複雑・ファジー小説

Re: 白語り 〜瑠璃〜 ( No.3 )
日時: 2015/05/30 20:28
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel2a/index.cgi?mode=view&no=3394

◇第一話 白と凪りて福を成す

「ねぇ、ここ分からないんだけど……」

 6月某日。神屋東こうやひがし中学校。
「ねぇ! 分かんないんだけどっ!」
 一学期、期末試験間近の学生が詰め込まれた3年2組の教室。
つまりは受験を控えた最上級生の教室で数学の授業が行われていた。
「ねぇねぇ! 聞いてる!?」
そんな試験前の緊張状態にある教室で……。
「ねぇ! ねぇ! ねぇっ!!」
とある女子学生が声を張り上げていた。

「いい加減にしなさい白凪さん!!」
 だが、すぐにその声は授業を担当していた教師によって打ち消される。
「授業中の私語は厳禁と、何度言ったら分かるんですか!?」
 かすれた、もう言い飽きたとでも言いたげなその声に、
しかし白凪しらなぎと名指した女子学生は首をかしげた。
「……? 分からないから、安田さんに尋ねてる」
 傾げながら、今まで話しかけていた安田という名字の気の弱い女子生徒を指差す彼女。どうやらその指差した先にいる生徒が、涙ながらに震えていることには全く気付いていないようだった。

 その光景を見て「はぁ……」とため息を吐く数学教師。
そう、彼女の——白凪千里(しらなぎ ちさと)の暴走は、なにも今日に限ったことではない。
 テスト中に話し出す。授業中、堂々とおにぎりを食べる。急に歌を口ずさみ始める。「空が綺麗だから」と言って窓から外に出ようとする。——等々、挙げてゆけば限りないが、とかくこの白凪という生徒は教師のあいだでも『不良よりもタチが悪い』『一回精神病院で精密検査を——』と言われるほどに危険視されているのだ。
「今は授業中ですから静かにして下さい。……いいですね?」
 これほど悪名高い生徒に対して、これ以上何を言っても無駄だ。
そう判断した教師はとにかく授業を再開するために言葉を飲み込み、沈黙をうながす。

「……なんで?」「なんででも、です!」
 それが一切教育でないと言われようとも……。
この生徒はもう無理だと切り捨て、教師・生徒共々それを無言で了解し、
千里を——白凪千里を置き去りにしたまま、今日も『いつも通り』授業は続けられた。

Re: 白語り 〜瑠璃〜 ( No.4 )
日時: 2015/05/31 12:21
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: .v5HPW.Z)

「はい。今日はここまで……」「きりーっ」
「れい」『ありがとうございました〜』
 そうして教師が疲労困憊しながらも、ようやく今日最後の授業が終了した。
それと同時にまるで天敵に会った虫のようにそそくさと教室から出る教師と歌う千里。それらを見て顔をしかめる生徒達という奇妙な光景が生み出される。

「今ぁ〜私の〜。願ぁーいごとがー。かなーうな〜らばー。翼がほし〜い」
 「……帰ろ」と呟くと、カバンに教科書を詰め込みながら歌を口ずさむ白凪千里。
本来ならこの後ホームルームがあるのだが、千里はめったに出席していない。
というより、担任の男性教師から「連絡どころじゃなくなるから先に帰っていていいよ」とまで言われている。
 そんなわけで1人、帰宅しようとする千里を止める生徒は誰もおらず、
各々おのおの、どうやってこの問題児から視線をズラそうかと必死になっていた。
そんな中、女子生徒数名が自分を横目で見ながら笑っていることに千里は気付く。
千里の記憶が正しければ、隣にいる安田さんの“関係者”と思われるその女子達は千里、そして安田に聞こえる声量で話し始めた。

「ほんっと、安田ってかわいそうだよね〜」
「あんな障害児の隣とか……私だったら即登校拒否するわw」
「いやホント、ちょっと『お願い』しただけで隣になってくれて助かったわ〜マジで」
「いやマジあんなのの隣とかナイ……。多分あたしあそこに座ってたら、受かる高校も受からなくなってた。馬鹿がうつる前にアタマ狂うし〜」 『だよね〜』
 そう言いながら笑う集団に、千里の隣に座っている安田はただ沈黙する。
「……ッ」
ぎゅっと唇を噛みしめ、落ちそうになる涙を必死に押し戻す。

「……?」
 しかし千里はその集団を見ても何も感じないのか、首をかしげるとまた歌の続きを口ずさみながら教室を出た。
 すると今度は教室がある南校舎から職員室のある北校舎へと渡る渡り廊下で、さっき教室を出て行った女性教師が別の男性教師2人と話しているのが目に入る。
 片方の男性教師は千里のクラス担任だった。
おそらく女性教師の相談に乗っていたために遅れていたのだろう。
その手にはホームルームに配るプリントが握られている。

「と・に・か・く! あの子は異常過ぎますよ……。どうにかして特別教室か別の施設に移動させられないんですか?」
 教室を出た時と同じく、疲労困憊した様子で語る女性教師。
しかし、それを千里の担任教師が何とも言えない表情で諭(さと)した。
「そうか、君は今年この学校に来たんだったね……。僕達も何度か試みたんだけど、なにせあの子の保護者が頑な(かたくな)なんだ。“うちの子はそんな人間じゃない”ってね……」
「そんな……っ」
 女性教師が声を荒げる。
「登校拒否になりかけている子や親からのクレームもあるのに……何で」
「本人に悪気が無いからね。停学にするわけにもいかないんだ。
保護者も色々と説得してくれているみたいだけど……」
「け、検査。精神病院で検査を受けさせれば自然と施設に移る流れに……」
 女性教師の声が震え始める。
「残念だけど」
だが、担任教師はさらに顔を曇らせると告げた。
「学校側だけであの子に検査を強制するわけにはいかないんだ……分かってくれ」
「…………っ」
 為す術が無いと分かり、愕然する女性教師。
その苛立ちを汲み取ったのか、もう片方の男性教師が小さく唸る。
「ったく、子も子なら、親も親だ……。どっちもイカレてやがる……」
「おい! 生徒たちの前でそういう発言は……控えた方がいい」
「……あぁ、すんません。つい頭にきて」
「——まぁ、なにはともあれ僕達も親に掛け合ってみるから、あなたもできる限り対応して下さい」
「……。……はい。分かりました」
 やり取りを終えた教師達が職員室へ帰って行く。それを最後まで見届けた千里は、また首をかしげると歌の続きを口ずさみながら昇降口へと向かった。