複雑・ファジー小説
- Re: そして蝋燭は消えた。【短編集】 ( No.11 )
- 日時: 2015/05/21 06:35
- 名前: 橘ゆづ ◆1FiohFISAk (ID: Ft4.l7ID)
(11)潔癖少女の末路
汚い表現注意。
けたたましい警報器の鳴る音。我先にと人を押し倒し玄関へ向かう全児童たち。
教師たちはいきなりの火事に対処が出来ていない。人間、死ぬとなると誰よりもかわいいのは自分だ。
大人という体格で児童を退けて走っていく姿は何者よりも醜かった。
トイレに閉じ込められた少女は煙にむせ混みながら、何処か他人事ように今の悲劇的な出来事を考えていた。
体には無数の刺し傷とかすり傷、頭から水を被せられたのか水滴が髪と頬をつたっている。
少女は虚ろな目で目の前のトイレの扉を見る。
トイレの外はもう火が回っていた。
逃げようにも出口はホウキとガムテープで塞がれているし、それに玄関前はとっくに火が回って、全員が外に避難している頃だろう。
「悔しいなぁ。今まで生きてきたのはなんだったんだろう。苦しいなぁ、寂しいなぁ、酷いなぁ、憎いなぁ、殺したいなぁ、けほっ、……穢い、なぁ!」
最後の一言を呟くと、少女はびしょ濡れになっていたカーディガンで手を拭い出す。
摩擦で手の皮は剥がれ、血が出てきてるというのに少女は擦るのをやめない。白魚のような美しい手が、やがて醜くなっていく。
顔はまさに鬼の形相で、手が憎いとでも言うように擦ることをやめない。
火花が音を立てて扉を壊そうとしているのに、少女は目もくれなかった。
「ああああああああああああああああああああああああ!! 汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚い汚いこれのせいだこれが汚いから私が虐められるんだなんで私が死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない生きたくない逝きたくない!」
泣きながら自分を否定する姿は、何とも痛ましかった。
泣き叫び、そのたびに煙を吸って肺を壊していく。
顔が煙のせいで黒く染まり、手が痺れて動かせなくなって、はじめて少女は止まった。
カーディガンを放って、汚いトイレの床に体を預ける。
もう、座る気力すら無かった。
なぜ自分が虐められる。汚いのか。汚いのが、原因か。
嗚呼、そうか。
来る日も来る日も少女は手を足を体を、痛いほど強く洗った。
でも、虐めは止まない。
少女は分かってしまった。
汚いのは、自分だと。自分の心だと。
死に値する、死ぬべき存在。それが自分だ、と。
「死にたくないよう。死にたくないよう。おかーさ、ぇほっ、ぉえええ、うえ、おえぇえ、ぇおっ、うぐ、う、ぅうぅ! げほっ、こほっ、っは、たす、けて、……。」
咽び泣き、顔を鼻水と涙と煙に汚くした少女は確かに醜かった。
口からは体が有害物質を拒絶したせいか、汚い吐瀉物が出ている。
片目を閉じて、血を流して、汚い少女。
だが、生きたいと。
そう初めて願って、少女は一心の思いで手をすがらせる。
そこに、人などいないのに。
「生きたいよ、生きたい! おねがい、だれか、だれか、だれでもいい、ねぇ、ぉえっ、ぉえええっ、げ、ほ、ぅ、う、ぅぅ!! ねぇ!誰か! 誰か!」
すがっても、どんなに喚いても誰も助けてはくれない。
このまま、少女は意識を失って焼かれ、悔やみを残しての垂れ死んでいくのだろう。
悔やんで、憎くて、生きたくても逝けない。
「いたい、あつい、いた、あつい、しにたくない、やだ、しにたくない、あつい、あつい、いたい、いたい、いたい、」
喘ぐように最後に少女は呟いて、目を閉じた。
そして、どこかで彼岸花が咲いた。
(潔癖少女の末路)
end。