複雑・ファジー小説

Re: 白銀の胡蝶 ( No.2 )
日時: 2015/06/07 12:17
名前: 煙草 (ID: nWEjYf1F)

 帰り道——夜の帳はすっかり降りて、時刻は午後の8時になった。

 あれから俺は、宍戸さんから"人ならざるもの"について聞いていた。
 彼女曰く、本やゲームの世界でしか存在しないような、妖精や吸血鬼といった生き物は実際に存在するらしい。
 一体何を言っているんだ——と思っていたが。
 そもそも、人類がそんな素敵(?)な発想が出来たのは、実際に存在しているものがあるからだという。

 たとえば錬金術。
 あらゆる元素を金に変換するという、古代どっかの国で流行ったとされる至高の技術だ。
 実際には、金を取り出すには至れなかったというが、専らゲームの世界では色んな物質を生み出している。
 たとえば魔法。
 呪文を唱えて炎を飛ばすとか、それこそよくあるアレだ。
 実際の魔法というのは、呪術や陰陽などの類に纏まっている。

 ——こんな具合に、実際に存在するからこそ、人類はそう言った発想を物語に持ち込める。宍戸さんはそう言っていた。
 最初こそ疑っていた俺だが、何というか彼女の話を聞いてるうちに、本当なのだろうなと思えるようになってしまった。
 そうでなければ、先の千倉の姿が消えたことに説明がつかないわけだし。

「んー……」

 気付けば俺は公園にいた。
 周囲より一際明るい街灯の下、ベンチに座り込んで考える。

 一先ず、人ならざるもの——即ち人でないものの存在については認めざるを得ないようだ。
 しかし千倉柚子——彼女の正体は一体何だというのだ。宍戸さんが言うには、とりあえず人間ではないらしいが。
 っつーか、俺まだ混乱してるな。突然姿を消した千倉と、宍戸さんの話とで。
 こうなったら、さっさと寝るのが吉か。
 明日は折角の休日だ。夜更かしでもしようかと思ったが、そんな気も削がれたわけだし。

「——人ならざるもの」
「?」

 誰だ?

「その存在が認められないというのなら、さっさと現実を目の当たりにしたほうがいいじゃろ」

 やけに落ち着いた、透明感溢れる少女の声——
 しかし、どこから聞こえてくる?
 周囲360度見渡しても誰もいない。

「誰だ?」
「お主の目先におるわ……」
「——あ」

 分かった。見えた。
 すぐそこにある茂みの中から、2つの赤い瞳がこちらを覗いている。
 ガサガサと音を立てて出てきたのは、見た目小学生の幼い少女だった。

「何時からかの……この世界は"不思議"という言葉を生み出した。それは何故か? わしのような存在があるからじゃ」
「あ? 誰だっての」
「やれやれ、人間はせっかちじゃのう……そんなんじゃから、寿命も100年しかないんじゃないかの?」

 このガキ、登場早々皮肉とは良い度胸だな。

「わしは吸血鬼——といっても、血ばっかり吸うようなコウモリみたいな輩とは違うがの」
「——」
「疑っとるか?」
「いいや。逆に確信が持てたわ」

 ガキとはいえ、それは体格的な見た目だけだ。
 しかし発する雰囲気やオーラは、ただならぬ修羅場を幾つも潜り抜けてきた、歴戦の猛者を風貌とさせている。
 何より、見た目の幼さの割りに落ち着いたような態度。
 先ほどの話をあわせれば、この子が人間じゃないことくらい信じるのも吝かでない。

「しっかし……」
「? なんじゃ?」
「どうしてそんな、ボロボロの服——ってか布切れしか纏ってねぇんだよ」
「あぁ、これか? 仕方あるまい」

 目の前にいる吸血鬼。
 彼女は服らしい服を着ておらず、どっちかといえばそこら辺のゴミ捨て場から拾ったような布しか纏っていない。
 その布でさえ彼方此方破れていて、おまけに黒く煤けていたり解れていたりとボロボロだ。

「わしは吸血鬼。当然、人間とは身体のつくりが違うから寿命も違ってくる。わしは彼此、100年の時を生きた。その間ずっとこの服じゃ。まあ、服といえるかどうかは別として、の」
「ひゃ……百年」

 やっぱり、か。吸血鬼と言い張る以上は、見た目と年齢の相違も多大なものとなるのだろう。

「しゃあぇねぇ」
「?」
「お前、ちょっとこっち来い」
「なんじゃ? こんな幼女の身体に欲情でもしたのかの?」
「ちげぇ! とにかくついてこい、新しい服くらい買ってやるよ……」
「——」

 何だ、ハトが豆鉄砲食らったみてぇな顔して。

「——変な奴じゃの」
「ん?」
「ううん、なんでもない」
「そうか。じゃあいくぞ」

 どうせ俺は暇人だ。金くらい余ってる。
 それに、こういう奴らと仲良くしておけば、千倉の謎に近づく手がかりも発見できるかもしれないし。