複雑・ファジー小説
- Re: (合作)闇に嘯く 2−11更新 2017 3/9 ( No.45 )
- 日時: 2017/06/17 17:41
- 名前: ダモクレイトス ◆MGHRd/ALSk (ID: 0RpeXsSX)
「灼火之迦具土っ!」
その言葉とともに放たれた灼熱の咢(あぎと)は、眼前にある獲物全てを包み込み屠るが如く激しくうねった。樹齢数百年を数えそうな木々が、まるで飴細工のように爛れ溶けていく。天まで牙を伸ばす巨大な爆炎は、雲まで掻き消しそうだ。
一体、何千の命を巻き添えにして消しただろう。潮は自らが放った奥義の威力に驚いて、唇を噛む。行使するにあたって最初から覚悟はしていたはずだ。しかしいざ放ってみると、急場での覚悟など吹き飛ぶ。ガラにもなく、巻き込まれて消えた魂のことなど考えてしまう。
普段とて蚊やら蟻など目に映らないだけで、戦いに巻き込まれて死んでいる動物は居るだろうに今更か。そんなふうに皮肉りはするが、理由は分ってる。放つ技の威力が大き過ぎるからだ。鉄砲を撃つのと大量破壊兵器を使うのでは訳が違う。
目の前で乱舞する炎は木々の隙間で震える栗鼠(りす)や鳥も飲み込み焼き尽くす。そのさまはとても自らの故郷を焦土へと変えた世界の火球と似ていて。その記憶がチラつく。炎熱地獄に立っているはずなのに、大紅蓮地獄の業を受けているような感覚が襲う。
『……これが、本当の力を行使するということかっ!』
眉根を潜め、胸に手を当て潮は胸中で叫ぶ。強者を倒すには同等以上の力を有するしかない。仕方のないことだ。そう言い聞かすが痛みは止まず。せっかく長英から伝授して貰ったのに、と嘆く。
「いやぁ、大したもんだぜお前。その年で神火を放つとはなぁ……」
しかし、悲劇に溺れている暇はない。炎の中から声が響いたかと思うと、業炎は盾に引き裂かれ吹き飛ぶ。まるで紙をカッターで切るかのように安々と破られる炎の壁。強引に突破されたそれは爆散し、火の粉とかし上空へと舞う。
牙輝は言葉と裏腹で余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)としている。どうやって吹き飛ばしたのかと潮は目を見開く。様子を見るに、衣服は全く燃えていないし、煤(すす)さえ付着していない。
確かに潮自身、灼火之迦具土の習得には死ぬほどの苦労をしたし、契約の儀——一部の術は神との契約に成功すれば、霊力量さえ足りていれば放つことはできる——は完了したが、この術の制御はまるで仕切れていないという自覚は有った。事実、師である長英が見せた灼火之迦具土には遠く及ばない威力の物しか出せなかった自覚がある。
『そもそも長英先生があれを見せた時は、最早死に体で霊力も枯渇(こかつ)しかけていたはずだ……』
過去を思い出す。周辺住民を避難させねばならないゆえに、切り札たる灼火之迦具等土を撃てず、小技で上位クラスの怪異とやりあっていた彼の姿。それを放つ頃には、左手が千切れ片目は抉られ力も残り僅かで。そんな長英が放った術の数分の一の威力しか自分は出せていない。
「ん? どうした……俺は褒めてるんだが」
自分の不甲斐なさを歯噛みしながら、潮は舌を撃つ。確かに師匠の放った灼火之迦具土に遥か及ばなかったが。それでも目の前にいるのは、優秀とはいえ所詮ただの陰陽師だ。無傷などありえない。どうしても解せないのだ。
「有得ねぇ、どんな魔法を使いやがった」
唸るように言う。牙輝はバリバリと無造作に髪を掻きながら。
「いや、ただ単純に俺はてめぇの術の範囲外に逃げただけだぜ?」
軽く嘯く。その態度が癪に障り潮は抜く暇も意味もない状態だった大剣の柄に手を伸ばす。牙輝は遠距離武器を持っていながら、5メートルも離れていない場所にいるのだ。これもまた彼の神経を逆なでした。
「ふざけるなよ。流石に近接戦なら銃使いよりか」
「いや、無いだろ。お前と俺位実力差が有ったら、得意分野とか関係ないぜ?」
しかし結局潮は剣を抜くことはできない。自分が抜刀するより早くに牙輝は、彼の喉元に銃を突きつける。どうやら近接格闘の面でも自分が劣るらしい。彼我の実力差すら把握しきれない自分を食い、潮は柄から手を離す。
「灼火之迦具土は……やっぱり師匠の長英先生に教わったのか?」
「だったらどうする」
自分の師匠である長英の名をなぜ知っているのか、一瞬訝しむがすぐにその手の情報位収集済みなのだろうと納得させる。
相手が術を発動させる間に距離を取り、攻撃を回避したこと自体に納得がいっていない潮は、飄々とした態度の牙輝を苛立たし気に睨む。
「いや、他意はねぇよ。ただそうかなぁって思っただけだ。あぁ、名前を口にするのも懐かしくてね」
潮を怖がる振りをしながら牙輝は軽い口調で言う。追慕の感情が目に宿っているのが分かり、潮は少し彼に興味を持つ。
「どういうことだ?」
口調を憮然としているが、純粋な興味から潮は牙輝に聞く。
「まぁ、俺一応元正規の陰陽師でね。火坂部の派閥だったんだよね。いやぁ、正直さ。今の陰陽連は腐ってて可哀想だね」
溜息を吐きながら言う牙輝の目には、先程までの哀憐とは違う明確な殺意が映される。つまりは陰陽連との確執があり脱退したのだろう。潮自身、自らが現在所属する組織の長、祝幻から胡散臭さを感じているので、彼の気持ちが分からないでもない。
しかし自分には目的があり、その壁は余りに高く個人では如何ともし難い物だと思う。例え陰陽連が明確に倫理や正義に悖(もと)る行為を少なからずしているとしても、それを包括し飲み込み利用するのが近道だ。などと言い聞かせ組織に隷属(れいぞく)し続けられるだろうか。
「……何だ? 頭がっ!? 呪術か? 馬鹿な……どう、やって」
呪術。それは相手を呪い、金縛りに合わせたり気絶させる、或いは殺害するような術の総称である。元来、呪術の類は、長い時間をかけ相手を理解していることと、相手に近い距離にいるという両方が、威力の底上げには重要だ。範囲指定的な側面があるため、相手が動いていれば勿論ほぼ当たらず、当たったところで、距離が10メートルも離れていれば立ちくらみを起こさせることで精一杯のはず。
四天王ほどの実力を持っていても、1人ではそれが限界。何十人と束になれば、発せる霊力が相乗するので結果も変わるが。少なくとも潮の視界数百mには牙輝以外に人影は見当たらず、遠くから複数人で術式を発動しているのだとしたら、目の前にいる男は相当数の組織と共に行動している事になる。
『祝幻……あいつ、俺を』
最初から疑念は有った。取引の材料として使われているのではないかと。しかし焦燥感から自分はここに来てしまったわけだ。自分の短慮と不甲斐なさを呪い、彼は焦土と化した地面に倒れ込む。
「ちっ、もう少しお話しさせろよ。せっかちな奴らだぜ」
瞼が重くなり、目を開けていられなくなった頃に、忌々し気な牙輝の声が耳に届いた。それと程なくして、潮は眠りにつく。