複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く 2−10執筆開始 ( No.42 )
日時: 2017/03/05 21:25
名前: ダモクレイトス  ◆MGHRd/ALSk (ID: 7PvwHkUC)

 牙輝の痛烈な一撃を喰らい、脂汗を流す潮。森林内にある叢(くさむら)に落ちた彼は、息を整えながら考える。全く気取らせず後ろを取った隠密能力といい、潮を圧倒する格闘能力といい明らかに格上だ。普通に突っ込むだけでは勝機はない。

『冷静になれ。三重松潮っ! ここであんな奴に殺されるようじゃ、あいつにはとどかない!』

 脳裏に浮かぶは、怨敵の姿。名を世界という。あの天変地異と比べて、対峙している存在の強さはいかばかりか。推し量る。
 
『あぁ、全然弱ぇ。あいつだったら、幾ら手加減されてても最初の一撃で死んでる』

考えるまでもない問答に頭(かぶり)を振って、潮は顎に手を当てた。つまりはこの程度の相手に、梃子摺(てこず)っていては話にならないということ。人生は短く、世界という怪傑もまた、成長を止めないのだ。この男と対峙している間に、自らは敵対者を超えねばならない。そう、心に言い聞かす。逃げるという選択肢は最初からなかった。なぜなら、目的の場所はここである。

「よぉ、考えはまとまったかよ?」

 手を地面について、体を強引に起こそうとする潮の後ろ。先程の男の声が響く。悠長に立ち上がっている場合ではないらしいと知り、潮は素早く飛び退る。それに呼応するように江鯨牙輝は、武器を抜く。

『あれは……二丁拳銃かっ!』
「チャカは良いよな……遠距離からバンバンやれるが、弾数に限りがあるから、無駄打ちをしちゃいけねぇ」

 黒光りする銃口を凝視しながら、潮は唇を噛む。今まで武器を抜かずに戦ってきた相手が得物を手に取った。唯でさえ実力差があるのに、その差が大きく広がったのを痛感する。得物が銃ということは、本人としては格闘技術は高くないと言っているようなもの。それで潮を圧倒している。

『ヤバいぜ。どうするよ……』

 十中八九、実弾は存在せず、空気中に存在する霊子を吸収凝縮して射出するスタイルだろう。弾足や威力、相手の射撃精度がどの程度か。とりあえず分かっているのは、このまま棒立ちでいることは良い的だ。
 今は全神経を逃走に注ぐ。目の前の男以外に伏兵はいないか。地の利は相手にあり、罠が張られているかもしれない。不安になる要素は幾らもあったが、今この瞬間、正対して江鯨に対抗する手段が浮かばない。

「逃げるか。賢明な判断だ……一時の恥より、命が大事さ。何せお前には目的があるしな」

 背を向けて、全力疾走する潮を見詰めながら、男は呟く。元より彼としては青年を殺すつもりはない。頭目たる丸子の命を受けているからだ。彼の役割は、今の潮に実力不足を思い知らさせ、そして彼に足りないものを自覚させることだ。ある程度距離が離れたところで。

「さて、と。始めるか」

 江鯨は跳躍し木の枝を足場にして走り出す。高所にいるほうが有利だ。人間は元より上より前から下を見るようにできている。ゆえに相手にとっては上は死角となり、追跡者にとっては相手を探し易い。ほどなくして江鯨は逃走する彼を見つけ出す。訓練された戦士らしく、なるべく草丈の高い場所を通り、相手の狙いをつけられないようジグザグで。

「成程。中々様になってるじゃないか。逃げるのは嫌いなほうだと思ってたが。しかしよ……この山から逃げられるわけにはいかねlのよな」

 江鯨は軽い口調で嘯きながら銃を撃つ。彼は昔、陰陽連に在籍していたことがある。その際に当然ながら逃走術も学んでおり、その基本も熟知してる。つまり穴を知っているということだ。それを計算に入れ、時間差を想定。所謂相手を理解した上での余地射撃だ。

「ぐっ! あぁぁっ! くそっ! 当たった……どこから狙ってやがる?」

 3発程度放った弾丸は、見事に1発が潮の肩を貫く。全て江鯨の計算通りだ。当然江鯨としては全力で撃った弾丸ではないが、潮の張った霊力の壁を軽々と貫く。地べたに這いずり潮は嗚咽(おえつ)しながら辺りを見回す。風上をとられた上に、相手は此方を上から俯瞰している。
 木々が成長していて、茂みが邪魔で相手を確認はできないが、確実に優位なポジションを取られたと言って良いだろう。3発程度で攻撃を命中させる精度。そして、足に霊力を集中させていたとはいえ、最低限の防御壁は張っていた。それを軽々と貫通する銃撃の威力。

『ヤバイ……嵌められたか!? いやっ、俺なんかを嵌める理由が思い浮かばない。じゃぁ、何だ? 狙いが……』

 一瞬で理解する。逃げることはおそらく適わないだろう。当然、逃走すら困難な相手に勝てるはずもない。地の利もあちらにあるはずだ。脂汗が噴出す。そして、祝幻の言葉にまんまと乗せられたことを後悔して俯く。

「おいおい、簡単に諦めすぎじゃねぇかぁ? お前、世界を倒したいんだろう? あいつは俺なんかより遥かに強ぇぞ?」

 すぐ近くだ。敵対者の声が響く。案外近くから狙撃されたのか。否、おそらくは違う。発砲された音と着弾する時間から、それなりに距離があったはずだ。だが、今は明らかに付近にいる。10メートルも離れていないだろう。つまり、少しの間立ち止まり痛みに悶えている間に、相当の距離をつめられたことになる。
 大きな差だ。現状では小細工を労じたところで勝ち目がないほどに。どうやら相手はそれなりに此方の事情を知っているようだ。恐らく祝幻から情報を得ているのだろう。彼の言葉に潮は苛立つ。その通りだ。こんな所で立ち止まっていては、絵空事と嘲笑されて当然。あの日見た仇敵の力。決して抗うことができないような神の炎と神速の剣術。

「……勝てなくても、無理でも! 俺はっ! 立ち止まってちゃいけないんだ!」

 拳を強く握る。現状の差は嫌になるほど知っている。しかし、彼は諦められない。決してあの九尾を許せないのだ。家族や友を、隣人を暇つぶしのために皆殺した不倶戴天の怨敵。相手の強さと自分の弱さを知るほどに、復讐心は強まっていく。
 潮の言葉に江鯨は笑う。無茶苦茶な子供の戯言と、大概の大人なら切り捨てるに違いない。しかし、江鯨はそれが好きだ。強い意志に満ちた、魂の炎が宿っている瞳。自分も強い意志を持って、陰陽連を抜け出したことを思い出す。

「なら、力が欲しいだろう」

 先程までの挑発的で軽薄な口調とは打って変って、厳かな声で江鯨は言う。直接的に受けておれば、それは力を与えてやるということだ。