょう)にマンションが襲撃されてね……」
忌々しさが滲み出た言葉を、千里は軽く聞き流す。そして嘆息を交え、驚愕すべきことを告げる。
「何————」
予想外の返答に潮は言葉を詰まらす。九十九霊というのは、本来無力な存在だ。
能力としては、憑くことのできる対象——中級程度までの力を持った妖怪、ないし霊力の宿った古い道具——に、憑きそれを自在に操作するというものだが。
千里のマンションは、陰陽寮直轄にあり、九十九霊程度の輩が襲撃したところで、徹夜になるような騒ぎになるはずはない。例え彼等が憑(つ)ける位階にいる妖怪で、最も力強い存在に憑依したとしても、だ。
「まぁ、ありゃぁ、普通じゃなかったね。確かに九十九霊だったのは間違いないが——」
思慮深い口調で、千里は言葉を続ける。正確には最初こそ冷静だったが、後半は少し不信感が覗いているような、少し震えた声音になっていたが。彼の言葉に潮は眉間に深く皺を寄せた。最近妙なことが続く。夜太郎の件に始まり、祝幻の来訪。そして今回の九十九霊騒動だ。
「普通じゃない九十九霊? それが、俺に情報が伏せられていた理由か?」
つとめて平静な声で、潮は問う。そして都子によって注がれた緑茶で、口を湿らせながら、瞑目(めいもく)し思考を深める。
「いや、お前、連絡定期的に見ろよな?」
「待て。どこをどう確認してもそんなものは……報告されていないが」
基本的に陰陽連関連の施設が襲撃された、などといった重要な情報はすぐに連絡が届くようになっている。それは潮のような若手の陰陽師でも例外ではない。そもそも若手といえでも、それなりの実績と陰陽寮最上位で卒業した幹部候補である彼が、簡単に無視されるはずもないのだが。
だが携帯のどこを確認しても、そのような情報は掲載されていなかった。報告が入ったのなら、メールにしろ通話にしろ情報が保存されているはずなのだが。見事にその情報はない。潮は始めに何らかの理由があって、情報が届けられなかったのかと考えるが。数年陰陽連で活躍してきて、そのような経験はない。もしや自分の携帯自体に問題があるのか、と疑い始めた時。携帯から声が響く。
「……そいつは可笑しいな。壊れてるんじゃねぇのか? 何なら今日付き合うぞ?」
心配げな声だ。面倒事はさっさと解決させたいと言う感情が丸見えだな、と潮は毒づきながらも。昨夜の事件、本当は自分も招集が掛かっていたのかも知れないと、思い立つ。しかしそれはすぐに打ち消された。それほど重大な案件なら、式を飛ばすなり直接据え置きの電話に通話するなり、するはずだ。そう揺らいだ心に言い聞かす。
「すまないが、今回は大事を取って、休ませて貰う」
咳払いをして、少し聞き取り辛い声で潮は言う。
「…………ん? どういうことだよ?」
妙に歯切れの悪い同期に、千里は疑問符を浮かべる。潮と言う男は、基本的に言いたいことを、平然と口にするタイプだ。相手のことを慮ることが苦手で、自制が効かない所があると、と言えば分るだろうか。最近は多少なりと、人に気を使うことも出来るようになってきたとはいえ、流石に妙だと思う。
「いや、少し熱が酷くてな。任務に支障をきたしそうだ」
潮はわざとらしく、低くしゃがれた声を出す。先程までの声音を聞けば、嘘なのは明白なのだが。そこは見逃してやるのが、大人の関係だろうと思い、千里は彼の虚言(きょげん)を黙殺すると決める。
千里は身勝手さが目立ち、一々波風を立てる潮と言う男が苦手だ。しかし、それには相応の理由があることも知っている。彼の過去を知れば、恨みや憎しみが先行するのも当然というものだろう。
そして潮は基本的に勤勉で熱心だ。嘘をついてまで仕事を休むということは、相応の理由があるに違いない。妙な信頼が生まれているな。そう心の中で1人ゴチ、千里は軽い口調で。
「ったく、体調管理くらいちゃんとしろよな。携帯壊して気付かなかったり、弛んでんじゃねぇ?」
皮肉を口にする。
「貴様にだけは、言われたくない!」
案の定、過剰反応気味に潮は怒鳴り、電話を切った。