複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く 2−10更新 ( No.44 )
日時: 2017/03/09 18:32
名前: ダモクレイトス  ◆MGHRd/ALSk (ID: 7PvwHkUC)

 ——欲しいに決まっている!

 そう叫びたかったが、潮は言い留まる。そんな虫の良い話があろうか。禁術を覚えることに抵抗はない。世界を相手にするには、幾つの禁術を使えば良いか想像もつかないからだ。物を知らない子供の頃は、力を手にすればすぐに妖怪に対抗できるなどと、愚かしいことを思っていた。しかし、真実はそんなに甘くはなく。力を身に着け、情報を得るほどに、終着点が遠ざかっていくような感覚に目眩すら感じる。何かしらの条件のもと、強力な力を得るとして。奴らに何のメリットが有るか。見極めなければならないと思い、潮は動き出す。
 声のした方を向きながら、相手が移動する音を聞き逃さないよう、聴覚を研ぎ澄ませる。無論、視覚的情報も見落とすまいと細心の注意を払う。そして、片方の腕を後ろに回し、霊力を込めていく。師匠たる故、火坂部長英から秘密裏に教わった秘術を発動するためだ。

「あぁ、当然さ。すぐに欲しいです、なんて言うやつに渡せねぇわなぁ! そんじゃぁ、少しレートを上げていこうか!」

 男の声が響くと同時に、急に銃を放つ速度が上がる。2倍や3倍ではない。10倍は多い数だ。放たれる速度だけではなく、威力も上がっているようで、大人の胴より太いだろう大木を軽々と貫通していく。着弾した地面には,小さなクレーターができているほどだ。


「はっ、更に威力がヤバイことになってきたぜ畜生!」
「そうかぁ? 世界の何十分の1位しかねぇから、安心しろやっ」

 言いながら、一切手を緩めない。長英より教わった術。名を灼火之迦具土(しゃっかのかぐつち)という。それは元来、陰陽連の四大家として有名な、火坂部家の試練を受け、一族の証を得た者のみが手にすることができる秘術。火の神との契約により手にすることのできる、最高位にある五行術だ。
 術自体は単純で、空気中から霊力を吸引していき、限界まで来たらそれを吐き出すというだけである。術者の霊力貯蔵限界と吸引速度は、才能と努力に依存し、当然ながら威力や発動速度には練度で大きな差が出る。潮の場合、まだまだ吸引力では劣るが、陰陽師としての才能は高い故、元々貯蔵量が大きいため、出すのには時間がかかるが、威力は高い。
 補足として、この術は、自分以外——正確には、霊力を操れる者は含まない——の物の霊力を奪うため、実際は周りにそれなりの影響を与えることができる。陰陽師の術は外の霊力を体内に入れ変換するものが大半のため、精度が悪くなる。この術を使うに際しては、吸収力が暴走するため、灼火之迦具土を会得できるほどの者がこれを発動しようとすれば、多くの者は本来自分が撃てる力を失う。

『ちっ、全く威力が落ちねぇ……やっぱり、大した奴みたいだな。だが、発射に掛かる時間と、精度は少しは落ちてるみたいだぜ』

 銃弾が頬を掠め、血が風に泳ぐ。次の瞬間、それは潮の後ろにあった大木に命中し、内部で破裂し大樹を薙ぎ倒す。地響きを立てて、周りの木々を巻き込みながら、それは倒れ逝く。
これほどの騒音を立てながらの戦いだ。正直、とうに陰陽連が把握していそうだが、と潮は戦闘中ながら埒もなく考える。余程、有能な幻術使いないし、結界術者がいるのか、自分をここに行けと指示した祝幻自身が噛んでいるのか。
 そんなことを考えられているのも、相手の攻撃が少しながら緩くなったことと、自らの戦略が決まったからだろう。最早、禁術を使うことに迷いはない。この術を発動すれば、近くにいる銃使いはおそらく巻き込まれるだろうが、これほどの使い手なら間違いなく死なないだろう。
 そして、膨大な炎の術は大樹の群れを巻き込み、当りを焼き野原と化し、塞いでいた視野を広くする。どれほど強力な幻術にしろ結界にしろ、この神火——灼火之迦具土は普通の炎ではなく、結界や幻まで飲み込む炎、すなわち神火である——を放てば、肩はつく。
 
「良いねぇ。お前、噂とかに反して、中々クールだぜ」

 ただひたすらに逃げ纏う潮へ、刃輝は嬉しそうに声をかける。どうやら、気づかれたか。潮は少し顔を歪ます。相手は老練で、当然、周りの霊力が変化していることには気づいているだろう。灼火之迦具土は術を発動する寸前までは、幾ら霊力が収束されても外見的な変化のない術—
—普通の術は、霊力を収束させると黄色い燐光が浮かぶ——なのだが、感覚で潮へと霊力が集中していることを察したに違いない。

「悪いけど、あんたらにただ利用される気はない……逆にこっちに都合よく行かせてもらう!」

 そう言って、潮は右手を振るう。すると突然、彼の手から普通とは違う赤い光が、凄まじい奔流となり浮かび上がり、幾匹もの蛇が絡むように空へと昇っていく。そしてその場に太陽が現れたかのように、猛烈な紅の光を放つ。

「灼火之迦具土っ!」

 潮は裂帛れっぱく)の気とともに叫ぶ。そして柏手(かしわで)を打つ。音もなく赤き光源は炸裂。潮の視界を紅蓮の炎で埋め尽くす。