複雑・ファジー小説
- Re: 白銀の胡蝶 ( No.1 )
- 日時: 2015/06/06 20:21
- 名前: 煙草 (ID: nWEjYf1F)
"余暇"とは、つくづく罪な存在だと思う。
何をするにしても、暇という言葉から来る行動は全て、無駄のように思えてしまうから。
しかし俺こと"天城浩太"は、持て余した時間を人間観察に費やしていた。
ここは学校の屋上。グラウンドで部活動に励む生徒達が、まるでアリみたいに忙しなく動き回っている。
この光景は見ていて飽きないから、放課後はいつもここで暇つぶしをしている。
何で帰らないかというと、家に帰ってもやることがないから。
寧ろ身内が五月蝿いので落ち着かず、どうしても1人の時間を確保できないのだ。
元々インドア派の俺だったが、最近はすっかりアウトドア派になってしまった。
それも、そのあたりが原因かもしれない。
「……」
屋上には、あまり人が立ち入ることはない。
まず、生徒が屋上へ立ち入ること自体禁止されており、屋上に出たことのない卒業生だって山のようにいるらしい。
何故か。伝聞だが理由はその昔、屋上が不良のたまり場になったのが原因だという。
まあ、特にきつく規制しているわけではないから、鍵なんてかかっていないわけだが。
ただ俺は特別だった。
俺にはボランティア委員の一環として、貯水槽など屋上にしかない設備を点検する義務がある。
なので一々許可を取らずとも、屋上へ立ち入るのは自由なのである。
「……」
屋上へ立ち入れるのは、教師を除くと基本的に俺だけ。
しかし何故か、今日は先客がいた。
勿論教師ではない。一応顔見知りの、同学年他クラスの女子生徒"千倉柚子"である。
「そういやお前、何してんだ? こんなとこで」
「——」
千倉はゆっくりと、こちらを振り向いた。
特徴的な銀の短髪が、風にふわふわと揺れる。
生気のない群青の瞳は、相変わらず何処を捉えているのかわからない。
「別に何も。天城君こそ、何してるの」
「いや、貯水槽の点検に来た。もう終わったけどな」
「そう」
それっきり会話はなくなり、千倉はまた夕空へ視線を戻す。
何となく居心地が悪くて、俺は別れの挨拶だけ言ってから屋上を後にした。
「ふぅ」
あいつは——千倉柚子は、いつもあんな調子だ。
話しかけても碌な会話が続かず、いつも煙に撒かれるというか、はぐらかされるような形で話が終わるのだ。
端麗な容姿と果敢無げな雰囲気が人気を呼んでいるというが、俺にはあまり理解できない。
といっても、人気があるのは男子だけで、女子からはそんなに人気はないらしい。
3年の、専ら女子からは"頼れる御姉さん"として有名な"宍戸杏奈"が言っていた気がする。
「どうしたんだい?」
「へ?」
噂をすればなんとやらってやつか。
屋上から降りて壁に凭れかかっていると、件の宍戸杏奈さんが姿を現した。
「悩んでるね? 天城君」
「全く、貴方は先生なんですか?」
全校生徒の顔と名前を覚えており、知らない人、知られていない人など全くいない。
それが宍戸杏奈さんであり、また彼女の人柄でもある。
当然と言えるのか、だから彼女は俺の名前と顔を知っている。勿論、千倉柚子の事も。
「ん? あたしは列記とした生徒だよ?」
「いやいや、全校生徒の顔と名前を覚えるだなんて、今時校長先生でもやりませんよ……」
「アハハ、面白い事言うねぇ。でもまあ、そうだねぇ。何たって、あたしは暇だからねぇ」
「お互い様。っていうか、暇だからってそこまでやりますか? 俺じゃ真似出来ないっすよ」
「ま、自分で言うのもなんだけど、あたしは努力家だからね。一度凝ったら極める。それがあたしなのさ」
「その結果が、それですか」
ある意味というか、天才的だった。
絶対将来は弁護士とかカウンセラーとか、そういう仕事に就いてそうな気がする。
あとはまあ——保育士とかかな。
「それで、どうしたんだい? 千倉ちゃんと喧嘩でも?」
「いや、喧嘩じゃないですよ——って、何で千倉と会ったって分かるんですか!」
「顔に書いてあるよ」
「嘘だぁ」
「あはは、冗談冗談。まあ、あれだね。屋上から来たってことは、それ以外思いつかないのさ」
「なるほど」
結論。この人は探偵にも向いているかもしれない。
遵って、選べる進路はとても幅広そうだ。
「えっと……千倉ってほら、不思議な子っていうか」
「あぁ、分かるよ。あたしも最初は戸惑ったね。あの子、只じゃないオーラを纏ってる」
「?」
どういうことだと俺が首をかしげていると、宍戸さんは俺に2歩ほど近付いた。
ふわりとラベンダーが香る。この人、香水つけてるのか。
「世の中にはね、不思議なことが一杯あるんだよ。ないようなことも、実はあったりするのさ」
「?」
「ま、今からまた屋上へ戻ってみれば、はっきり分かるかもしれないねぇ」
言われるがままに階段を登り、再び屋上へと出てみる——と。
「あ、あれ?」
なんと、千倉の姿がなかった。
「いつのまに戻ったんだ?」
「戻ったんじゃないよ」
後ろから追ってきた宍戸さんの声がする。
「あの子は、ここから飛んだんだよ」
「と、飛んだって——まさか……!」
慌ててフェンスへと駆け寄り、地面を確認してみる。
けれど、彼女——千倉の身体はどこにもなかった。
「天城くん、この際だからはっきり教えてあげるよ」
「な、何をですか?」
「千倉柚子——あの子はね、人間じゃないんだよ」