複雑・ファジー小説
- Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 ( No.28 )
- 日時: 2015/12/27 17:13
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 0T0BadNT)
◇エピローグ それは始まりの嘘
5月の末、午後2時過ぎ。台所にドーナツが置かれたあの日から遡ること10日。
千里の祖母であり、同時に古道具屋の主人である白凪チヨは1人、カウンターの奥にあるテレビを見ながら茶を啜っていた。
「はぁ。今日も暇だねぇ。客も来ないし……。一度店を閉めて、買い物に行こうか」
バリバリと固いせんべいを齧りながらチヨがそう呟くと、湯のみが揺れる。
「そうかい、そうかい。それならもう少しだけ店番を続けようかね」
リズミカルにカタン、カタンと“誰も触れていないのに”揺れる湯のみをチヨは物憂げに見つめると、まるで誰かと会話しているかのように言葉を返したかと思うと、またテレビに視線を戻す。——その時チリリーンと店の入り口にくくり付けている鈴が鳴る。
来客のようだった。チヨはすぐさまテレビ音声をミュートに切り替えると対応する。
「いらっしゃい。ゆっくり見——」
だが、チヨが言葉を発せたのはそこまでだった。
言葉を発するより前に、おおよそ老人の動きではない速度で——それどころか人間の目には捉えられない速度で、入ってきた客の喉笛に日本刀を突きつけた。
「!!……」
当然驚き、言葉を失う客。それでも客はアゴ下に“真っ赤な”日本刀をかざされたまま、眼球だけでギョロリとチヨを睨む。
「……なにを…しにきたん、だいぃ…ぃぃ?」
しかしチヨはその数倍の怒気をまとわせながら重々しい口を開いたかと思うと、鬼すら怯む怒声を上げた。
「このバケモノ共がぁぁああぁぁあああぁぁああああ!!」
- Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 ( No.29 )
- 日時: 2015/12/29 20:15
- 名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 0T0BadNT)
ついさっきまで垂れていた目尻を上げ、目を見開き、地獄の底の閻魔(えんま)のごとき真っ赤な口を開く彼女は修羅。戦い続ける神のごとく血走った目で客の首に刀をめり込ませて行く彼女は、もはや目の前のモノを殺すことしか考えていなかった。
そんなチヨを客は、彼は静かに見据えると、切断寸前の喉を振るわせ言葉を紡ぐ。
「……待って、くれ。殺しあうつもりは無い。逃げるつもりも…ない」
「……」
その言葉を聞いたチヨが一瞬。ほんの一瞬だけ日本刀を握る力を弱める。
その気を見逃さずに彼は——塵塚怪王は言った。
「白凪千里について……話がしたい。聞いて、くれないか……」
沈黙。
一瞬で空気が張り詰めた店内を今度は不可解な沈黙が支配する。
一体何を考えているのか、お互いがお互いを探り合い、そしてチヨが怪王より一歩先に怒りという“解答”にたどり着いた。
「よくも…いけしゃぁしゃぁと……ッ!!」
顔を伏せ、何かを噛み殺して。実際に唇を血が出るまで噛んで。
それでも抑えられぬ怒りで老体が震えるとともに、握っていた刀が震えながら怪王の首に突き立てられてゆく。
「よほど……この『セキネツ』で殺されたいと見える……っ」
妖刀・積熱(セキネツ)。それがチヨが握っている日本刀。否、妖刀の名だった。
まるで打ちたての刀のように紅く、ニブく発光しているそれは文字通り焼入れされ、極限まで熱された日本刀そのものだった。
決して冷めることのない、今にもドロリと溶け出しそうな赤い刀身がジュウジュウと音を立てるたび、怪王の首が“溶けて”ゆく。
そのおぞましさにふたたび青ざめる怪王は、決死の覚悟で声を張り上げた。
「お前に協力する!!」
「…………」
その声にもう一度だけ、チヨの手が止まる。
「聞いたぞ! お前がワシ達を必要としている、と」
対す怪王はこれぞ好機とまくし立てた。
「どんな代償も罰も覚悟のうえだ! 白凪千里に……ひと目会わせてはくれんか!!」
負け犬の遠吠えによりもミジメな要求。
王としての威厳など欠片もないその言葉に、しかし“カチィン”という金属音が答える。
「さすがだよ。恩知らずの死に損ないめ……。相変わらず姑息なことを言う」
それはチヨが妖刀セキネツを鞘に戻す音だった。
「いいだろう。ひとまずこの場で殺すのだけは見逃そうじゃないか」
そう言いながらセキネツをカウンターに立てかけるチヨを見て、怪王は修復されていく首と胸をなでおろした。