複雑・ファジー小説

Re: 白語り 〜瑠璃〜 ( No.17 )
日時: 2015/09/21 08:19
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: IHxLpbu0)

「まぁ王と言っても、身分の高さで言えば町内会長ぐらいじゃがな。命無き モノに霊魂や怪異の類(たぐい)が取り付いた付喪神、九十九神とも呼ばれる連中が楽しく暮らせるように色々やっとる」
 淡々と自己紹介を済ませた少年改め塵塚怪王に千里は首を傾げる。
「町内会長さん。……手品師?」
「手品師じゃなくて、よーかい」
「よっかいさん?」
「うんうん、妖怪さんだ。あ〜まぁ塵塚怪王じゃ長いじゃろうし。好きに呼んでいいぞ」
 と、なかなかフランクな口調で続ける怪王に千里はしばらく「うむむむ……」と悩んだ末、何か思いついたのかカッっと目を見開いた。
「じゃ千里、ジジ塚って呼ぶ!」

「……へ?」
 本気の『へ』だった。
予想外を通り越して、読み取り不可能なレベルの衝撃に白目を剥く怪王に対し、千里はまるで面白いモノを見つけた子供のように坦々と理由を述べた。
「だって見ると千里と同い年ぐらいなのに。なんかオジサンくさい」
 その言葉にふたたび現世に舞い戻ってきたのか、意識を取り戻した怪王が恐る恐る突っ込む。
「——いや……待て。ワシ、そんなに年寄り臭」
「ジジ塚。そんなところに立ってないでテーブルに座る!」
 が、そんなことなんて聞いちゃいないとばかりにいつの間にか背後に回り込んでいた千里によって、怪王は「……まぁ。お前がそう呼びたいならいいんだが……うん」と言いながら引きずられ「ここ座る」と引かれた椅子に腰掛けた。
 すかさず千里も反対側の椅子に飛び乗る。そのいつもの千里らしからぬ行動から察するに興奮しているようだ。
「ねぇねぇ! 今日は千里のうちに遊びに来た?」
 さっきまでとは打って変わって早口でまくし立てる千里。
「……いや。まぁ、そうと言えなくもないような感じではあるが——」
 そんな千里に若干押され気味の怪王は何か言いたいことがあるのか、お茶を濁すような受け答えをするも、対する千里はそんなことなどつゆ知らず、その言葉を鵜呑みにしてにかーっと笑う。
「ホント!? うちに来るの、和人ぐらいだからすごく嬉しい!!」
 

「そう……。なの、か……」
 曇り一つ無い、無邪気な笑顔。何も知らない人間が見れば和み、和人が見れば赤面するその笑顔に、しかし怪王は発した言葉とのギャップに震える。
 それでもあくまで冷静を装う気なのか絶句した数秒後に「……あぁ。そりゃぁ、よかったな」とわけの分からぬ言葉を呟いて誤魔化す怪王。
 だが、もとよりそんな反応など気にしていない千里は「ちょっと待っててね。食器洗わないと……」と言って席を立つと、流し台でまた食器を洗い始めた。

「…………」
 無言で千里の姿を眺める怪王。
さっきまでのフランクさはどこへやら、どこか悲しげな——それでいて人が畏怖嫌厭する妖かしの目を向ける彼はしばらく無言を貫いていたが、何か決心をしたのか右手をギッと力強く握ると、鼻歌を歌っている千里にこう切り出した。
じつを、言うとな……」
「……うん」
「今日はお前に頼みごとがあって来たんだ」
 意味が理解できなかったのかしばらく間を置いて千里が返す。
「頼みごと……って、お願い?」「そうそう」
 という相槌を打つような小気味良い一連の会話の中で元のフランクさを取り戻した怪王は突然『ニヤリ』と笑ったかと思うと意味ありげに顔の前で腕を組み、千里にこう尋ねた。

「お前。使い古された文房具とか本棚とか……そういう“モノ”と会話ができるじゃろ?」

Re: 白語り 〜瑠璃〜 ( No.18 )
日時: 2015/10/02 21:05
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: i33vcyQr)

 カチャンっと、洗い物をしていた千里の手から食器がこぼれ落ちる。
目を見開き固まる千里を、しかし怪王は満足そうな顔で眺めながら続けた。
「隠さなくてもよい。今までワシが口にしていたのは付喪神の言葉。一般人には絶対に理解できない信号。……つまりワシと自然に会話しているということは、お前が付喪神と会話することができるという証明に他ならん!」
「え…え……え?」
 背後からビシィっと人差し指を突きつけられ、落としたお皿も拾わずに困惑する千里。対する怪王は「……決まったな」的な優越に浸っているのか、ニヤニヤとほくそ笑む。
そんな状況がしばらく続いたのち、ついに困惑していた千里が口を開いた。
「普通の人ってエンピツとお喋りしたりできないの!?」

「常識的に考えて不可能じゃろオイ!」
 衝撃のあまり思いっきりテーブルを叩いて立ち上がる怪王。
「いやいや。待たんかお前! 普通ここはほら、驚くなり、ワシと言う存在を崇め奉るなりすることがあるじゃろ!? なぁ!」
 千里の反応が予想外すぎたのか、さらっと本音を吐露する怪王だがそれすらも目の前にいる問題児の眼中には無いのか、しばらく「うむむむ……」と唸ったのち、千里は何事も無かったかのように微笑んだ。
「そっか。普通の人はできないんだ……。千里1つ賢くなった!」
「いや。賢くなったというか…………あぁ。もうよい!」
 妖怪より奇っ怪な相手に振り回され、ついにどうでもよくなったのか、ふにゃんとテーブルに突っ伏す怪王。

 白髪であることを除けば、夏祭り帰りの高校生にしか見えないそれは、未だにキョトンとしている問題児に行き場のない怒りを覚えながらも顔を伏せたまま続ける。
「お前」「ん?」
「人前でも会話しておるのか? 付喪神と」
 また洗い物を始めたのか、水が流れ落ちる音に混じって千里の声が響く。
「うん。よく話してる」
「…………そうか」
 悲しみも軽蔑も込めず、怪王はただ「そうか」とだけ呟くと、ふてくされていた顔を上げて「話が逸れたな。戻そう」と冷静に前置きをしてから千里に語りかけた。

「単刀直入に言う。お前が持つその才能をワシらのために使ってはくれんか?」
「ヤダ」

Re: 白語り 〜瑠璃〜 ( No.19 )
日時: 2015/10/25 20:49
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: jqkgqXgH)

「…………」
 間髪いれずに飛んできた言葉に脱力し、ふたたび突っ伏す怪王。
もはや言い返す力すら無く絶句する彼に千里はきょとんとした表情で応える。
「だって。ジジ塚見るからに怪しい」
「そこら辺の基準はマトモなんじゃな……お前」
 今まで散々奇想天外な発言しておいて。と悪態を吐きながらそれでも怪王は立ち上がる。

「いや何も平和のために戦ってくれとか、そんな物騒な話じゃなくての? すこーしそこらの付喪神と話してくれればいいだけで——」
「……おばあちゃん。知らない人とは話すな、って」
「いやそれはワシみたいに突然他人が話しかけてきた場合の話であって……って、それ今思い出すことじゃろうか!? ワシが話しかけた時点で思い出すものじゃろそれ!」
「うーん。よく分かんない……。そんなこと言うなら千里にも考えあるよ?」
「な、なんじゃ考えって……まさか脅しか? お前このワシに脅しが通用すると思っ——」
「おまわりさん呼ぶ」「うん。ちょっと待たんか」
 言い合いの最中(さなか)、今まで強気だった怪王が突然冷や汗をたらしながら千里に詰め寄る。

「……い、一度冷静になれ。な? この家はリサイクルショップでもあるじゃろ? そうすると警察が来たことで、もしかしてもしかすると売り上げとかに影響があるかもしれぬし、そうなると付喪神の居場所が無くなってワシらとしても——」
「うん。分かった分かった」
「いや絶対分かっとらんじゃろお前! 適当に返事しながらスマホ操作すなっ!」
 ついに涙目になりながら千里に飛びかかる怪王。だが千里はひらりと身をかわしながら「えーっと何番だっけ?」とスマホを操作しようとする。が、その瞬間——。
「こんにちはー!」
 突然。千里の頭上から謎の挨拶とともに手が伸びてきたかと思うと、千里の手からスマホをかすめ取った。

「あ……」
 操作中。突如として消えたスマホを目で追った千里は思わず目を見開く。
「あなたが千里ちゃん? ぼっちだっていうからネクラな子かと思ってたケド、けっこうハツラツとしてるんだ……へぇ〜」
 なぜならそこには真っ青にくすんだ目を持つ女の生首が浮かんでいたからである。

Re: 白語り 〜瑠璃〜 ( No.20 )
日時: 2015/10/25 21:22
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: jqkgqXgH)

 否(いな)。よく見ればそれは生首ではなかった。長い髪の先に上下逆さまの顔があり、その上に首、肩、手、体と続いている。つまりは——天井に足をつけた女性が、千里の目の前で上下逆さまにぶら下がっていたのだ。
「あ〜ごめんね、いきなり天井にぶら下がって。……驚いた?」
 笑顔を浮かべつつ、ナゼか『驚いた?』と繰り返しドヤ顔で聞く女性。
対する千里はあまりの恐怖におののく……などということは一切無く、むしろ喜々として微笑み返した。
「ん! 楽しかった」

「…………そう」
 それを見た女性は一瞬だけ無表情に戻り、ひどくつまらなさそうに溜息をこぼした。が、すぐに元の笑顔を浮かべると「うん、そっか。それならよかった」と一方的に話を切ると天井を蹴って地上に降りてきた。

「着地成功。ハナ選手100てーん!」
 陸上部にでも所属していそうな短髪、黒髪。そして1人で盛り上がる馬鹿っぽい言動。
千里の言う通り、明るそうな一面を覗かせる反面。女性はどこか暗い表情と全体が青く変色した右目をグッと動かし、涙ぐみながら地面に伏している怪王へと向き直った。
「……ねぇ。何やってるの?」
「お、おう。ハナ」
 今まで悔しそうに顔を歪めていたくせに女性の顔を見た瞬間、まるで悪夢から冷めたかのようにハッとして冷や汗をかき始める怪王。
「ぐ、ぐっどたいみんぐじゃ……助かったぞ」
「ん?」
「あ……いや。その」
 太陽のような笑顔で辛辣なひとことを浴びせられますます真っ青になる怪王。
謎のピリピリとした空気の中、また唐突に千里が声を上げた。

「ん! なんかいい匂いする!!」

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 ( No.21 )
日時: 2015/11/01 16:23
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: lV1LhWQ7)

「な、何ぃ!?」
 拍子抜けする解答に吹き出しつつ目を丸くする怪王。
一方女性は「あら分かっちゃった?」と得意気に微笑んだかと思うと、今まで後手に隠していたものを千里に向けて差し出した。
「そこのコンビニで買ってきたオリジナルチキンなんだけど食べ——」
「食べぅッ!」

 それは一瞬の出来事だった。
もはや正確に「食べる!」と言うことすら困難なスピードで女性から極めて丁寧にチキンの入った紙袋を強奪……受け取ると、そのまま食器棚に直行。少し大きめのお皿に盛りつけ、気付いた時にはテーブルに着席して手を合わせていた。
「いただきまーす」
「はい。召し上がれー」

「んま……ん、んま」
 とても幸せそうな顔でチキンを頬張る千里。女性はそれを自愛に満ちた表情で見詰めながら「どう? おいしいでしょ?」と声をかける。
「ん!」
「そっかー。あ、自己紹介遅れてごめんなさいね。私の名前は紙代花。ハナって呼んでくれていいよ」
「ご飯くれる、ハナさん。ん、分かった」
「ご飯くれる前提なんだ……まぁいいわ。よかったらあなたの名前も聞かせてもらえる?」
「え…っと、白凪千里。にっくねーむ分かんないけど、和人の友達はちーちゃんって言う」
「白凪千里。中学3年生ね? じゃぁ色々話したいことがあるから、チキン食べながら聞いてもらっていい?」
「ん! ちゃんと聞く!」

 弾む会話。微笑み合う女性こと紙代ハナと千里。
いったい今までのやりとりは何だったんだと言わんばかりに意気投合した2人を、しかし蚊帳の外から不満気に見つめる影。もとい付喪神が居た。
「……なんじゃこの疎外感」
 というか怪王だった。

「なんじゃこの『もう出番終わりですよエキストラさん』的な扱いは……っ」
 自分への扱いが我慢ならないのかプルプルと震える怪王。
「ん、何で震えてるの? ジジ塚」
 そんな怪王を見て、すでに1個目のチキンを胃に放りこんだ千里が首を傾げる。
「ジジ塚? ……あぁ。カイのこと?」
釣られるようにしてハナも同じ方向に首を傾げた。

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 ( No.22 )
日時: 2015/11/04 13:50
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: lV1LhWQ7)

「カイ?」
「怪王だからカイ。……千里ちゃんは?」
「ジジ臭いからジジ塚」
「すごいネーミングセンス」
「ねーみんぐ?」
「面白いってこと」「そっか!」
 片方が猛スピードでチキンを頬張っているとは考えられないほど、流暢に会話する2人。

 はたから見て、全く噛み合っていないのにお互い満足気な表情をしているその状況を見た怪王は、「……あ。これもうワシ必要ないパターン?」と何かを察したのか、ゆっくりと部屋の隅の方に移動して、気配を消し始めてしまった。
 そんな不憫な仲間を温かい目で見守りながら、ハナは苦笑交じりにこう付け加える。
「でも。ああ見えて不審者じゃないから優しくしてあげて」
 特に……今は傷心してるみたいだから。という小さなつぶやきにも千里は黙ってうなずき、ハナと同じように部屋のカドで落ち込んでいる怪王をみつめる。
「ふざけてるように見えてね? 彼も仲間を統率する立場だから色々と大変なの」
「とう、そつ?」
「そ。ああ見てて付喪神の王だから大変なのよ。……今のご時世。付喪神達は百鬼夜行を起こして騒ぐわけにもいかないから、空気がピリピリしてたりしてね?」

「だから千里ちゃんみたいな子に、そういう『モノ』達の相談役になってほしいな〜って。今日はそれをお願いしに来たんだけど。どう? 千里ちゃん。やる気はある?」
「うーん……」
 アゴに手を当て、眠たそうな顔を右手で支えながら考える素振りを見せる千里。
その顔からして深く考え込んでいる様子ではなかったが、彼女なりに色々考えた末。
「ジジ塚はよく分かんないけど……」
「!?」
 なぜか怪王にトドメを刺しながらこう答えた。

「なんかハナさんは優しい気がするから……やってもいい。かも」

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 ( No.23 )
日時: 2015/11/22 20:50
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: lV1LhWQ7)

「優しい……? 私が?」
 本気で言っているの?
無垢な言葉を吐く千里に侮蔑を込めた視線を送りながらそう言うハナ。
「うん。なんか似てる気がするの!」
「……」
 しかしそんな視線がお花畑の脳内まで届くはずもなく、千里はなおも続ける。
「それに、いろんな子と話せるって……楽しいから♪」

「そう……」
 最後まで笑顔で答えた千里に、ハナはただ黙って微笑んだ。
明らかに気まずそうな顔をしているのに、それを無理矢理笑顔でかき消した。
「ね! ね! どんな子がいるの?」
 だがそんなことまで分かるはずのない千里は、まるで新しい場所に連れて行ってもらう幼稚園児のように目を輝かせながら、ハナに質問を投げかけてくる。
 その純粋な目に耐えられなくなったのかハナは千里から視線をズラし、キッチンに茜色の光を差し込ませている窓を指差して、言った。
「それはまた今度。……もう夕方だし、とりあえず今日はこの辺で帰るわ♪」
 
 逃げ切った……。
ひっそりと安堵の溜息を吐きながらハナは千里に視線を戻す。
「えぇ……帰ちゃうの?」
 案の定、やんわりとダダをこねる千里。しかしハナにとってはそれくらい想定済みだったのか、また満面の笑みを作り千里をなだめる。
「うん。……これ以上長居する理由もないし、また明日来るからね」
 ボサボサの髪の毛を撫で、優しい言葉をかける。
それが終わるとハナは床を蹴り、窓から外へと飛び出して行く。

 少なくとも、ハナの中ではそのはずだった……。

「えとね、えと……ちょっと、ちょっと待って!」
 ハナが無言で立ち去ろうとしたその瞬間。突如として千里が叫んだ。
『な……っ!?』
 すでに踵(きびす)を返し、窓へと向かおうとしていたハナ。そして「一件落着だな」と安堵の溜息を密かに吐いていた怪王の視線が、一気に千里へと集まる。
 二人の視線を浴び、千里は一瞬だけ縮こまったものの「すぅ〜はぁ〜」と深呼吸をしてからカッと目を見開くと、そのままの勢いで口を開いた。
「和人言ってたの……! 外国ではトモダチにさようならするとき抱きつく、って。だから……」

「だから。トモダチのしるしだから……ハグしようよ!」

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 ( No.24 )
日時: 2015/11/27 21:00
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: lV1LhWQ7)

「……え?」
 当然、困惑する妖怪2人。じっと千里の顔を見つめその意図を汲み取ろうとするがそんなものなど彼女にあるわけもない。

「お、おぅ……。お安いご用じゃ」
 沈黙から数秒後。困惑すること自体が馬鹿らしくなったのか「まぁそれくらいなら」と怪王が動いた。と同時にハナが怪王を小声で引き止める。
「え。ちょ、ちょっとカイ——」「黙っていろ、ハナ」
「…………」
 が、怪王はなぜかそれを冷たく振り払うと千里の近くに寄り、そのまま後ろから抱きしめた。
「……んっ!」
 すると千里はまるで不意に持ち上げられた猫のようにクセ毛を逆立て、目を見開きジタバタと怪王の拘束から逃れようとし始めた。
「お、おい。どうしたんだ?」
 自分から頼んでおいて何ごとかと怪王が尋ねると、千里は怪王の腕から抜け出しながら声を荒げた。
「カタイッ! ……肌色なのに、鉄でできたお人形さんみたいに冷たいからビックリした!」
「えぇ……? 仕方ないじゃろ。ワシのボデェは廃棄された鉄でできとるんじゃし……」
 冷たかった! 寒かった! 予想と違った!
そう連呼する千里にやれやれと肩をすくめる怪王。
 そんな2人を少し遠巻きに見ながら、ハナはふたたび窓から出ようと——否。逃げようとして……。運悪く千里の視線に入ってしまった。

「それじゃ次はハナさ」「嫌」
 ハナは反射的にそう言った。
何も考えずに口から否定が出た。
「私はイヤ。……嫌よ、気色悪い……っ」
 嫌だという言葉に続いて、本心が口からドロドロと流れ出す。
我慢してきた言葉が……言わないでおこうと思っていた言葉が、不意にこぼれる。

「えー? 何で〜?」
 しかし千里は分からない。
「理由なんてない。何ででも、よ」
そんなことは分からない。
「イヤなんてイヤ! しよーよぉー」
そんな人間を理解しない。どうあがいても理解“できない”。
「……嫌って言ってるのが聞こえないの?」
 それがハナの精神を削り、血の代わりに本音があふれ出す。
それを必死に抑え、抑えているハナになおも千里は無垢な笑顔でこう言った。
「じゃ、じゃ、握手でもいいから! 握手なら簡単でしょ? だって私とハナさんはトモダチだもん!」

 その一言で……。
「…………ぁは♪」
 ハナの理性が完全に吹き飛んだ。

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 ( No.25 )
日時: 2015/12/05 17:30
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: lV1LhWQ7)

 数秒後。
やっとのことで我に返った千里の目には、怪王が映っていた。
細いながらも怪しい出で立ちの彼を見た千里はしかし、すぐにその異変に気付く。

「ジジ塚……? 腕。……右腕、無いよ?」
 彼の、怪王の右腕が切断されていた。
しかし流す血も切られた痛みすらないのか、怪王は千里の言葉などまるで耳に入っていない様子で自分の目の前にいる紙代花をにらみつけた。
「お前……。今、こいつに何をしようとした」
 今までとは明らかに違う、ドスの聞いた声。
「…………」
が、その声を聞いてもなお、ハナ無視を突き通した。

「オイッ!!」
 ついに我慢できなくなったのか、怪王はハナの胸ぐらを勢いよく掴む。
「おい。答えろ。今、何をしようとした……?」
 そのまま睨み殺すか絞め殺す勢いでハナの首を絞める怪王。

 決して声を荒げることなく……まるで何かを警戒するように声を殺して、冷や汗を流し続ける怪王を見てやっとコトの重大さに気が付いたのか、千里は怒っている怪王を止めようと手を延ばす……が届かない。「一体なんで?」と周囲を見渡したところで、千里はやっと自分自身がどうなっているのかに気がついた。

 ついさっき、まばたきをするまで立っていた場所から2メートル近く飛ばされ、千里はひとり床に尻もちをついていたのだ。よく見れば怪王から切り離されたであろう右腕も冷蔵庫の下にゴロンと横たわっている。
だが、千里はその状況を深く考えようとはせず「座ってたのか」とだけ呟くと、すぐにケンカを止めに走った。
「何で? 何で怒ってるの?」

『……っ』
 千里が止めに入ると、途端に2人はバツの悪そうな顔をした。
何かを誤魔化すようにひたすら苦笑いを繰り返す怪王。
何も言わないハナ。
 そのうち、この不可解な空気に耐えられなくなったのか、怪王が愛想笑いを浮かべた口を開く。
「な……なに。これはちょっとした仲違いで、こんなものワシらにとっては」「ヘドが出る」
 恐らく、言い訳だったであろうその文句を怪王が言い切る前に、紙代花はそう言い切った。
 
「え___?」
 一瞬にして、その場の空気が凍る。
今まで困惑の色を一切出してこなかった千里でさえ、見開かれた目でハナを見る。
そんな空気の中でもう一度、ハナはこう言い切った。

「あなたを見てると吐き気がするって言ったのよ千里ちゃん」

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 ( No.26 )
日時: 2015/12/18 21:09
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: lV1LhWQ7)

 軽蔑。
その一言で済んでしまうほど純粋に……ハナは目の前の子供を睨みつける。
「何なのアナタ……生まれたてのロボットか何か? 敵意もない。悪意もない。警戒心すら皆無じゃない……」
 しかしその唇はまるで死神でも目にしたかのように震えていた。
もはや死ぬことすらできぬ身で、バケモノであるハナは震えていた。

「……気色が悪い。近寄らないでよ」
「お前ッ!!」
 放心状態になっていた怪王がハナを黙らせようと手を伸ばす。
が、その手は虚しく空を切り。ハナはいつの間にか開け放たれた窓に手をかけていた。
 急変する自体に焦る怪王は必死にハナを呼び止める。
「待てハナ! まずは落ち——」「本当に、頭がどうにかなりそうよッ!!」
 だが、そんな言葉が今のハナに届くはずもなく。
ハナは窓の外に身を投げだすと、そのまま霧状になって……消えた。

 頭に血が上り、そのまま沸騰(ふっとう)するように消えていったハナ。
そのハナが居なくなった2階に。圧倒的沈黙が訪れる。
「…………」
吐き出す言葉どころか、吐き出す息すら分からなくなるほど混乱する怪王。
「…………」
 ハナに罵詈雑言の限りを尽くされ、うつむいたままの千里。
2人っきりで、そのまま何百年も続くかに思われたその沈黙は、しかし呆気無く破られた。

「あ〜あ。……行っちゃった」

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 ( No.27 )
日時: 2015/12/20 19:44
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: lV1LhWQ7)

 まるで野良猫でも見送ったか如く楽しげに、どこか寂しそうにそんなセリフを口ずさむと美咲は怪王の顔を覗き込む。
「え…? あ、あぁ……」
 唐突すぎる言葉と表情を見られているプレッシャからか、とっさに生返事を返す怪王。
だが続いて千里の口から出た言葉に、怪王は耳を疑った。
「ねぇジジ塚。何でハナさん急に出て行った?」

「……な?」
 たらり、と額を水滴が伝う錯覚。
鉄の体に流れるはずもない冷や汗を錯覚するほどに、狼狽する怪王、
 そんなこと……言わずとも分かるだろう、と見開いた目で必死に訴えかけるも、訴えかけられた子供は不思議そうに首をかしげるともう一度、問いかける。
「……? 何で出て行った?」

「…………」
 今まで、何があっても言葉を返し続けていた怪王が、ついに絶句した。
純粋な目で、純粋に笑う子供。その子供すら知っている怒りを知らない顔に、絶句した。
 しかしその戸惑いすら、恐怖すら目の前の子供には届かないのか、千里はニコニコと無垢に笑うと、怪王を置き去りにしたまま続けた。

「でも、ハナさんとお話できて楽しかった」
 道徳の教科書に書いてあるようなセリフを——。
「ありがとね。ジジ塚」
 子供としては100点満点な笑顔を振りまきながら。

「また来てくれるんでしょ? 待ってるね!」

 数分後。我に帰った怪王が小声で「あぁ……」と呟くまで。
ずっと、ずっと、ずっと。中学3年生の少女は歌うように心地よい言葉を吐き出し続けていた。