複雑・ファジー小説
- Re: (合作)闇に嘯く ( No.4 )
- 日時: 2015/06/09 23:20
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: dfg2.pM/)
「我、汝を召喚す。
汝、遥かを見渡す、千の眼を持つものよ。
我が盟約に従い、来たれ──鷹の目!」
千里の詠唱に応え、姿を現した鷹型の妖怪──『鷹の目』は、現出してすぐに、弾けるようにして霧散した。それを見届けて、千里は満足げに笑む。
千里の式である鷹の目は、周囲に放った己の同位体の視覚情報を、主である千里に送る能力を持つ。これで、宗像郡全体に監視網を張れたようなものだった。
「おーし、やったぞ琴葉ー」
「ええ、お疲れ様」
ひらひらと手を振りながら、こちらに戻ってきた千里に返事をして、琴葉は潮を見た。
潮は、茣蓙に並ぶ死体を、屈んで観察している。村人たちが屋敷から出ていった今、遠慮をする必要はもうなかった。
「……どう? なにか分かった?」
問いかけてきた琴葉に、潮は、死体の顎を軽く持ち上げて、首に残った絞め痕を見せた。縄目がくっきりと刻まれているその皮膚に、既に血の気はない。
潮は、そっと死体の顎を元に戻すと、立ち上がった。
「首の痕からして一目瞭然だが……今朝見つかった死体の顔は、まだ鬱血(うっけつ)して腫れている。郡長の言う通り、死因は全員縊死(いし)と考えて間違えないだろう」
潮の言葉に、2人が頷いた。
「まあ、首吊り死体を木に下げるなんて、見せしめにしてるとしか思えん。大方、この辺りに棲みついてる妖怪が、製鉄所建設の話を聞いて、自分の住み処がなくなるってんで焦ってやったんだろ。あるいは、信仰されなくなって、妖怪化した土地神かなんかの仕業か?」
どこか他人事のように言った千里に、潮が表情を曇らせる。また喧嘩に発展しては敵わないと、琴葉は慌てて口を開いた。
「そうね、私もそう思うわ。製鉄所の人間ばかり狙われているという時点で、製鉄所の建設が原因であることに間違いはないでしょうし……ね?」
「ああ……そうだな。あとは、どう妖怪を捕らえて、始末するかだ」
考え込むように、潮が拳を額にあてる。すると、千里が肩をすくめて言った。
「おいおい、俺が何のために鷹の目を召喚したと思ってるんだよ。この宗像郡は、俺が見張ってる。夜まで待って、怪しい動きをする奴が現れたら、すぐ出ていって退治すりゃあいいだろ」
潮はすっと目を細めて、千里を睨んだ。
「怪しい動きっていうのは、つまり村人が犠牲になる瞬間か? それを目撃してから、俺達がその場所に間に合う保証なんてどこにある? 被害者が出てからでは遅いんだぞ」
千里が、微かに眉を寄せた。
「じゃあ、どうしろっていうんだ? 出現場所もばらばら、敵がどんな手を使うのかも分からん。俺達に今できるのは、一晩様子を見ることくらいだ」
「それ、は……」
千里の返しに、潮は詰まった。反論したものの、具体的な策は浮かんでいないのだ。
琴葉は、更に何か言おうとする千里を制して、潮を見つめた。
「潮くん、貴方の言い分はもっともだと思うけど、焦っても仕方がないわ。雨も止んだことだし、千里くんの言う通り、今夜一晩は様子を見ましょう」