複雑・ファジー小説
- Re: (合作)闇に嘯く 1−7更新 ( No.9 )
- 日時: 2015/06/14 23:28
- 名前: 狐 ◆4K2rIREHbE (ID: O/vit.nk)
琴葉が、悔しげに唇を噛んだ。
「……早いといっても、人と変わらないくらいの大きさはあったわ。私が油断していなければ、捕らえられたのに……」
潮は、琴葉を見て溜め息をついた。
「全くだ。お前、見回ってたのに何をしていたんだ。奴の気配に気づかなかったのか?」
潮が言うと、琴葉が少しむっとしたように、眉を寄せた。
「仕方ないじゃない、火矢を上げるのが精一杯だったのよ。潮くんが、急に背後から抱き付いてきたりするから……」
「……!?」
琴葉の衝撃的な発言に、潮の顔が真っ青になった。その傍ら、千里がにやりと笑う。
「潮、お前……女には興味なしみたいな顔してる癖に、そんなことしたのか。意外と大胆だな」
「ばっ、馬鹿か! 俺がそんなことするわけないだろう!」
「いいえ、あれは確かに潮くんだったわ」
「お前、気持ちは分かるが、檜扇家のお嬢様に手を出すのはやめておけよ」
「ふざけるな! 俺はやってない!」
身に覚えのない罪を着せられて、潮は必死になって弁明した。だが、その主張を2人は聞こうとしない。千里に至っては、どこか楽しんでいる様子である。
潮は、千里を指さして叫んだ。
「大体、千里! お前は火矢が上がる直前まで、俺と一緒にいただろう! 俺がそんな、琴葉に何かする時間なんてなかったと分かって──」
「は? 俺はずっと一人だったぜ?」
きょとんとした様子で言い返してきた千里に、潮は眉を潜めた。そんなはずはない、確かに一緒にいたはずだと言い聞かせて、先程までの出来事を思い出す。
千里は、黙り込んだ潮を訝(いぶか)しげに見つめた。
「俺は、囮捜査を始めてから、お前にも琴葉にも会っていない。ちょいちょい鷹の目で森の方を視たりはしていたが、あとはずーっと単独でぶらぶらしてたからな」
「…………」
千里は、珍しく真剣な表情を浮かべて言った。どうやら、冗談ではなさそうだ。
そんな彼を一瞥して、潮は考え込んだ。そして、やがて顔をあげると、千里の顔をじっと見つめながら言った。
「……千里、例えばの話だ。俺が、今回の任務をひとまず保留にして、一度陰陽寮に戻って、計画を練り直すべきだ、と言ったら、どうする?」
潮の発言に、千里は驚いたように目を見開いた。
「どうするって……まあ、俺は、別に構わねえけど……。ただ、製鉄所のお偉いさん達が、急いで解決してくれって言ってるんだろ? それを無視したとなると、それはそれで後々面倒が起きるだろ。お前だって、それで焦ってたんじゃねえの」
千里の答えを聞いた途端、潮の中にとある確信と、怒りがこみ上げてきた。
火矢が上がる前──この場所に来る以前に潮と話していた千里は、確かに此度の依頼が緊急の任務であることを知らなかった。しかし、今話している千里は、任務が急ぎであると知っている。すなわち、前者の千里と後者の千里は、別物というわけだ。
「……してやられた……」
潮は、ぐっと拳に力を入れた。
よく考えてみれば、あの時の千里はおかしかったのだ。突然消えたのも不自然だったし、そもそも千里は、見かけたからといって声をかけてくるほど、潮と仲が良いわけでもない。なぜ気づかなかったのかと思うと、迂闊だった自分に腹が立った。