複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く 1−4更新 ( No.5 )
日時: 2015/06/09 19:08
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: O/vit.nk)

 潮は、琴葉を一瞥してから、柔らかな光が射し込む引違戸の方を見た。先程の豪雨が嘘だったかのように、空には夕焼け雲が広がっている。
 それでも、未だに腑に落ちない様子の潮に、琴葉は静かに息を吐いた。

「……大丈夫よ、敵の標的である製鉄所の人間は、もうこの郡にはいないんだもの。絶対とは言えないけれど、村人に被害は出ないと思うわ」

 なだめるつもりで言った言葉だったが、しかし、潮はその瞬間、勢いよく顔を上げた。

「それだ! 琴葉!」

 何のことか分からず、琴葉は首を傾げる。

「……はい?」
「だから、俺達が視察員(標的)に成りすまして、妖怪を誘(おび)き寄せればいいんじゃないか!」

 興奮したようにそう叫ぶと、潮は早速死体が纏っている作業服を脱がしにかかった。

「えっ、ちょっと待ってよ。案があるなら、ちゃんと話し合ってから──」
「囮捜査だ!」

 琴葉の制止を遮って、潮は名案だとばかりに目を輝かせる。
 そんな彼を呆然と見ながら、千里と琴葉は呆れたように顔を見合わせた。こうして突っ走り始めた潮を止められないことなど、2人はよく分かっていた。


 ──────


 空の蜜色が、完全なる群青に変わったころ。
潮、琴葉、千里の3人は、屋敷を出て、村の中心である十字路に集まっていた。
 結局、様子見をしようという琴葉と千里の意見を潮が押し切って、囮捜査をすることになったのである。

「本当に、うまく行くのかしら……」

 琴葉は、着込んだ製鉄所指定の作業服を見下ろして、小さく溜め息をついた。その傍らでは、千里が、琴葉と同じくどこか不満げな表情を浮かべている。ただし彼については、囮捜査に対して、というより、話し合いもせずに無理矢理自分の言い分を押し通した潮の態度に対して、不満を抱いているようだった。

 囮捜査では、村を取り囲むように広がる森には立ち入らず、ひとまず村の中だけを回ることになった。今後の状況次第では、当然調べることになるだろうが、夜の森を歩くのは、あまりに危険だからだ。

「それでは、打ち合わせ通り、村の中を別れて巡回するぞ」

 懐に忍ばせた火矢──矢先に火をつけて打ち上げる簡易的な花火を確認して、潮は言った。何かあれば、この花火を打ち上げて、他の2人に合図を送るのだ。

「私と千里くんはいいけど、潮くんは、いつもの武器がないのだから、気をつけてね」
「ああ、分かってる」

 琴葉の忠告に、潮は素直に頷いた。

 製鉄所の視察員を装う以上、帯刀するわけにはいかない。戦闘時、術の行使が中心となる琴葉や千里はともかく、日本刀を使う潮にとっては、使い慣れた武器が手元にないと言うのは、些か不安だった。代わりに短刀と呪符は服の内側に仕込んであるが、それでも心許ないのは確かだ。

「んじゃ、とにかくその辺りをほっつき歩けばいいんだな」
「ああ、何かあったらすぐに火矢で知らせてくれ」
「へいへい」
「2人とも、くれぐれも無茶はしないようにね」

 一足先に歩を進めた千里を始め、3人は、それぞれ別の道へと歩いていった。