複雑・ファジー小説

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 (第一話 完) ( No.39 )
日時: 2016/03/31 09:46
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: f3VBH/TD)

 ◇着る者、着られるモノ

 6月某日、神屋東中学校。
「それじゃプリント配るよ〜!」
 あの日から土・日を挟んで3日後の3年2組の教室に、このクラスの担任である冴橋由香(さえばしゆか)の声が響く。
「はーい、チキチキ後ろに回せー」
 快活な口調でコミカルなセリフを吐きながら、先頭の席を滑るように爆進する彼女。
だがそんな彼女を全く気にせず、死にものぐるいで帰りの支度をする生徒がいた。

 安田彩希やすださき
千里の隣の席にいる彼女は、まるで万引きをする中高生のように辺りを必死に警戒しつつ、一刻も早くココから出たいと足を震わせていた。
「え〜っと、各係員からの連絡とかありますかー?」
 乱雑に荷物を詰めたことでパンパンに膨らんでいるカバンに手をかけ、HR(ホームルーム)が終わるその瞬間を今か今かと待つ彼女を——。
「先生〜日直の加藤君が欠席してるので、教室のゴミが残ったままでーす! え〜っと、このクラスの美化委員って誰でしたっけー?」
「……っ」
——今日も不幸が襲う。

「……はい」
 半強制的に任せられたというやるせなさで唇を噛みながら、美化委員である安田彩希は黙って手を挙げる。
「あ〜安田さんかー。んじゃこのあとゴミ捨て場まで持って行ってもらえる?」
「…………」
 軽い口調で仕事を丸投げしてくる女子生徒。その女子生徒がいじめグループの1人だと分かった上で安田は黙ってうなずく。
「他はなぁー…いみたい、ね! うん。じゃHR(ホームルーム)終了!」
「きりぃー」
「れい」
『ありがとうございましたー』
「——とう。……ございました」
 テキトーなクラスメイトの挨拶に混じって、ぼそぼそと呟く安田。
クラスメイト達が散ってゆく中、安田はノロノロとゴミ箱まで移動する。
 ゴミはそれほど溜まっていなかった。

「……」
 やっぱりハメられたんだ。
私が千里さんを嫌っているのを知っての嫌がらせだった。
まだ余裕のあるゴミ箱を眺めながらそう落胆する安田。
 しかし悩んでいてもしかたがないとゴミ袋を外そうとしたその時だった。
「あ、安田ぁ。よかったら“アレ”も持って行ってくれない?」
「……え?」
 先ほどの女子生徒がアレ、と指差すその先にあったのは……。

「国語の教科書、印刷ミスあって交換になったじゃん? クラスから回収した前の教科書持ってってなかったんだ〜。……30冊ぐらいあるけど場所同じだしいいよね?」
「そんな……。でも……」
 持っていけるハズがない。
体育会系の部活に入っている女子ですら教科書30冊を軽々は持ち運べない。
 それを知って言っているのだろう。女子生徒は他のメンバーと共に、うろたえる安田を観察しながらニヤニヤと笑っている。

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 (第一話 完) ( No.40 )
日時: 2016/04/03 21:07
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: f3VBH/TD)

 困り果て、『誰か……』と周りに視線を送る安田。
だが、誰も目を合わせようとしない。
 あんな障害児と隣になった時点で——いじめの標的になった時点で『私たちが関わってもややこしくなるだけでしょ?』と言わんばかりに、誰もがそれを見て見ぬふりをする。
 言うまでもない事実。
周囲からそう告げられた安田は静かにうつむき、奥歯を噛み締めながら言葉を紡ぐ。
「……うん」
「は〜ぃ。んじゃ、よろしく〜」

 私に味方してくれる人なんて、どこにも居ない。
いいんだ。……これでいいんだ。
 自分に嘘吐き、頬に涙を流しながら。安田は持てるだけの教科書を胸に抱いて、教室を出ようと足を踏み出したその瞬間。ぽんぽん、と安田の肩が叩かれた。
「……ひっ!?」
 とっさに振り返った安田は目を見張る。
そこにいたのは……。
「ね! 何してるの?」
白凪千里だった。

「え、あ、ぁ……」
 途端に安田の舌が回らなくなる。
天敵が目の前に来て、しかも自分に絡んできている。
その事実に為す術もなく振り回されてゆく。

 たまらず崩れ落ち、顔と涙を手で覆い隠しながら泣く安田。
そんな彼女を“いい眺めだ”とばかりに遠巻きから見ていた女子グループは満足したのか、笑い合いながら荷物をまとめ教室を出ようとしている。
 そんな中。呆然と立ち尽くしていた千里は安田の周囲に落ちている教科書を拾い上げ、こう呟いた。
「運ぶの?」

「え……? あ、うん」
「一緒に運ぼ!」
「へぇっ!?」
 そう言うなり千里は周囲に散らばっている教科書10冊ほどを片手でひょいと持ち上げ、早く行こうとその場で足踏みし始めた。
「いち、に、さん、し。いち、に、さん、し。いち、に——」
 一体何のことか分からず唖然とする安田。
やっとのことでその言葉の意味を理解すると、恐る恐る聞き返す。
「……持ってくれるの?」
「いち、に、……うん。一緒だときっと楽しい」
 相変わらず謎の足踏みを続ける千里。
安田はそんな千里を引きつった笑みで見上げながら、千里に手を引かれ立ち上がる。

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 (第一話 完) ( No.41 )
日時: 2016/04/07 01:29
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: f3VBH/TD)

 その時だった。
まだこちらの様子をうかがっていたのか、ドア付近に居た女子生徒が千里を睨んでくる。
「ちょっ、キモいんですけど……。私の友達に近付かないでくれる?」
「……ッ」
 その言葉に奥歯を噛み締めたのは安田の方だった。
無理もない。あからさますぎる。
 何が“友達”だ。
明らかに安田を孤立無援にするための言いがかりだった。
 どうしたものかと顔を伏せる安田。するともう片方のドアから活発そうな男子生徒が入ってきた。
「お〜い白凪ぃ〜。帰るぞー」
 千里はもちろん安田もまたその男子に見覚えがあった。
富山和人。白凪千里ともよく話しているヤンキーで、この間は職員室の壁を蹴破ったとかなんだとか……。

「あ、和人だ」「ど。……どうも」
 見知っている千里とは違い、とりあえす他人行儀な返事を返す安田。
するとその様子を見ていた女子達がこれみよがしに叫ぶ。
「ほら飼育係(かいぬし)が来た。……さっさと消えてよ障害児。マジで邪——」
「お! ちょうどよかった」
 しかし女子達の悪口雑言など気にも留めず、和人は千里達を見るなりなぜか“安田に向かって”一直線に駆け寄り、そのまま強引に手を握った。
「お前も付き合えよ」

「……ふぇ?」
『な……っ』
 赤面する安田。絶句する女子集団。
そんな中、和人は「かぁーッ!」っと、わざとらしく顔に手を当てニヤニヤ笑う。
「一度はやってみたかったんだよな〜ラノベにありがちな女子両脇に従えての登下校! ……ほら。来いよ! 俺と白凪で教科書持ってやっから」
「え? …ぇ?」
 まるで“最初から事情を知っていたかのよう”に、和人は千里が持ちきれないぶんの教科書を持ち上げると、安田めがけて教室のゴミ袋を投げ渡す。
「よーし! 出発進こ〜!」「お〜!」
「あ、え……はいッ!」
 さっきまで泣いていたのが嘘のようにきれいさっぱり用事が片付いたことに動揺しながらも、安田はなぜか先陣を切る千里。その後ろで満足そうな和人と共に教室を後にする。
 よく分からないけど……とりあえず、よかった。
そう安堵しかけた安田に、しかしそんな展開をよく思わない者達の声が飛ぶ。

「ナニあいつ……。キチガイ関係者は飼育係まで頭おかしいワケ?」
 コソコソと、仲間内で恨み言を囁き合う女子集団についに我慢できなくなったのだろう。
条件反射で何か叫ぼうとする安田を、しかし押しのけて富山和人が女子集団へ一歩あゆみ出る。
 一体何をするつもりだと、周囲が固唾を呑んで見守る中、和人はしばらく「うーん」と考える素振りを見せた後、実に素直に女児達の言葉を肯定した。
「ま、そだな。俺も白凪も脳みそネジ曲がったキチガイだ」
「……!?」
 その反応が意外だったのだろう。
今度こそ言葉を失う女子集団を眺めながら、安田は決して聞き逃さなかった。そう言ったあと、ギリギリ安田や千里に聞こえるほどの小さな声で富山和人が呟いたその言葉を。

——“性格ネジ曲がってやがるお前達から見たら誰だって、な”

「ってことで、名前も知らねえけどまたあった時はよろしく〜」
 そうしてニヤニヤと、人当たりのよい笑みは一切崩さずに言葉を失った女子達に背を向ける和人を先頭にして、3人は今度こそ教室を後にすると、校舎裏にある廃品回収場へと歩き出したのだった。

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 (第二話 執筆中) ( No.42 )
日時: 2016/04/08 21:20
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: f3VBH/TD)

「富山さん……」
 廊下を歩く和人を後ろから安田が呼び止める。
すると何を思ったのか和人は条件反射で謝罪の言葉を述べた。
「あ……。初対面なのに手ぇ握ってゴメンな。つい勢いで……。犬に手を噛まれたと思って……てのは無理あるか。本当にごめん」
 真剣味があるのか無いのか。おそらく人に謝ることに慣れていない和人の言葉を、しかし謝られるとは思っていなかった安田はブンブンと顔を横に振って否定する。
「い、いや、違うくて……あ、あの、私のほうが、お礼言いたくて。全然関係ないのに迷惑かけちゃって、だから……」
 一体どうすればいいんだろう……どんな顔をして謝ればいいんだろう。そう考えるたびに言葉が尻すぼみになっていく安田。そんな安田をチラッと振り返った瞬間見た和人はいつものあっけらかんとした態度に戻って言葉を投げ捨てる。

「んだよーそんな心配そうな目するなよ〜。……気にすんな。ああいう罵倒はもう慣れてるし、あんな異常な連中から異常扱いされるってある意味すごく嬉しいぜ? 少なくとも自分がああいう人間じゃねぇって気がするからな」
「……そう。ですか」
 本人にその気は無いのだろう。無駄に格好の良いセリフを返された安田は本人に気取られないよう、赤面しつつ距離を取る。
距離を取りながら『何言っとんねん、ホレるわッ!』という普段はおとなしい本能からの叫びを、膝をポコポコ叩くことで紛らわす安田を尻目に、今度は千里が心配そうに和人へ視線を注ぐ。

「和人……」
 普段は笑ってばかりで、それどころか異常なほど能天気な想い人が見せるその不安げな表情にかなり困惑する和人。しかし、
「な、なんだよ白凪お前まで……あ。も、もしかして俺に惚れ直したとかそ——」
「ドMなの?」
「ぶッ!」「うん……。違うぞ? 断じて」
 そこはやはり千里。
とんでもない方向からのボケに思わず噴き出す安田と、もう慣れているのか悟りきった。とてもおだやかな笑みに呆れを混ぜ込んだような顔でツッコむ和人。
しかし案の定(あんのじょう)千里は止まらない。

「え? でも前にね、トモエちゃんがね、“嫌なことをされて喜ぶのはドM”って言ってた」
「くっそ、あのちゃらんぽらん馬鹿めがッ。千里に何を吹き込みやがった……!」
「つまり和人は嫌なことされて喜ぶから〜。……ドMっ!」
「違ぇ……断じて違ぇから!」
「くふ…ふふふ。はは、くくくく……っ」
 ツッコミに疲れ始める中学男子とナゼか2人の漫才が笑いのドツボにハマったいじめられっ子。そして天然ボケ。
あまりの光景に一般生徒が道を明け渡す中、まだまだ2人の漫才は続く。

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 (第二話 執筆中) ( No.43 )
日時: 2016/05/02 00:33
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 0apRgaLj)

「ドーパミン。……デナイノ?」
和人にツッコまれた千里は突如しょぼーんとした表情になり、なぜかロボットのようなカタトコで呟く。
「は? なんだそれ。栄養ドリンクか?」
「“中枢神経系”の“モノアミン神経伝達物質”。……カテコールアミンとも——」
「俺、英語“は”苦手なんだ。和訳してくれ」
「英語“も”……だよ?」
「その顔やめろ。テスト前で笑えねえんだよッ! ……マジで」
 数日後のテストを思い出したのか若干涙目な和人。対して勉強できなくても悩まないし、実際勉強できるから悩まない千里。
「ははは……あははははッ……く。くくく」
「おっ?」「ん?」
 そんな2人の背後から、ついに笑いを堪えられなくなったいじめられっ子の笑い声が響いた。
「く、く……。ご、ごめ……さい、ちょ、笑いが……っ」
 どうやら2人のやり取りがツボにはまったらしい千里のクラスメイトさんは、笑いすぎて滲む涙を拭いながら、ひたすら笑いを噛み殺す。
「2人共面白すぎ……です。なんですか、ホント……っ」
 さっきまでのことで強張っていたココロが緩んだのか、周囲の目を気にしつつ顔を手で覆い隠す安田に和人がニヤっと笑う。
「や〜っと明るくなったな。え〜っと……」
 
「お前、じゃない、その……。キミ、名前なんて言うんだ?」
「あ。千里ちゃんと同じクラスの安田彩希…です」
 慣れない敬語で歯切れ悪く話しかける和人に少し驚きつつ、答える安田。
今になって恥ずかしくなったのか、照れながら下を向く。
「やっぱ千里(こいつ)と同じクラスかー。色々大変な奴で迷惑かけてたらごめんなー」
「……そういうセリフ、練習してるんですか?」
「ん?」「なんでも無いです」
 照れの臨界点を過ぎて毒吐く安田。
そして自覚のない和人。
 ゴミ捨て場に続く最後の廊下を恋人のように仲むつまじく歩く2人のあいだに、突如後ろを歩いていた千里が割り込む。
「ねーねー! 何話してる?」
「わっ、お前何いきなり——」
「千里ちゃんの話だよー」
 少しだけ千里の扱いが分かってきたのか、驚く和人に代わって安田が年下に接するような言葉を投げかける。
「千里ちゃんは面白いねーって。……あと冨山くんは黙った方がいいよー。…って」
「そっかー」
「おい、今何か聞き捨てならない呟きを聞いたような気がしたんだが……」

「たしかに和人は黙った方がいいかも」
「うんうん。中高生の思春期女子には危険だと思います」
「え? 何で俺が責められんの?」
 まさかの1:2で対立する構図に困惑する和人をよそに、安田という名のストッパーが外れた女性陣は暴走を続ける。

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 (第二話 執筆中) ( No.44 )
日時: 2016/05/10 20:55
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 0apRgaLj)

「……ほんっとうに。自覚……ないんですか?」
「あ…あぁ! そんな急に危険とか言われても……そりゃ仲の良い連中とかと下ネタ言い合ってたりしたことはあるけども! 女子の前じゃそれなりに気を使って——」
「ん! 分かった。和人はドM」
「ちょ、お前黙ってろ! 話がややこしく——」
「和人はドMだから。荷物いっぱい持つといいよ!」
 そう言うなり、安田から荷物を奪い取るとまとめて和人に放り投げる千里。
「うん。それじゃ。行こ、安田さん」
「え、あ……はい。そ、それじゃ冨山さんお先に失礼します」
 そうして千里は一目散に、安田はペコリと和人におじぎをしてその場から走り去る。
——和人を置いて。

「は? ちょ、おいま……待てやオイっ!! そりゃねぇだろ流石に!! 俺1人に荷物押し付けて帰んなッ!! てか安田ぁッ!! お前実は気弱なお人好しキャラじゃねぇだろ! 単に人に流されやすいだけで実はけっこうドス黒い性格してねぇか!? いや、おい。ちょ、ちょま……て、って」
 必死の制止もむなしく女子2人は消え去った。
そして。残ったのは本の束とゴミ袋。

「はぁ〜ッ」
収集所の目の前ということもあって、持っていくこと自体は苦ではないものの、置いて行かれた事実に頭を抱える和人。
「……仕方ない、やるか」
 道端にこんなモノを放置するわけにはいかない。
そんな善意で『もしかしたら本当に自分はドMかもしれない』という迷いを振り払いつつ和人はゴミ収集所と校舎内を往復し始める。

「にしても……ひでぇな、ヒトをドM呼ばわりとか」
 単純作業に5秒で飽きた和人がそう愚痴をこぼす。
「まぁ千里(あいつ)のことだ、全く意味は理解していないんだろうがな」
 バカのひとつ覚えというか、天才的発想の飛躍(ひやく)というか……。
そんな千里の顔を思い出して、フッと鼻で笑う和人はしかし、そこで考える。

 周囲から指を差され、嘲(あざ)笑われようと。
数十人から足蹴りされ、顔中傷だらけになろうと。
 何をされてもずっと無邪気な笑顔の誰かさんと比べたら。

「どっちがドMだよ……」
 何も知らず、ただただ何も知らずに跳ねまわる想い人(あいつ)へ向けて、和人は仕返しとばかりに苦笑いした。

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 (第二話 執筆中) ( No.45 )
日時: 2016/06/06 22:28
名前: 猫又 ◆yzzTEyIQ1. (ID: 11yHdxrc)


「遅かったな、待ちくたびれたぞ」
 ブロック塀の上からその声が降ってきたのは、千里が安田と離れた直後だった。
おばあちゃんから買い物を頼まれていた千里は商店街へと道を進んでいたのだが、その声に思わず上を向く。
「おいおい……なんだその見たこと無いモノでも見るような顔は。儂ら昨日の時点で顔見知りじゃろうに……」
 記憶が無いのか、愛想笑いひとつしない千里に呆れる声を辿った先には着物を着た青年。塵塚怪王改めジジ塚が居た。
 えいっと塀から飛び降りる怪王に千里が何食わぬ顔で聞く。
「ハナさんどうしたの?」
「……今日は来ない」
 やや間があって、怪王は吐き捨てるようにそう言う
「そっか」
「うむ」
 お互いそれ以上追求する気が無いのか、立ち尽くす2人。
「待ち合わせはこの先、スーパーマーケットの2階だ……行くぞ」
 歯切れの悪い解答しか出なかったことを気にしてか、怪王はやや強引に話題を変える。しかしその言葉に何のためらいもなく、千里は首をかしげた。
「え? 何で?」

 怪王の足が止まる。
「な……何で、って」
「今日は帰りたい気分」
 あっけらかんと言い放つ千里。
怪王はそんな能天気生物を見て「……ふぅ」とひとつため息を吐く。
「あのな、お前はモノと会話できるだろう?」「うん」
「だから鬱憤が溜まってる付喪神の話し相手になってくれと、昨日言ってなかったかの?」
「え? 聞いてない」
 謝る気配など微塵もなく無責任に、それこそ何の感情も込めずに言い放たれたその言葉に怪王は——。

「……ふっ」
——思わず吹き出す。
「? なんで笑う?」
 心配して、というわけでは無いのだろう。
ただ純粋に怪王が笑ったことに興味を示して首をかしげる千里に、怪王は目じりに浮かんだ涙をぬぐいながら言葉を漏らす。
「いやはや。どうも色々悩んでるワシ自身が馬鹿馬鹿しくなってな。……はは。そうか、忘れたか……」
 澄み渡った空を見て。
自分の顔を隠すように真上を眺めながら、怪王は何度も何度も噛み砕くようにうなずくと着物の袖でさっと顔をぬぐって千里と目を合わす。
「分かった。……歩きながら話そう」「うん!」
 千里はただ純粋にその言葉を飲み込むと、スーパーマーケットへと走る。
怪王は「待て待て」とその背中を追いかけながら薄汚れた小箱に変ずると、千里の学生カバンへと潜り込んだのだった。

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 (第二話 執筆中) ( No.46 )
日時: 2016/08/13 03:43
名前: 猫又 ◆KePkhUDKPk (ID: Iqcykxw8)

 そこは小さいながら2階建てのスーパーマーケットだった。
1階に食料品を2階に日用品と雑貨を取りそろえる店内は平日の夕方にもかかわらず空いている。
 それが最近近所にできた大型ショッピングモールの影響であることなど知るよしもない1人とガラクタは小さなエスカレータに乗って迷わず2階へと急ぐ。
『よし。着いたな』
「……? なんで、いつもより服。いっぱいある?」
 2階へと到着した千里を出迎えたのはフロア一面に置かれたハンガーラックと色とりどりの服だった。
婦人服を中心として背広や着物、果てには子供用ドレスまで取りそろえられたその場所の頭上には、でかでかと『大・古着市』と書かれた横断幕が鎮座している。
『人気(ひとけ)が無いし、会話するにはよかろう? ワシら付喪神の移動手段となるとどうしても人の手を借りざるをえんからな。こういうイベントに乗じてこの地に集まるよう指示している』
 どうやら付喪神が1枚噛んでいるらしいそのイベントをバックの中から誇らしげに語る怪王。
「あなたどこから来たの?」
が、そんな怪王を尻目に千里はさっそく近くにあった黒いトレンチコートに話かけていた。
『おいおい、そいつに魂は入ってないぞ。もっとよく見てだな……』
「え? お話しするんじゃないの?」

『お話しすりゃぁいいってものでもなかろうに……』
 もう思考が噛みあわないことについては諦めたのか、深々とため息を吐く怪王。
同時に“こやつ付喪神だろうがそうでなかろうが何とでも会話してるんじゃ……”という疑念が浮かぶも、それについて探ると自分の精神が持ちそうにないので泣く泣く、普通の付喪神に話しかけてもらうよう説得した。
「うん。わかった」
 案の定。絵に描いたような笑顔で流された。
『ゼッ…タイに分かってないでしょ、あなた』

 その様子にまた忠告を繰り返したのは怪王……ではなく。
『バタバタ走り回らないでよ鬱陶しい……。あなたのせいでホコリが舞ってるじゃない、カラダに付いたらどうしてくれるの……?』
 それは木製ハンガーに両脇を固定されたベージュのバルーンスカートだった。

Re: 白語り 〜ツクモガタリ〜 (第二話 執筆中) ( No.47 )
日時: 2017/01/14 22:32
名前: 猫又 ◆KePkhUDKPk (ID: EshgQrUZ)

 ふわっ、と形容すべきかそれともダボッと言うべきか……。
見るからにゆるゆるなその体から、キツイ棘のある言葉が飛ぶ。
『あー、いいわネー人間は走り回れて。私もどこかに走り去りたいわー。こんなさらし者にされるぐらいなら文字通り穴掘って埋まりたいわー。バクテリアが分解してくれないかしら、私のカラダ……ふ、ふふ……』
 最終的には自暴自棄になって、不気味に笑うスカートさん。
そんなスカートさんに対し千里は、やっぱり恐怖心など微塵も無いとばかりに近づき、裏地に縫い付けられた成分表のラベルを見ながら、舌っ足らずな舌を回す。

「PET樹脂……含んでるから無理、と思う……。虫に食べさせる?」
『はぁ!? 虫はイヤよ! 穴が開いたままだとみっともないじゃない!』
『おい、お前』
 消えたいと言ったかと思えば自分の身を案じるスカートに怪王が苦笑いで声をかける。
するとスカートは千里との言い争いを止め、怪王へと向き直った。
『あらあら、怪王様までご足労いただいたんですか? てっきり使いの者だけだと……』
 さっきまでの乱暴な口調から一転、丁寧な言葉使いで怪王と対話するスカート。おそらく目があればジト目で千里を睨み付けているであろう彼女(?)に怪王もまた、あきれ顔で耳打ちする。

『それが、どうもコイツ話が通じん奴でな…付き添いだ』
『…まぁ期待してはいませんでしたけれども。……大丈夫なのですか、この娘』
『こっちが聞きたいぐらいじゃよ。ま、ワシも後ろで聞いておるから気休めにはなろう』
『たしかにこんな身では、贅沢も言えませんわね……』
 といった打ち合わせを小声で行い、その間またどこかへ行ってしまった千里を呼び戻す。

『じゃ、聞いてちょうだい。……こんな依代(よりしろ)に縛り付けられた。私の悩みを』
一通りの準備が整い、古着市の喧騒が遠くに聞こえ始めた時。
物(ソレ)は静かに語り出した。