複雑・ファジー小説

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 (第一話 完) ( No.35 )
日時: 2016/03/04 22:15
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: LtMVL/Tf)

 第二話〜笑う彼女に、服来たる〜

○プロローグ 
 白凪家から数メートル離れたアパートの空き部屋。
前に住んでいた人間がヘビースモカ—だったのか、ヤニですすけたその壁を紙代花が見つめている。
「ハナ……」
 何の目的もなく、何の感情もなく。ただ無言のまま虚ろに壁のシミを数えるハナは遅れて帰ってきた怪王を一瞬だけ見るも、すぐにシミを数える作業に戻る。

 千里と会い、発狂し、這い出すように白凪家から逃げてきた二匹が居るこのアパートは今、付喪神2人の住まいだった。
元々この地に長く留まる気はなかった2人だが、そこは腐っても妖怪。化けるモノ。
その気になれば無断でアパートの一室を使うことぐらい造作も無かった。
 古く、人が住むには不快な場所でも、人ならざる2人にとっては格好の隠れ家。数日前まで『いい場所が見つかった』と笑い合っていたその場所は、しかし今重い沈黙に包まれていた。
「……ハナ」
 もう一度怪王がハナを呼ぶ。
「なに?」
 程なくして会話が繋がる。
「……お前の気持ちも分かる。だが、あの態度は——」
「あぁ、ごめんなさいね」
「……」
 そしてまた途切れる。
数十分間、そんなやり取りが続いた。が、

「……ともかく。ワシ達はこれから“アレ”と付き合わなければならんのだ」
 すっかり夜の黒に塗りつぶされた窓を見やりながら怪王が独り言のようにこう呟いたのをキッカケに壁に張り付いていたハナがピクリと動いた。
「は? 冗談言わないでよ」
「!?」
 顔を歪め、肉親を殺された子供のような目で怪王を睨みつけるハナ。
「私は、今すぐこの町を出る。……罪滅ぼしだろうが何だろうが勝手にしてよ。私、“あんなの”とマトモに会話できないから」
「お前……本気で言っているのか?」
「カイこそ頭のネジでも飛んでるんじゃないのぉ!?」
 目を見開き、静かに怒る怪王の殺気を、しかし罵声で蹴飛ばしハナは続ける。
「あぁ、そうよ! 狂ってるってことぐらい分かってた。あんの鬼ババアの言う通りあの子は狂ってた! 狂ってるからこそ気が合うんじゃないかなんて甘えた幻想もあった! でも……!」
 ハナは一度そこで言葉を切り、千里の姿を思い出したのか恐怖で頭を抱えながら声を押し殺す。

「でも……あれは違う。私達みたいな狂っている連中とは比べ物にもならないほど」
 純粋すぎる。
否、純粋という言葉では説明できないほどに、いっそ禍々しいほどの無垢。
 まるで精神だけ小学生のまま止まっているかのような千里に世界を変えるほどバケモノがおののく。
「あの子が歩んできた過去も真実も、明確に想像できるからこそ……“怖い”」

「そうだ。そしてその“不幸”は、俺達2人が作った」

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 (第一話 完) ( No.36 )
日時: 2016/03/13 22:18
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: ngsPdkiD)

 震えるハナの耳に、怪王の言葉が重たく響く。
「あの子を不幸にしたのは、壊したのは俺達だ……だから」

「だから罪を償うべきなんだ。……でしょ?」
 怪王の言葉をハナが継ぐ。
不意を突かれた怪王にハナは黙って向き直ると、優しく微笑みながら続けた。
「残念だけど、私は罪なんて償わない……。今さら誰に謝ろうと、私はゴミクズ以下の糞外道だもの」
 目は一切笑っていない。
ただ虚ろに全てがどうでもいいと言いたげなその目で怪王を映しながら、なおもハナは朗らかに笑う。
「だからカイ1人でやってよ。元々……あんたに罪はないんだから。罪滅ぼしでも何でも気が済むまでやって、1人で楽になってよ」
 そうして、ありったけの笑顔を振り撒きおえたハナはまた元の位置に戻ると、壁のシミを数えながら心底どうでも良さそうに、どうしようもないこと言う。
「罪を背負って地獄に行くのは……私だけでいい」

「何度だって言おう」
 だから怪王は言った。
「お前が背負う罪ならワシが背負う」
いつも通り、決して曲げぬ信念を口にした。
「お前が償わないと言うならワシが償う」
 お前の罪は、自分が贖罪する。
そう言い残して怪王は黙ってその部屋を去った。

「……」
 ハナはさほど気にせず、次は天井のシミ数えをし始める。
おそらく、自分を刺激しないために出て行ったのだろう。まったく、どうしようもない善人だ。
 そんなことを考えながら、ハナは自虐的に「はは…」と笑う。
そんな善人だから……。
「そんな絵に描いたような善人だから。あなたは不幸を撒き散らすのよ……カイ」

 タバコのヤニが染み付く部屋で、あの時から何も変わらない少女バケモノは全てを煙に巻いて、ただ自虐的に微笑んだ。