複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く 2話【終】メンバー急募中! ( No.58 )
日時: 2018/01/30 20:20
名前: noisy ◆7lGlqurDTM (ID: eldbtQ7Y)

第三話『Unforgiven』

 彼は蹂躙せし者である。
 呻きと血の泡を吐き悶え苦しむ陰陽師の目に指を突っ込み、陰陽師を引き摺りながら彼は言葉一つ発する事なく歩み続けている。血の滴が点々と地面に伝い、巨大な槍の穂先が引き摺られ血痕を掻き、乱していく。悲鳴が耳障りなのか、眼窩へと更に指を突き入れ、陰陽師の身体を持ち上げると自重で指が更に深々と突き刺さり、妙な痙攣をしながら物言わぬ屍となるのだった。そうして、その蹂躙せし者は漸く訪れた平静に安堵を抱いたようで、短く溜息を吐いた。
 遂に動かなくなったその死体、それを放り込んだその先には複数の陰陽師の死体が転がっていた。ある者は槍で首を刺し貫かれ、ある者は首から先が失われ、肉の中に白い骨を晒している。またある者は胸を潰され、大きく凹んでいた。皆が皆一様に血に塗れている。あ、と吐く間もなく死したようだ。骸の群れの中、一人何を思う訳でもなく勝利したという事実すら興味なさ気にその者は槍の穂先を死体の群れへと向けた。

「首の一つでも返してやるかあ」

 伸ばされた穂先が先ほどまで引き摺られていた目を潰された陰陽師の首元へと伸びていく。ぷつりと皮膚を裂き、肉を越え血管へ届くと血が湧き出てくる。その様子に口角を吊り上げながら、少しずつ少しずつ肉を切り裂いていくのだ。骨へと届くなり穂先を突き入れ、その者はせせら笑う。勝てない者に何故、こうも人間は向かってくるのか、と。無謀は無価値、無理は死を招くのだ。敵意を持ち己の支配地域へ侵入した段階で無謀で無理なのだ、と。



 搭の支配地域へと威力偵察を行った陰陽師の小隊から連絡が途絶する事の半日。生存は絶望的であると判断され、陰陽連内部では四天王を召集していた。長机の手前側、向かい合うようにして阿部晴貞と檜扇祝幻。その隣には土御門仁親。その向かい側には火坂部アヤネの姿があった。彼等の頭目である安部時峰の姿はない。恐らくは晴貞から事後報告を受け、それで済ませるつもりだろう。それほどまでに四天王という存在は信頼を寄せられているのだ。

「俺の配下のため、迷惑を掛ける。先に詫びておこう」
「良いって事さー。それよりも搭をどうやって討つか、そもそも討てるのか。兵力を割いた場合の守備は。自身を陽動として、配下の主力を差し向ける。如何にも奴さんがやりそうな事だよ。あっちなんてうち等のやり口熟知してるでしょ」

 仁親の詫びを流し、晴貞はやや間延びした声で議題を投げ掛けてくる。祝幻は内心気が気では無かった。千里を泳がせている事実を見透かされているのではないだろうか、と。晴貞の言葉には含みがあるように感じられたからだ。搭は倒せないが仕掛けない限り問題ない。この結論は何十年も前に導き出されており、何故搭がこのタイミングで攻め寄るかという疑問が上がった際に疑惑を投げ掛けられかねない。晴貞の黄色の瞳がじろりと一同を見回している最中、一瞬だけ祝幻で視線が止まり、彼女は含みのある笑みを湛え席へと戻る。

「……今回、塔との衝突に至った経緯を説明させてもらう。その上で各々の判断を問いたい。奴の支配域近辺にて、不穏分子の存在が確認された故、それらの追跡をさせていた。……人間、妖怪、不穏分子。分水嶺を僅かでも越えたならば血を流しかねない任務であった。越境し、攻撃の一つでも察知されたならば全面的な抗争となる事も承知の上でだ。そんな状況下、彼等は越境に気付けずに居たようでな。……恐らくは高度な幻術だろう、地形を偽造し、地理情報も何もかも捻じ曲げられていた。塔の領内を我が物顔で歩いていたのだ、そこに現れていたのは迎撃に現れた塔。結果は成す術もなく、という話だ」
「不穏分子? 私には何も聞かされていない、どういう事?」

 仁親の説明に噛み付くアヤネであったが、彼は口を閉ざし語ろうともしない。アヤネの傍ら、琥珀色の瞳が彼女をじいっと見つめ、知りたいか? というような顔をしながら嗤っている。祝幻にはその晴貞の様子が気に入らず、まるで彼女の手の平の上で踊らされているかのような錯覚を覚えた。

「俺の独断だ、一応言っておくが越権行為でも何でもない。なぁ、祝幻」

 居直ったような物言いでアヤネをあしらい、彼は祝幻を見据えながら問いかける。斜め向かい、琥珀色の瞳が愉快そうに祝幻を見遣り笑っている。笑顔などなく、腹の底でくつくつとだ。

「……越権行為ではないぜ、俺らにはそれなりの権限ってもんがあるからな」
「権限ねぇ……、あぁいや。こっちの話。兎に角、私は塔討伐を急ぐべきだと思うけどね、交戦期間、睨み合いが長引けば長引く程に内通、間諜、この類の毒を洗わなければ成らなくなる。そうなったら後手に回る、妖怪は人間よりも強大というものだよ」

 黄金の瞳がさぞ愉快そうに細められている。その細められた隙間が祝幻を見据えていた。彼女が意味もなく、人を見たりする悪癖は今に始まった事ではない。居心地の悪さこそ在れど、気にする事でもない。

「俺も討伐には賛成だ。弔い合戦ではないが奴の支配域を狭めねば成るまい、本当に討たなければならない者を見失う訳には行かんのだ」
「私はどっちでも良い、勝手に動いて今みたいな事になった訳でしょ。話としては本当に面白くないから」

 仁親は討伐派、アヤネは中立を保つ。口ぶりから取るに晴貞は討伐を推す事だろう。既に出来レースのような状況に祝幻は不快感を抱き、顔を顰めた。仮に塔が討たれるような事があったなら、千里の立場は勿論の事ながら自身の身すら危うくなる。既に流された情報、内通の事実、そしてそれを許容したという罪。こればかりは幻術を用いたとしても隠しようのない事柄なのだ。

「そうだな……、俺は反対だ」

 浅ましい保身だとは分かっている。黄金色の瞳を細め、さぞ愉快そうに肩を震わせて笑っている白い半妖が憎らしいものに見えた。見透かされているのではないか、という不安がまた去来し、奥歯を噛み締めて晴貞を見据えた。口の中が乾き、どこか息苦しく感じられた。

「晴貞、何が面白いんだ」
「いやあ、君は情に薄いねえって。末端の人間といえども死んだのは仲間だよ? だってのにそれはあんまりでしょう」

 半分妖怪の分際で人の情を語る、それが祝幻からしてみると不愉快だった。全てを見透かしているかのような口ぶり、人を不快にさせる事に長けた厭らしい半妖。奇人、変人その類が何を語るか。と憤りを感じ、握り締めた拳が僅かに震える。

「……祝幻、そう猛るな。今に始まった事ではないだろう? 俺は晴貞と同じ意見だが、お前を薄情だとか思ったりはせんよ。落ち着いてくれ。なぁ?」

 宥めてくる仁親をきっと睨みつけてしまったが、彼は静かに笑みを湛えていていた。敵わない、と少し惨めな気持ちにこそなりはしたが、戻りつつある冷静に背を推され、はあと溜息を吐く。

「分かった、分かった。やる、やるさ。何人出すんだ? 兵は、どれだけ必要だ」
「本当にすまないな、主力はあくまで俺の配下から出す。お前はそもそも争いたくないのだろう? 少しだけで良い、何なら後方で兵站を担ってくれるだけでも構わない。体裁を保つだけで良い」
「……それで良いのか?」
「あぁ、構わないよ。晴貞、お前はいつも通りだろう?」
「勿論、露払い。雑魚を喰い散らかすだけの話だからね、アヤネはどうする? また私のお守りでもするかい?」
「遠慮しとく。ろくな事にならないし。私は私だけで行くよ。下に被害だしたくないしさ、此処の守りも必要でしょ」
 そうかそうか、と仁親は少しだけ嬉しそうに頷いていた。顔も知らない者達のために仲間が動いてくれるのが嬉しくてたまらないのだ。その場での口約束であったが、皆には立場がある。だからこそ二言はなく、それだけで良いのだ。

「じゃ時峰に話つけとくよ、兵を動かすってね!」

 やけに張り切った晴貞が席から発ち、あと吐く間もなく外へと出て行ってしまった。その背を見送りながら随分と気安いな、と仁親は笑っていた。

「仁親、今度から気をつけてよ。言えない事じゃないんだし」
「それはすまなかったな、今度から気をつけるとしよう。祝幻! お前にも無理を押し付けてしまったようですまなかった、今度埋め合わせをしたい、予定を空けておいてくれ。頼むぞ」

 四天王の中では外見的には最年長である、そんな彼がそうやって怒られながらも笑っていると、どうもそれが父親のようで心なしか長英と重なって見えてしまう事も多々。今もそうで、苦言を呈する気を削がれて薄ら笑いをするしかなくなってしまうのだった。