複雑・ファジー小説

Re: そして蝋燭は消えた。【短編集】 ( No.8 )
日時: 2015/05/21 06:39
名前: 橘ゆづ ◆1FiohFISAk (ID: Ft4.l7ID)

(6)1蜜の世界
匂わす描写、汚い描写があるので注意

青年視点。


 俺が働いている場所。
大人の世界、未知なる聖地。
性欲真っ盛りの中高生なら一度は憧れるであろう、「ラブホテル」。
俺もあの時は憧れていた。否、神は俺に優しくはないので働いてはいるが使ってはない。
 そんな俺は今日も今日とて深夜と朝の境目に働き出す。
夜は泊まる客が多いから、受付にはおばちゃん一人いれば十分だ。
ちなみに俺はコミュ障なので受付はやらない。清掃だけだ。

 うたた寝をしている受付のおばちゃんに小さな声でお疲れさまです、と言って用具室へと歩を速める。
用具室から業務用の掃除機を出しながら、ぼんやりと長い廊下を見つめた。

 やはりラブホテル、という場所なので、やはり色々なお客様がいる。
お客様が人間とは限らないし、怖かったり、悲しかったり、不思議なこともあった。
過去に犯罪もあったし、ヤのつく家業の人が来たりもする。
 今日は、掃除でもしながらでもそのことを話そうか。


 腕捲りをして、掃除機を持った。
これが業務用のなので意外と重かったりする。
だが夜なので音を立てるわけにもいかない。
せっかくの性夜なのに、掃除機を持ち出す音でそれが冷めてしまうとものすごく申し訳ないし、ムードだってぶち壊しだろう。
なので、足音にも気を付けるのがオーナーのモットーだ。
 抜き足差し足忍び足、とまではいかないが極力足音を立てない。
そのせいで家では妹から驚かれることもしばしばだ。
まぁ、板についてきたと思ってポジティブに受け取ろう。

 早く、尚且つ清潔に。見映えよく綺麗に。
妹に「掃除が上手になったねぇ」と褒められることも多くなった。
そういうところでは、ホテルで仕事というものはいい。
そして清掃仲間のおばちゃんたちも元々ちゃんとしたホテルで働いていた人たちだから、完璧な掃除なんて朝飯前だ。
だけど、出来るだけ湯沸しポットとポンプ式のシャンプー、リンスーは避けた方がいい。
俺たちでも見つけにくいし、悪戯されやすいから。


 もくもくとそんなことを考えている間に、扉の前に立っていた。
鍵を取り出して鍵穴に差し込み、ドアを開ける。


「オー……。」


 部屋の酷さに、思わず外人のごとく呟いてしまった。
いやはや、これはひどい。
撒き散らされている吐瀉物に、ベッドにこびりついた男の白濁。
昨日の昼間はどうやらお盛んだったようだ。
 「305号室は酷いわよお。ユアサくん、一人で大丈夫?」とおばちゃんに聞かれ、はい!と快く承諾してしまった五分前の自分を殴りたい。今すぐに。
305号室に入るお客様は周一には利用する常連さんなので、強いことは言えないらしい。
お客様の性を詮索する必要はない。
無心で手を動かした。

 そういう汚いプレイをする客は少なくはない。
確かに家でするには難しいだろうし、後始末も大変だ。

 ちなみにラブホに泊まる時は一人でも大歓迎だったりする。
最近、遠慮する若者が多い。泊まればいいのに。
その方が掃除も少なくていいし、ラブホなら下手なビジネスホテルより安いのでお財布にも優しい。いいことだらけだ。

 というわけでホテルに困ったら泊まってくれ。
うちにはないが、女子会割りがつくラブホもある。
欠点と言えば、喘ぎ声とベッドのきしむ音が耳につくけれど。
気にしない人ならばいいだろう。だけど盗聴は犯罪です。
法的ルールを守ってみんなでラブホに泊まろうぜ!
「ホテルクレイジーピエロ」をよろしくな!

 等と「くっだらねぇ」と妹に嘲笑されそうな内容を考えながら、アルコールスプレーを浴槽に吹き掛けた。
浴槽には吐瀉物に血。ベッドと同じような感じだ。
 溢れそうになるため息を飲み込んで、タオルで汚れを拭い取った。
あ、そういえばシャンプーやリンスーに悪戯ってのは、白濁液を入れられるってこだ。そういうことして楽しむ客がいるからな。気を付けろよ。
湯沸かしポットも似たようなもんだ。
 どっこいしょ、とおっさんのように呟きながらシャワーを手に取る。
水をかけようとした瞬間、きらりと水に反射して光るものが視界に写った。
多分、連れの女性が忘れていった指輪だろう。よく忘れていくそうだ。
俺はその指輪を排水溝から救いだし、ハンカチで包んで拾ってポケットに押し込む。
おばちゃんから指輪のことも聞かされている。抜かりはない。
そしてタオルでまた拭きあげて、浴場をあとにした。



(1蜜の世界)
続く。
この物語はフィクションであり、実在の人物、団体とは一切関係ございません。クレイジーピエロなんて存在しません。