複雑・ファジー小説

Re: そして蝋燭は消えた。【短編集】 ( No.9 )
日時: 2015/05/21 06:41
名前: 橘ゆづ ◆1FiohFISAk (ID: Ft4.l7ID)

(7)終 蜜の世界


 ふぅ、と汗を袖で拭いて、ベッドの上に仁王立ちする。
ここからは無心だ。もう汚さなど考えない。
そう。俺は今──地蔵なのだ……。観音様でもありだ。
とにかくアレだ。無だ、無。
ふはは、今の俺は無敵であるってな。やかましいわ!


 次は色々なお客様のこと。
まず援助交際は制服でない限り、うちの店では無視だ。
証拠もないのに警察を呼んでも逆に俺たちが注意される。
ついでに俺の店はあからさまな未成年は通報ではなく、帰ってもらう方だ。
店によっては通報するところもあるから気を付けろよ。
ラブホは18歳から、だからな!
 同性愛も後片付け的に拒否する店もあるが、ほとんどの店は気にしないから。
だからどんどんいらっしゃい。

 俺がこのラブホを勤めてきてビックリしたのはおばさんと中学生くらいの男の子二人で来たときだ。
六十歳くらいのおばさんと、華奢なお坊ちゃんっぽい少年。
なんともいえないコントラストで、でも言いがかりで警察を呼びつけるわけにもいかないからスルーしてたが、驚いたのはその後だ。
 時間になりフロアに帰ってくる少年にお姫様だっこされたおばさん。
少年はもう賢者タイムに入っていた。
おお、と声に出してしまったことは内緒である。
 そして備え付けのコンドームは使っていないのに、ティッシュはゴミ箱にいれていたということは生だ。生。

 あれは繁華街の闇、というか人間性の闇を実体化した人たちだったと思う。
おばちゃんたちは「絶対、教師と生徒よ」と話していたが、もしも親子だとすると……と更に闇を深くする妄想をしていたのは秘密。


 うんうんと独りでにうなづき、ベッドの下に散らばった避妊具をごみ袋にいれてシーツを回収する。
新しいシーツをベッドに付け替えて、タオルも回収した。


 経験したなかで一番怖かったのは、浮気バレだったりする。
ある日、三日連続で宿泊している珍しいカップルがいた。
その三日目に客じゃない女性から「あの、ホテルに旦那がいると思うんですけど……車を確認しにいってもいいですか?」と電話があった。
 事情がよくわからないので話を聞くと「他県に出張中の旦那が何故かここのホテルにいるんです。実は浮気を疑っていて、素行調査をあらかじめ行っていました。確認をとりたいのですが」とのこと。
当然、慌てるうちのスタッフ。
清掃に来てた俺も目を白黒とさせた。

 法律には詳しくないが、多分守秘義務とかで確認させることは出来ないという結論に至った。
が、あまりに悲痛そうな女性にオーナーが「ホテル側としてはそれを了承することはできないのですが、幸か不幸か疑いのかけられてる車はホテルに近寄れば外から確認できる位置にあるので、お客様が勝手に見られる分にはどうぞ……」と打開策を講じた。
 お礼を言って、もちろん見に来る奥様。
確認する奥様。静かに激怒する奥様。
そして鬼と化した奥様はホテルへと走り出した。
スタッフたちの制止を振りきり、廊下で大声で泣き叫びはじめる。


「でてこおおおおい!!!!タカノブぅぅぅぅづづ!!!!許さねぇぞっっっづヴ!!!タカノブおまえぇっづぐヴ、ぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 嗚咽混じりにタカノブへ叫ぶ奥様。そしてそれでも出てこないタカノブ。
このままではいけない、とオーナーがタカノブの部屋を把握していたので電話。
直接話しあうことにしてもらったものの、やっと出てきたタカノブの顔を見た途端、奥様はタカノブに飛びかかって爪で引っ掻くは殴るは蹴るはで話すどころじゃない。
浮気相手と思われる女性は「私だけって言ったじゃない!このクソ男!」奥様と同じようにタカノブに飛びかかっている。
なんとも自業自得だが哀れなタカノブ。
 とりあえずお金だけ払って貰い、外に出して近所の緑地で殺りあってもらうった。
あの時の奥様と浮気相手の顔を思い出すだけで恐ろしい。
浮気ダメ、絶対。


 窓を拭きながら思い出して、背筋を震わせる。ああ恐い恐い。
拭き終わったら次に床を拭いて、雑巾をバケツに放る。
つん、とした吐瀉物の臭いが鼻についた。


 うちは近くに居酒屋などが揃ってないのでないが、都会とかでは準強姦があるらしい。朝になって窓から飛び降りようとした女性もいたんだから、気を付けような。
ついでに監視カメラとか本当に無い。マジだ。そもそもプライバシー侵害だろうし。
だから疑いのあるところに何でもかんでもガムテープ貼るのやめてくれ……。
 露出癖のあるカップルは大変だ。俺的に。
恥ずかしいやら俺が虚しいやら悲しいやらでもう見てられない。
やめてくれ。これもついでにやめてくれ。

 そしてヤのつく家業の皆さん。
怖いけど凄いチップくれるし多く払ってくれる。
でも凄い怒鳴る。そして顔が顔だから怖い。
近所に組事務所があるのであの人たちは常連なんだけど、なんせ注文が多かった。
 ホテルに入る直前で「前の部屋に泊まらせろ」や、「この部屋落ち着かない。他の部屋に変えろ」とか、「前入った部屋にいれろ」も。
入室してからも朝の四時頃に「腹が減った。寿司屋に出前取れ」と言ってくる勝手ぶりだ。
けどやっばりチップくれるし、常連さんなのでこれが途絶えるのは店としてもいたい。
なのでみんな目をつぶっている。


 掃除機をかけて、最後に部屋を見渡しうなづく。
扉を閉めて、鍵をかけた。
また掃除機を引きずらないようにして持ち上げる。
窓からは日が差していた。もう、朝か。
あくびをして、体を引き締める。よし。今日も頑張る。
耳に誰かの喘ぎ声が響いた。
おお、朝からお盛んなもんだ。
さて、フロントに戻ろう。おばちゃんたちが待っている。



 さて、ここまで読んでくれたみんな。
俺が話せるのはここまでだ。
ラブホはけっこうキツいが、意外と楽しかったりするぞ。
おばちゃんたちも優しいし、色んな人がいるから同じ境遇の人もいるかもしれない。
知らないことを知れたりするし、人間の穢さも闇も垣間見れる。
高収入なところもあるから、探してみるといい。
ぜひ一度、働いてみて。
 じゃあ、この辺で。
ちなみに俺の名前はユアサタカシだ。
この蜜の世界であったら挨拶してくれ。
また会おう。では。


(終 蜜の世界)
end。

この物語はフィクションであり実在の人物、団体とは一切関係ございません。
クレイジーピエロなんて存在しません。

橘ゆづ