複雑・ファジー小説
- Re: (合作)闇に嘯く 2−13更新 2017 6/17 ( No.47 )
- 日時: 2017/07/09 20:50
- 名前: ダモクレイトス ◆MGHRd/ALSk (ID: lmEZUI7z)
「復讐叶うといいなぁ、おい」
彼方遠くより先程まで戦っていた男の声が聞こえたように思う。三重松潮の意識は、黒い海を沈み続けていた。泥のように纏わりつく石炭が如く黒い液体は、不安を加速させていく。黒が口内から侵食し、突然に刃となり、肺腑を貫き心臓を鷲掴みするような。言い知れない不安感。それがギリギリのところでとどまり続けながら、体は確実に奈落へと落ちていく。
地面などあるのかは分からないが、何か重く巨大な地球の肌のような物に吸い寄せられているような感覚。息苦しくはない。まとわりつきこそするが、浮遊感はそれほどでもない。ゆえにこそ異様。どこまで続くのかもわからない。とにかく、途方もなく暗く、遠い場所であることしか分からないのだ。
『何だこれは……幻覚? いや、夢に干渉しているのか……体が動かない』
幾らもがこうとしても、体に力は入らない。倦怠感や痛みがあるわけでもないのに。まるで人形になったようだ。体中の神経を神にでも支配されたように、都合のいい恐怖感と不快さだけが増長されている。
『眩しい!? 何だ? あれは?』
突然、黒が光に満たされた。スズメバチにでも眼球を刺されたような、鋭い痛みが走り、叫び声を上げたくなるが、口は動かず喉も震わせれない。だが一瞬体の自由が戻り、目を見開く。潮の網膜には光の中、見覚えのある姿が。
『あれは……俺?』
突然視界が開いたせいで、ぼやけて湯気のように揺蕩う世界は、ノイズが消えるように澄んでゆき、徐々に輪郭が浮かぶ。潮の瞳に写ったのは、自分自身だった。怖くなって目を背けると、水底がのぞく。幾つもの切り立った断崖が敷かれている。それは剣のように鋭角的な山々のようで。もしあれの上に居たら、貫かれていたのではないか。
『……嘘だろ』
気付く。そんな剣山に10を数える躯が百舌の早贄のように、吊るされていることを。それを確認すると同時に、死神に意識を刈り取られたかのごとく、脳が揺れ意識が飛ぶ。
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『ここはっ!?』
目を覚ます。先程までの泥水は何だったのか。普通に考えれば、敵による幻覚なのだろう。しかし、なぜなのか潮は、それを考えられない。とりあえずまずは、周囲を確認する。六畳一間。部屋の間取りは平均的で、適度に低い天井が落ち着く。隣の部屋から声が聞こえる。
「はぁ、あの野郎……油断しやがって」
良く知っている少しザラついた声。ここ数年、常に傍らにいる鬱陶しいが、居なくてはいけない男。
『千里? 何の話を?』
名を脳内で口にする。今になって気付く。脳は動いているが、体中に力が入らない。まるで魂が抜け落ちて、神経に命令を伝達できなくなった肉塊のような感覚。試しに手を握ろうとしても、まるで指が曲がらない。指の骨を溶接されたかのように感じる。
「妖怪が一匹だなんて限らねぇのに……」
「もう止めてよ千里くん!」
「でもよぉ」
「止めてっ!」
言い争っているようだ。2人とも恐ろしい剣幕で、とても冷静とは言い難い。普段から仲良く円滑というには程遠いが、あんな風に声を荒らげられると悲しくなる。一言やめてくれ、と口にしたいが、まるで力は入らず。
「潮くんはっ、潮くんはっ! 小夜ちゃんに夜太郎が悪いやつだと思わせないために行動して、死んだのよ!」
琴葉の言葉。意味が分からなかった。
『俺が、死んでいる?』
小夜を護って。つまり夜太郎が小夜を殺そうとしたのか。反芻(はんすう)する。自分が護ったとして、彼女はどうなったのだろう。
「あぁ、滑稽だよなぁ。小夜を護った!? 結局、あの野郎が死んだ後に、あの子も食われちまったろうが!」
「千里くん……そこまで言うこと」
結局、小夜も死んだ。何て茶番だろう。叫びたい。
「あいつは夜太郎の嘘に容易く騙されて、彼女と夜太郎を会わせようとした。夜太郎が悪だなんて、気づいてなかったね。妖怪を憎むとかへらへろらと悲劇のヒーローぶって、簡単に騙されて、年端もいかない子供さえ殺したわけだ! 救いようがない!」
合点がいった。話の流れが繋がっていく。夜太郎に騙された自分は、小夜を化け狸の元へと先導し、結局罠にハマり、自分の命を賭して少女を護ったつもりで、結局彼女も殺したということだ。夜太郎だけではなかったのだろう。おそらくは彼のバックに何か違う妖怪が居て。化け狸自身は何とかできたが、違う何者かに結局小夜は殺された。事の顛末はそんなところか。全身に蛆が這ったような、ぬらりとした悪寒が走った。自分の無能さを呪う。
と、ほぼ同時。まるで示し合わせたように。強烈な爆発音が響く。今までの敗北感や、自分への憎悪を焼き尽くすように激しい赤が、網膜に移り。すぐ横の部屋に居た琴葉たちが慌てふためく。
「襲撃っ!?」
「ちっ、俺の式はやられたか……くそっ、速ぇ!」
しかし、2人が戦闘準備に入った瞬間。両名ともに一瞬で切り裂かれる。琴葉も千里も一撃で真っ二つにされたのが、障子越しからでも分かった。琴葉は頚椎を、千里は胴体を夫々。轟音のせいで、首や胴部が落ちる音は耳に届かない。襖が強引に蹴破られた。
「何だ、死んでいるな。小妖怪風情に心を許すからこうなるんだ。あのギラギラした目は、嘘だったのか」
夜太郎の後ろに控えていたのは、世界だったのか。潮は網膜に映る僧のような男を一瞥して溜息をつく。道理で勝てないわけだ。次の瞬間、強烈な光が視界を包み込み、意識は消し飛んだ。