複雑・ファジー小説

Re: (合作)闇に嘯く 1−4更新 ( No.7 )
日時: 2015/06/11 22:05
名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: O/vit.nk)


 相手にするのも馬鹿馬鹿しくなって、潮は、千里から月へと視線を移した。囮捜査を始めた頃に比べれば、月は幾分か西に傾いている。

(確かに、何かが起こる様子はない、か……)

 千里や琴葉の言う通り、監視は鷹の目に任せて、自分等は明日以降に備えて休むべきだったろうか。そんな思いが湧いてきて、潮は目線を空から下げた。
 囮捜査を強引に押し進めてきた以上、今更「やはり今夜は様子見にするか」とは言いづらかったが、そんな私情で任務効率を下げるわけにはいかない。
 潮は、千里の方に振り返ると、口を開いた。

「……念のため、見回っていない森の方を鷹の目で視(み)て、それで異常がないようなら、我々も──」

 休むか、と言いかけて、潮は口を閉じた。その場に、千里がいなかったからだ。

(あいつ、どこいったんだ……?)

 不審に思って、辺りを見回してみるが、やはり千里の姿は見当たらない。立ち去る気配はなかったし、そもそも、あの流れで姿を消すというのは不自然な話である。

(……いや、千里なら有り得るか)

 少し考えてみて、この結論に至ると、千里がいなくなったことへの不信感より、千里のいい加減さに対する苛立ちの方が勝ってきた。
 千里は、基本的に愛想良くしてはいるが、元来かなり身勝手な男だ。場の空気など考えずに、ふらりとどこかへ行ってしまったのかもしれない。

 そんなことをつらつらと考えていると、一瞬、大気が揺れて、潮ははっと顔をあげた。見上げた夜空に、ぱんっと小さく火花が散る。

(──火矢!)

 思うより先に、潮は地面を蹴った。火矢が上がった地点との距離を目測しながら、全速力で走っていく。そして、ちょうど目的の地点に到着したとき。潮の目に、地面に仰向けに倒された琴葉の姿が映った。その腹の上には、人影のようなものが覆い被さるように佇んでいる。
 建物の影に紛れていて、はっきりとはしなかったが、その人影の手が琴葉の首に伸びていることを悟ると、次の瞬間、潮の瞳に鈍い緋色が宿った。

「この……っ」

 仕込んでいた短剣を抜き、抜刀した勢いそのままに、怒涛の勢いで人影に迫る。

「失せろ、化物──!」

 まるで閃光のごとくひらめいた刃は、しかし、人影が素早く後ろに跳んだことで、大気を切り裂いた。
 琴葉を背後に庇うように立つと、潮はその人影と対峙した。人影は、様子を伺うように、じっとこちらを見つめている。

「琴葉、無事か!」

 そう呼び掛けると、咳き込みながら琴葉が小さく頷いた。どうやら、首を絞められていただけで、他に大きな傷は負っていないようだ。
 それを確認すると、潮は再度人影を見やって、ぐっと目を凝らした。人の形をしてはいるようだが、その姿形は不明瞭である。