複雑・ファジー小説

Re: 猫と犬の獣道 ( No.5 )
日時: 2015/06/02 06:16
名前: ネギトロ丼 (ID: EEo9oavq)

 何が起きたのか整理がつかない。
 が、ここに居てはいけないのは分かる。
 「逃げるぞ!」
 俺は未だに状況が掴めず固まっているノアの手を引っ張り、螺旋階段から飛び降りた。
 あちこちでヒカリゴケが赤く光る。
 御神木から出ると目の前は火の海。慌てふためき溢れかえる獣たちの波にのまれて、右手に繋いでいたノアの手が離れた。
 「ノア!」
 ノアを見失い、ひとりになった。

 嫌だ、怖い。どうすればいいのかわからない。心臓がバクバク鳴る。
 前から押し寄せてくる獣たちの波に足をすくわれ、俺は地面に仰向けになって倒れた。次々と顔や腹を踏み付けられ、立ち上がることが出来ない。

 母さん。母さんは何処だ。もう逃げただろうか?
 わからない。家に戻らなくては。

***

 母さんは、とにかく明るかった。

 俺が落ち込んだり、辛いことがあった時はいつも寄り添って励ましてくれて、笑わせようと一生懸命面白いことを言おうとしてくれて。
 母さんのギャグは本当に寒くてつまらなかったんだけど、無口な父さんが棒読みでツッコミをすると、俺いつも笑っちゃって、辛いこと忘れられたんだ。

 いつも自分より先に俺のことを考えてくれる母さん。自分のこと忘れちゃって、三日間絶食しちゃってたこともあったっけ。

 半年前に父さんが死んだ時も母さんはすぐに立ち直って、引き籠もってた俺に黙って笑顔で寄り添ってくれた。
 でも、母さんが夜中にひとりで泣いてたのを俺は知っている。本当は弱いのに、俺の前では強いふりしてて。

 そんな母さんのおかげで、俺は徐々に立ち直ることが出来た。
 母さんも俺も、昔の父さんの話をして笑い合えるくらいになった。


 ___それなのに。


 今、母さんまで居なくなったら、もう俺の心は折れてしまう。


 誰もいないと信じ、俺は家に向かって走った。


 いた。
 爆発で崩れ落ちた我が家の下敷きになっていた。

 「キャシー………」
 弱々しい声で助けを求める母さん。
 状態は酷いが、生きている。
 「母さん!」
 急いで助けようと駆け付けると、いきなり黒いローブを着た何者かが現れた。
 「おっと、僕ちゃん……生きててもらっちゃ困るんだわぁ……」
 母さんの頭が踏み付けられ、地面にめり込んだ。何者かは不敵な笑みを浮かべる。
 わけがわからない。何が起きているのかわからない。
 「やめ……ろ……」
 嫌だ。母さんが殺される。
 それなのに、体が動かない。かすれた、震えた声しか出ない。
 「ご愁傷さま」
 グシャリと鈍い音がして、頭が潰れた。
 俺の心も潰れた。
 粉々になった骨と肉の断片から血が噴き出る。
 「ぶはははっ、面白い音出して潰れたな………」
 何者かは嬉しそうに笑うと、俺の方を向いた。
 「よし、次はお前だなぁ」
 何者かは人差し指をたて、指先に赤く光る小さな球弾を作り上げた。球弾はどんどん膨張し、
 「死ね」
 俺に向かって放たれた。

 ___その時、誰かに身体を引っ張られた。俺を取り逃がした球弾は地面にぶち当たって爆発する。

 誰かに助けられたらしい。
 別に、どっちだって良かった。

 どっちにしろ、もう母さんは死んだんだ。

***

 心地良い風に吹かれ、目を覚ました。隣ではノアがすやすやと寝ている。
 俺は身体を起こし、辺りを見回した。
 ぐるりと一周見回しても、特徴の似たような木々しかない。

 はて、こんな森の茂みでノアと一緒に寝るような展開があっただろうか。

 少なくともここは獣の森では無い。匂いからして違う。
 獣の森の葉はもっと青々しいし、基本的に背の低い木しか生えていない。最も、御神木は例外だが。
 ここは濃い緑の葉をつけた高い木ばかりだ。獣の森からかなり離れている。
 「起きたのか」
 振り向くと、黄土色に黒いまだら模様の耳と尻尾をつけた獣族がひとり。
 というか、レパードだ。

 ん? ますます分からなくなった。
 何故レパードがいるのか。


 ……………。




 ……………。




 _____あ。

 赤く光るヒカリゴケ、爆発して火の海となった森、黒いローブの男。
 俺は助けられ、母さんは潰された。

 全部、思い出した。









 「あああああああああああああああああああああ!!!!!」
 怒りと悲しみと憎しみがゴチャゴチャになって頭がはち切れそうになった。
 草木を蹴り、殴り、のたうち回った。
 死んだ。何もかも消えた。無くなった。
 「うっ……おげぇっ」
 母さんが残酷に殺されたのを思い出し、吐いた。気持ち悪い。悪夢だ。

 「何でだよ………何で俺のことだけ助けて、母さんは助けられなかったんだよ……」
 「気付いた時には遅かった」
 もう何処に怒りの矛先を向けていいのかわからず、レパードにあたった。
 「あんただったらあんな黒ローブなんか倒せたんじゃないのかよ。何の為の力なんだよ」
 「彼奴は僕の手に及ぶ相手じゃなかった。すまない」
 「………うるせえよ!」
 俺はレパードを地面に押し倒し、何度もぶん殴った。
 何度も何度も何度も何度も何度も。
 レパードは抵抗しなかった。
 涙で視界がグチャグチャになり、何を殴っているかも分からなくなる。

 途中で殴るのも疲れ、俺は地面に突っ伏した。

 もう、生きる希望も何も無い。