複雑・ファジー小説

Re: 猫と犬の獣道 ( No.4 )
日時: 2015/06/01 06:04
名前: ネギトロ丼 (ID: EEo9oavq)

 新たな獣王はライオネットとなった。今後、この獣の森に住む獣族たちは獣王に従うことになる。
 本来ならば、「今年の獣王はライオネットだぁー!!!」とか言って皆で胴上げするところなのだが、やはり観客席から出てくる獣たちはレパードの話で持ちきりだった。

 俺は29の死体だけが残ったステージの方を振り向く。まだレパードは立ち去ったばかりだ。
 「キャシー、どこ行くつもり?」
 ステージに向かって走ろうとすると、尻尾をグイッと引っ張られた。聞き覚えのある声だ。
 「ちょっと母さんやめてよ! 今ならステージに匂いが残ってるはずだから追いつけるかもしれないんだ!」
 「探してどうするつもり? だいたい、キャシーの嗅覚なんてあてにならないでしょう」
 「どうするも何も、あの決闘見ただろ? 一瞬でビュンっビュンって! どうやったら魔法が使えるようになるか聞くんだ」
 「はいはい、帰るわよ。世話の焼ける猫ちゃんだこと」
 無理矢理尻尾を引っ張られ、俺は家まで地面に引きずられた。

***

 「あーあ、俺も魔法使いたいなー」
 もともと獣族は身体能力が高いので、魔法を使う必要は無いし、魔法の原理さえ知らない。ただ、使えるにこしたことはないだろう。
 俺は木のテーブルに置かれたコップを覗き込んだ。中に入っている水に自分の姿が映る。
 赤茶色の髪から飛び出る黒い猫耳に、黄金色の猫目、長い尻尾。耳と尻尾を取れば、ほとんど見た目は人族とは変わらないらしい。人間ってやつだ。
 「夕食、出来たわよ。ジアの塩焼き」
 テーブルの上に皿からはみ出るほどの大きさの焼き魚が置かれた。ジアはそこら辺で捕れる魚だが、最近は野菜ばかりだったので嬉しい。
 「いただきます」
 ジアに手を伸ばすと、横から別の手が現れてジアが消えた。

 「もーらいっ!」

 ___俺はそいつを見逃さなかった。

 「このやろぉぉぉぉぉぉ!!!」
 肩までの長さの黒髪の上に垂れている白い犬耳、反り返った尻尾。我が宿敵の泥棒犬はジアをくわえて猛スピードで駆け抜けた。
 「返せ! てか人の家に勝手に侵入すんじゃねぇ!」
 「ヤーだねッ、あたいのもんだーい」
 「あんニャろー……ふざけやがって」
 俺は両手を地面につき、四足で走って追い掛けた。
 「キャシー! 四足で走っていいのは狩りの時だけだぞ! はしたないぞ! あんたはプライドってもんがないのか!」
 はしたなくてプライドがないのは魚を盗るお前の方だ。
 今の俺はプライド<魚である。

 俺は泥棒犬に距離を詰め、助走をつけて強烈な猫パンチを炸裂した。
 「痛ぇっ!」
 衝撃で泥棒犬の毛皮の服がずれ落ち、ユサユサ揺れる大きな二つの山があらわになる。
 「いやーん、キャシーのえっちぃ……」
 胸元を手で隠し、必死の甘え声とつぶらな瞳でごまかす犬。
 残念ながら、今は発情期ではないので全くそそられもしない。
 今の俺の欲は性ではなく食だ。
 「ノア、魚は何処だ」
 「さ、魚? あたい知らない」
 しらばっくれ、急いで服を着る泥棒犬ノア。
 「ノア、さっき魚盗ったろ? いっつも俺の食い物貪りやがって……何処だ」
 「あはは、胃袋に入っちゃってるかも」
 爪を研ぎ、斬りかかる準備をした。
 「ううっ、ごめんなちゃーい………ってあれ? なんであそこ開いてんだろ……ほら見てよ」
 ノアは俺の後ろを指差して首を傾げるが、その手にはのらない。
 「俺がそっち向いた瞬間逃げるだろ」
 「逃げないって! あたい嘘つかないもん」
 ノアにしては嘘がうまい。
 いや、本当なのだろう。

 「確かに、変だな」
 後ろを向くと、普段閉ざされている扉が開いていた。この獣の森の象徴ともされる、樹齢百万年以上の御神木。その前に設置されている扉だ。
 御神木の中は空洞になっていて、中には獣の森の守り神である獣神様がいる。
 御神木の中に入れるのは獣王とその家来のうちの何人かだけで、部外者が勝手に入ったら即死刑だ。それくらい獣神様は獣族にとって特別な存在である。なんせずっと昔からこの森を守っているのだ。
 ___なんてことを、俺はよく母さんから聞かされた。獣族なら誰でも知っていることだ。
 そのはずが、いつも厳重に閉まっている扉が普通に開いている。ようこそ、お入り下さいとでも言っているかのようだ。

 ___明らかにおかしい。
 が、中はどうなっているのだろうと気になる好奇心もある。

 ………いや、勝手に入るのはよくないだろう。
 俺は人の家に侵入して魚を泥棒する何処かの犬とは違う。
 「っておいバカ!」
 何処かの犬は既に侵入罪を犯していた。なんのためらいもなく進んで行く。
 「ねえキャシー、御神木の中って意外と綺麗なんだね。あたい初めて入ったよ」
 あーあ、彼奴は死刑だ。
 「ほら見てよ、階段がある」
 「俺は行かねえぞ」
 「入らなくても扉にギリギリ近付けば見えるから」
 それもそうか。入らなければどうってことない。
 「分かった」
 俺はあともう一歩というところまで近付き、御神木の中を覗くー。
 「何も見えねえよ」
 「隙ありっ!」
 まんまと罠にかかり、限界まで近付いた俺は御神木の中に引きずり込まれた。
 「お前、俺まで道連れにしやがって……」
 「キャシー、泣いてるの?」
 「泣いてねーよ!」

 ___中は心が揺さぶられるほど幻想的で美しく、さっきまでの怒りも忘れてしまった。
 木の幹の内側に張り付いている苔があちこちで青白いほのかな光を発し、天から差す太陽の光に向かって螺旋状の階段が伸びている。
 「すげー……ヒカリゴケがこんなところに」
 ヒカリゴケは環境によって光る色が変わる特殊な苔だ。普通の苔は湿気が多い場所にあるが、ヒカリゴケは太陽の光がよく当たる場所にある。青白い光は平和を表し、赤い光は危険を表す。昔、兵士達の多くがヒカリゴケを戦争の時に持って行き、その光を頼りに敵から自分の身を護ったという。そのため今は数がほとんど無く、探して見つかることはまずない。
 それくらい珍しい物がこんな身近にあったとは。
 「キャシー、上行ってみようよ!」
 ノアは興奮した表情で螺旋階段を指差した。

 どうせ中に入ってしまったのだ、思う存分堪能しよう。それに、俺は入ったのではなく、道連れにされただけだ。罪があるのは犬だけである。
 そう考えると踏ん切りがつき、俺の中に迷いは無くなった。
 「行こう」
 ついでにヒカリゴケを幹から握り取り、俺は階段を駆け上がった。
 「ちょっと、あたいも行くから待ってってば」
 慌てて追い掛けるノアの先を越し、俺は階段の先にある部屋に辿り着いた。
 部屋というか、ただ葉っぱが敷き詰められただけの空間だ。それなりに広い空間だが、葉っぱで囲まれているだけで何もない。
 何だか期待外れだ。
 ノアも同じことを思っているだろうと思い、後ろを振り向いたが、違った。
 「何か、嗅いだことのない匂いがする」
 ノアは鼻をクンクン動かしてそう言った。
 確かにそんな気もしないではないが、正直よくわからない。嗅覚に関しては、猫より犬の方が遥かに上だ。
 「あ、もしかして獣神様かな? 生活感のある匂いがするし」
 見た感じは生活感など微塵も感じ無いが………そうか、獣神様は御神木の中で森を守っているんだった。
 「だとしたら、獣神様は何処に居るんだよ」
 少なくとも俺は獣神様が外にいるのを見たことは無いし、姿かたちさえ知らない。
 御神木の中にも居ないとしたら、何処に居るのだろうか。
 「あたいの知ったことか。それより見てよ、これ」
 空間の葉っぱの壁から頭を突き出すノア。俺も隣で葉っぱから頭を突き出した。
 「おお、すげーな」
 頭を出すと、獣の森の全体の様子を見渡せた。自分が登っている時は何とも思わなかったが、螺旋階段で相当高いところまで来ていたらしい。
 一生のうちに御神木から森を見渡すことがあるなんて、思いもしなかった。

 追いかけっ子をしているチビっ子たち、隣近所のおばさんと世間話をしている母さん、レパードにやられて落ち込んでいるライオネット。
 あ、獣王祭の時に俺を肩に乗っけてくれた狐の男も見えた。小さな木箱を持って、何やら辺りをキョロキョロ見回している………何やってんだか。
 こうしてみると、世の中いろんな奴がいることがよくわかる。きっと世界はもっと広く、獣族以外にもいろんな種族がいて、俺の知らないことも山ほどあるのだろう。
 「キャシー、もう帰ろー」
 ノアが大きなあくびをして言った。
 「そうだな、ノアにジア食われたせいで腹ペコだ」
 家に帰ったら、母さんにまた魚を焼いて貰おう。
 そう思い、頭を引っ込めようとし___

 「__え?」





 ___森が爆発した。

 何の前触れもなく。