複雑・ファジー小説
- Re: (合作)闇に嘯く 2−15更新 2017 7/10 ( No.51 )
- 日時: 2017/08/18 20:45
- 名前: ダモクレイトス ◆MGHRd/ALSk (ID: 0RpeXsSX)
痛みを臨界点を超え、強烈な爆発が起こったような感覚が体の内部から起こり、潮の意識は完全に消し飛ぶ。
◆◇◆◇◆◇
構築されていく。粉砕され崩壊した物が、時間を巻き戻されたように割れ目もなく元通りに。自分の体が再生していくのを眺める潮。内臓や血液、骨がパズルのように組み込まれていく様は現実味がなくて眩暈を覚える。まるで人間じゃないみたいだ。
体の再生が終了すると、その器に自分が引き寄せられていく。そして依代と融合する。まるで魂が肉体に糸で縫合されたような感じだ。到底、まともな人間の製造法とは思えない。そもそも、それに普通があるのかすら分からないが。
「体が動く……だと?」
怪訝に目を細め潮は、立ち上がり体を解す。先ほどまで自分で体を動かせず、視覚と痛覚しか許されない無力な状態だったので、違和感を覚える。何より長時間、全く体を動かせなかったというのに、ほとんど違和感がない。ストレッチの必要もない位だった。
一方で今までの理不尽な展開から考えると、これから何かが起こるのは明白だろう。当たりを見回す。周囲に目をやれば、黒の嵐。まるで暗夜の鴉模様かと思えるほどの、完全に一色で統一された世界。光源がないはずなのに、なぜ周りを見渡せるのか違和感を感じる。
「これだけ殺風景だと、集中力もそがれるな」
本来なら状況も分らないのに、その場を動くのは好手とは言えないが、そこに留まっていても全くメリットはなさそうだと判断する。溜息を付きながら、歩き出す。懐に手を入れ符を探すがどうやらないようだ。どこを探しても護符や術具の類は見当たらない。
『得物もねぇな。参ったね。となると敵に襲われたとして俺ができそうなのは、肉体強化して格闘するか、逃げるくらいか』
状況を理解して、潮は舌を打つ。格闘術の類には自信がある。先述の通り、凪たちほどではないとはいえ、兵学校では常にトップクラスだった。肉体強化の術式に対しては適正も高く、そこらの妖怪なら拳で吹っ飛ばすことも可能だ。世界のような怪物が出てきたら、流石に逃げることすらできないだろうが、一応の保険にはなる。自分が無手による格闘術に優れていることを、潮は心から感謝した。最も、この世界で死ぬほどの痛みを食らったところで死ぬことがないのも、分かっているのだが。
とりあえず、大抵のことに対する抵抗はできると考え歩く。無論、周りへの警戒は怠らず、いつでも迎撃ないし逃走できる構えは崩さない。何かしらのアクションを起こさなければ、何も起こらないということだろう。先程までが完全に受け身であったのに対し、今回は動けるのだからそう受け取って良いはずだ。
本当は現状において無力な自分が嫌で仕方ない、潮自身の理想も少なからず含まれた意見なのだが。精神的に疲労が滲んでいる状態では、そんな分析をできるはずもなく。只管に真っすぐ進む。何かを忘れ去りたいかのように黙々と。
「……広い、のか? もう、直進して十数キロ程度は歩いてるよな? まっすぐ歩いているはずだ……それなのに何一つ変わり映えがない。くそっ、堪えるぜ」
無意味な独り言。無心で歩き続けたが、行けども行けども黒一色なのだから、辟易もするだろう。加えて潮はここに来た瞬間から、相当に精神を酷使していたのだから。黒一色の距離感も狂う空間だ。時間間隔とてまともではない。
どれだけの時間を掛けて何キロ歩いたかなど推量できるはずもないのだが、緊迫の糸は残酷なほどに時間の感覚を長くし、彼に焦燥感と妄想を生む。この空間は果てがないのではないか。もしかしたら、自分はここで朽ちる運命になるのでは。心臓が不規則に波打つ。周りが無音のせいで、本来は小さいはずのその音は、銅鑼の一撃がごとく耳朶に響く。
「畜生! 何かあるんだろ!? 俺はここだっ! さっきまで見たいに嫌がらせがしたいなら、幾らでも相手をしてやるからっ!」
今までの所業を思い出す。只管に昏く不快な海を落ちていく世界。妖怪を信じた故に、自分と子供の死という悲劇を生み仲間すら殺した展開。生何もできず家族を殺され、その痛みを共有する夢。或いは妖怪と共存しようとした結果、全ての人類が根絶やしにされた未来。妖怪への慈悲などをかけ、戦いが長引いた末、ついには食糧難となり自戒する人類などというシナリオもあった。
他にも幾つもの世界を見てきた。焼き切れるほどの痛みと、絶望、無力感の嵐の中で、ただ悲嘆の声を胸中で漏らし、痛みに悶絶するしかなかった自分。意思があっても動けず、無論理への介在は許されず。人間の精神が砂のように崩れそうになるが、しかし壊れない。そんな究極の拷問を受けているかのような状態で、初めて提示された自分が行動できる状況。
「それが、ただ歩き続けるだけなんてあんまりだろう」
声を張り上げる。半ば自棄だ。どのような空間か。解決の糸口を探す余裕など彼の心には残されていない。そもそも彼自身、猪突猛進なほうだし、術を解く技能を余り習得していないタイプだ。相手から分かりやすい提示がなくては、途方に暮れてしまうのも無理はない。
普段の平静な状態なら、もっと冷静に周囲を観察し何かしら考案することもできただろうが、ことこの状況下では無理だ。彼はこれまでに1ループ数時間には及ぶだろう、苦行の世界を幾百と繰り返している。とうに判断力はそがれている。
「潮よ、わが息子。何と情けない声を出すか」
『この……声は!?』
喚き散らす潮の耳に声が響く。よく知っている、しかし久しく聞かないしわがれた声だ。それはもう二度と聞けないと思っていた声。そう既にこの世を去っている人物のものだ。二度と帰れぬ望郷の念に駆られ、涙腺が緩む。本来なら訝しむものだが、彼の辟易として枯れた花のように萎えしぼんだ心は、猜疑の念が働かない。声の主を反芻するより早く、振り向く。
「父上……えっ、いや、何だよこれ? 凪、守!? 恪次さんに平正さんっ! 岸辺のじっちゃん……皆」
目線の先には、故郷で親しくしてくれた人々が、猥雑に並んでいる様があった。100以上居る人々は、皆見覚えのある者達だ。