複雑・ファジー小説
- Re: (合作)闇に嘯く 2−8執筆中 ( No.37 )
- 日時: 2016/09/04 09:12
- 名前: 風死 ◆Z1iQc90X/A (ID: 7PvwHkUC)
突然、潮に電話を切られ、少しの間思考停止させる千里。溜息を吐き、ボロボロになった自分の寮を眺めた。
「参ったね、どうも」
思わず愚痴が飛び出す。野宿なんて嫌だ。しかしだからと言って、違う寮に移動するにしても手続きがあるし、泊めてくれる仲間もいない。正確には、潮の寮などゴメンだ。かと言って琴葉は実家通いだが、下民の自分があんな豪邸に泊めてもらえるはずなどないと思う。といった所だ。
「お早う! 遅くなった。千里君待たせちゃったね」
「…………」
そんなことを取りとめも無く考えていると、後ろから声が届く。聞き親しんだ同胞の、快活で少し高めの声だ。
「千里君?」
しかし千里はすぐに反応できない。寝食の場所をどうするかに夢中で、気付かなかったのだ。改めて名を呼ばれ、慌てて振り向く。
「ははっ、ヒデェ有様だろ? 俺、今日からどうしよう」
そして指で崩落した自分の寮を指差す。あくまで飄々とした態度だが、表情からは嫌気が見て取れる。
「うーん、流石に手配されていると思うけど」
あまり同情などしても面倒なことになるだろう。そう判断したらしい琴葉は、あくまで冷静な口調で心配するほどでもないだろうと、一応の慰めを要れる。
「確かにこれは凄いね。本当に九十九霊がやったの?」
そして改めて倒壊した建物を見ながら、つぶやく。
「……だろ? 九十九霊に力を与えて、命令をくだした奴がいるってのが、大方の見立てだよ。あいつ等の引き出せる力じゃなかったからな」
本来、九十九霊の力は弱い。憑ける対象は精々が中級の下位程度まで。それらの妖怪も100%の力を発揮させれるわけではないのだ。むしろ強い妖怪を乗っ取るほど、開放できる力は減る。
それを加味した上で現場に居合わせ、襲撃に対処した陰陽師達はある結論に至った。それは裏で霊たちを操っている存在がいるということ。彼等の憑依力を増大させ、引き出せる力を強化した ということだ。
「おっ、2人とも盛り上がってるなぁ」
成程と、顎に手を当てながら思案する琴葉。そんな彼女の肩を何者かが叩く。突然のことに驚き竦(すく)み上がりながら、琴葉は護符を胸元からとり、振り向く。目の前には、彼女の良く知る存在。彼女の兄にして、陰陽連の最高幹部が1人、檜扇祝幻その人。
「このような事態なのに、到着がいささか遅くないですか?」
苛立ちを唾(つば)とともに飲み、態とらしい笑みを浮かべながら琴葉は言う。声音には険が滲む。
「……俺も忙しいんだよ、色々さ。例えばこの程度の案件で、一々足を運んでられないって、程度には」
意にも介さないような口調で祝幻は答え、遠くを見つめる。まるでこの場の惨状など、眼中にないのだろう。
「心中お察しします」
またぞろ、嫌味でも吐きそうな琴葉を制しながら、今度は千里が応える。余り話が長引くのも面白く無い。実妹である琴葉は勿論、自分もこの男が好きではない。何を考えているのか図れない上に、有能な人物など厄介で仕方ない。
口ぶりから察するに、今も何かしら部下には言えないような案件に関わっているのだろう。それが自ら達にどのように関わっていくのか、など今の惨状で考えたくもないし。何より、そもそも降りかかってきてなど欲しくない。厳命が下れば下の立場だ。従うしか無いのだが。
「まぁ、君のもな。残念な報告だが、1週間程度は寮を用意できそうになくてね」
「はぁ、金銭的に野宿ってことですね」
祝幻から舞い降りる凶報に、千里は溜息を吐く。自分以外の寮から通っていた者達も、恐らく絶望することだろう。既にこの情報を得ている者は、既に仮宿を探しているだろうか。鬱屈とした吐息が、さっきの今で漏れる。
備蓄が多いわけでもなく、信頼できる仲間が居るタイプでもないゆえ、本気で千里は野宿を考えた。案外気楽かもしれない。雨風は術である程度防げるし、元より人の多い場所での生活は、それほど好きではない。いっそ、神格に守れた山奥からでも通おうか。
「いや、流石にそれじゃ可愛そうだろ? 俺は慈悲深い男でね。君が嫌じゃなければ1つどうかな? 俺の家に泊まるというのは」
だが、野宿の覚悟を固めていた男を見かねたのか、祝幻が1つの提案を持ちかけてくる。当然ながら、それは琴葉の家ということでもある。他にも妾(そばめ)なども沢山いるだろう。琴葉のほうを見ると、嫌そうではあるが、完全否定はしないという感じだ。
実際願ってもないチャンスである。卑しい家の出である自分が、大豪邸で上手い飯を食い、ふかふかの布団で眠れる。しかも下手をすれば、男性であることを考えれば、夜伽を用意などということも有り得る。ここは同僚の琴葉と既成事実を得、結婚などという手も。
「おっ、おぉ、迷ってる迷ってる」
悩む若い部下を、祝幻は楽しそうに眺める。そして思い出したように。
「あぁ、琴葉に手を出したりしたら、お前次の日の朝焼けは拝めないと知れよ」
「はっははは、分ってますよ。それにしても嬉しいですね。まさか、名家にお暇できるなんて!」
「いやぁ、俺も喜んでもらえて嬉しいよ。そういや君は1人の時間を大事にするタイプっぽいから、ちょっと不便な部屋になるかもしれないけど」
「いいえ、ご厚遇感謝します!」
祝幻は笑顔だが、心の底から本気に違いない。彼と親交のある部下なら皆が知っている。祝幻が相当な妹贔屓であることを。本施設とは離れの部屋を用意するというもの、本当は妹に近づけないためだろう。苦笑いしながら千里は約束を了承し、快く家に停めてもらうことを受け入れた。