複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く 2−12更新 2017 3/25 ( No.46 )
日時: 2017/06/18 13:50
名前: ダモクレイトス  ◆MGHRd/ALSk (ID: lmEZUI7z)

 うつぶせにして倒れこんだ潮の気道を確保して、牙輝は一息つく。ここまで大仕掛けをして、呼吸困難で死なれたりしたらたまらない。何せ潮は頭目たる丸子の計画において、重大な要素だ。

「祝幻の野郎も、今回は随分上等な奴を送ってきたもんだよ」

 胸ポケットから煙草を取り出し一服。盛大に息を吸い込み、吐き出してから呟く。自分が今所属しているのは、この東北の地に根差す自警団である。正規の訓練を受けた者は少ないが、迅速な判断でその場の状況に対応することができる組織形態だ。
 肥大化して行動の鈍い、汚職まみれの陰陽連と違い、助けられるものは助けたいという正義感の強い牙輝にとって肌に合うのだろう。陰陽連を辞職して、この道を進み8年以上。大したストレスもなく、それなりに楽しんでいる自覚がある。

「ふっ、こいつは確実に陰陽連で言えば、倫理に悖ることなんだろうなぁ」

 いまだそれなりに熱を持つ大地に腰を置きうそぶく。丸子がやろうとしていることは、陰陽連にいる限りは個人では、絶対にできないだろうことだ。だが、このままでは永遠に続くだろう、陰陽連と妖怪の争いを短期間で終わらせる手段としては最も理にかなっているだろう。
 3年前、幹部に任ぜられたとき、とある事実を丸子から聞いたとき奔った衝撃は今も忘れない。そしてその瞬間まで後悔の念も抱いていた、陰陽連を抜けたということを本気で最善だと思ったことも。彼女の理想を聞いたとき、偉大なる神と相対しているように感じたのだ。

『従えて8年か……俺にとっては長いようで短い時間だったが、他の奴らは、丸子様は……大願叶ったりって感じだろうな』

 陰陽連に怪しまれないように、清潔な自警団としてふるまい、人造で拵宿儺を作った。誰にも気づかれないように、巨大な方陣を描くことも大きな苦労。陰陽頭の動向を知るために、四天王と手を組むことも。思えば祝幻のような革命家肌の男が、四天王の任についていたのは幸いと言えただろう。昔のようにハト派の旧態依然とした老人ばかりだったら、このように人柱を送ったりなどという協力はしなかっただろう。

「江鯨。今回の子はどんな感じよぉ?」

 思考に華を咲かす牙輝の耳に、ねっとりとしたおかま口調が響く。最早、馴染み深い男の声に牙輝は嘆息交じりに。

「櫻谷よぉ? こっちは楽しんでたのにもう少し時間稼げっての」

 櫻谷冬蛾。同じ四人頭に名を連ねる男だ。正直、牙輝は幹部連の中で、この人物が一番話しやすいと思っている。彼自身は保身に走り、他者を出し抜く自分の性質を付き合いづらいだろうなどと揶揄しているが、逆に実直すぎる海江田やだんまりすぎる影津などよりは人間味がありやり易い。櫻谷の直球な問いは無視して愚痴の一つも付く。海江田なら怒るところだ。そもそも影津など会話が成り立たない。

「あんたねぇ。こっちの質問に答えなさいよぉ。ってか、そっちの様子は一応見えても、会話の内容までは分からないんだから、勘弁なさいよその辺はぁ!」
「いやいや、映像があるなら、俺の表情くらい読めるだろ?」

 ボサボサの頭を掻きながら、バツの悪い表情を浮かべ櫻谷は苛立ちを言葉に乗せる。分りきっていた答えに牙輝は咲き込む。確かに話術に優れ、人心を掌握するには向いた人間ではあるが、仲間内だと本当に分り易い奴に早変わりする、と。

「ねぇ、茶化してないで質問に答えなさいよ」

 流石に少し扱いが悪いと思い、牙輝は口を動かす。

「上玉だぜ。今まで見てきた奴らの中で、たぶん一番意志が強ぇと思うし、何より才能の量は膨大だ。見ただろう、あの火柱をよ?」

 術を行使している櫻谷たちも気づいているはずだ。何せ彼らは、呪術を発動させるタイミングを計るという目的で、監視型の式を使用していたのだから。あれほどの大規模な術を見逃すはずはない。
 今までにも祝幻が人柱を送ってきたことはある。今回で12回目。切り札だなどと、謳い文句のようなことを言っていたが、真実だったようだ。用意周到で目的に沿った男ゆえ、最初は慎重だがある程度、結果が見えるようになれば、切り札を切るのは性質に沿っていると言えるが。

「そうね。正直、あたしでもあのレベルの五行術は、簡単に扱えないわ」

 思い返し、櫻谷は頬を引きつらす。大きな術は、小さな力しか持たない者には毒となる。丸子の率いる四人頭は、通常の正規陰陽師をはるかに凌ぐ実力者たちだ。その内の1人が、驚愕の念を浮かべているのだから、潮の才が大きいことは分かるだろう。

「才能の大きさは分かった。意志力も良しとして、恨みの強さはいかがか?」

 櫻谷に遅れること2分程度して現れた十字傷の目立つ禿頭の巨漢、海江田が問う。

「あの炎は名家に伝わる秘術でね。火坂部のジジイと言やぁ、頑固者で有名でさ。そいつを説得して試練乗り越えて、修得したとあっちゃぁ、半端じゃないと思うぜ」

 今まで秘術など翳した者は1人もいない。行使できるものがいなかったと考えるのが自然だが、夫々が持つ復讐の理由から考えれば、その力に手を伸ばさないはずはないだろう。つまり、四代名家の当主や術保有者に、本気で取り入ることができなかったということだ。
 もちろんなりふり構わない覚悟だけでは、どうにもならないことも多いが、少なくとも行動に制限をつけている程度の人物が、それを説得し成すことは不可能である。秘術とは秘匿、名家としてある理由の1つでもある。そんなものを容易く他者に提供するはずがないのだから。

「それは気持ちのいい言葉を使って、取り入って力を手にしただけではないのか?」

 いつの間にか海江田の隣に立っている影津を君の悪い奴だと一瞥しながら、牙輝はどこ吹く風で言う。

「それこそ覚悟でしょう? 恥も外聞も捨てて、力を手に入れるって……意志だ」

 三重松潮を少し気に入っている自分に気づく。祝幻が送ってきた陰陽師の者たちは皆が、何らかの復讐心を持った者たちだった。しかし相対していて退屈な気がしたのだ。陰陽連に毒されていて、復讐心も萎えきっているような。すでに敗者。祝幻が意図的に段階を踏んでいるのだろうか。だとすれば、今までの者たちと比べ復讐を志す者として、遙かに高い覚悟を持った潮を送ってきたのは、彼も潮に何かを見ているのかもしれない。

「復讐叶うといいなぁ、おい」

 小さく、呟く。